5.
「ダンウィッチ、もう少しで閉館だ」
閉館の十分前になったとき、館内にチャイムの音が鳴った。
「おや」
事典の
「それは少し残念ですね。こちらの貸し出しは?」
「できるだろうけど、身分証明……いや、十四歳なら身分証なんてなくて当然か。ああ、でも……」
保護者か何かの証明は求められるか。
部外者ではあるわけだし……。
「難しそうですね。では、また明日にします」
きっぱりと諦めて本を閉じた。
ひとりで抱え込むには量が多かったので、ふたりで分担して返却用の棚まで持って行った。図書館を出ると、校舎は夕日で
「印象が違いますね」
「? 何が?」
「建物のことです」
事務室で来客用の名札を返したので、目指すは校門だ。
ふたりは学校の敷地内を歩く。
ダンウィッチはきらきらと目を輝かせながら建物を見ている。
「今まで自然の美しさこそ
ダンウィッチは校門の前まで来て、ぴたりと足を止め、後ろを振り返った。
夕日で紅く染まる学校全体を見ている。
「とても、素敵ですね」
「気に入ってもらえているなら、それはよかったよ」
とは言ってみたものの、他人事みたいだった。
この学校に
「――では、ここからはひとりで帰れますので」
くるりと回って、コートを
「また明日来ますね。本当は借りて帰るつもりだったんですけどね」
「ああ、そのバッグはそのためか」
ダンウィッチと校門で少しだけ言葉を交わしてから見送った。
ひとりだけ校門に取り残された。
日は随分と沈んでいて、薄暗くなってきている。ダンウィッチがあの廃屋に着くまでには真っ暗になるだろう。
(……まだ、話してくれていないことがありそうだなあ)
あるいは、鳩原が気づけていないことがある。
確信はないが、そういう気がする。
あの日の夜、ダンウィッチの周囲には玉虫色の泡が浮かび上がっていたのを思い出す。
極彩色の玉虫色、その
(あれはいったい何なのだろうか――)
と、鳩原は考える。
あの『極彩色の泡』は、『門』とか『
ただ――鳩原にはずっと嫌な勘が働いている。
勘というものは自覚できない潜在意識で行われている複雑な計算の上で成り立っているものである。
その勘がこう言ってくる。
あの『極彩色の泡』や『門』の話と、一年前に受けた授業でフレデリック・ピッキンギル先生が言っていたことと関係しているんじゃないかと。
憶測だけでいえば、『極彩色の泡』は文明によって装飾されていない時代の『何か』だ。
そういう『何か』だ。魔法ではなく、異能だ。
『遺物』は人類文明が遺してきた物だが、『鍵』は『遺物』の中でも異物。
遺物ならぬ異物。魔法ならぬ異能。
こんなの――魔女裁判の対象になってもおかしくない。
魔女裁判。『魔女狩りの時代』。
人類の歴史において大きな黒歴史だ。
魔女――ダンウィッチを最初に見たとき、鳩原はそう思った。それにオリオンもダンウィッチのことを、そんな呼び方をしていた。
オリオンがどういう意味でダンウィッチのことを『魔女』と呼んでいたのだろうか……。
あの少女の見た目だけではなく、あの少女の存在が知識の及ばない領域にある『何か』だと見破った上で呼んでいたらば、随分な観察眼だ。
ダンウィッチからたまに感じるもの。
それは人間が本能的に感じている恐怖とかそういうもの。暗闇の奥に何かがいるかもしれないと思うような、そういう