2.
「こんにちは、
鳩原は慌てて階段を駆け下りて、カフェテリアにやってきた。
ダンウィッチは何食わぬ顔で紅茶を飲んでいた。
「どうやって這入ったんだ?」
いろいろと言葉を呑み込んで、まず知りたいことを訊ねた。
待ち合わせ場所は校門付近だったはずだ。
もちろん、図書館の一般利用は可能だが、現在は侵入者騒動があって防犯意識が高くなっている。その辺りでトラブルにならないように事務所で許可をもらおうと思っていた。そうすると来客用の名札を渡される。
その手続きをまだやり終えていないというのに。
と思ったところで気づく。
ダンウィッチは『
「勝手に這入ってきたわけじゃないですよ」
ダンウィッチは名札をこちらに見せてくる。
「駅の辺りで待っていたんですよ。そしたら電車から降りてきたご年配の方に声をかけられたんですよ。『きみは午前中にもこの駅にいたね、何を待っているんだい?』って」
「午前から待ってたのか……」
午後って約束しなかったっけ?
「そこでちょっとお話をしまして、『あの学校の図書館を使いたいんです』『案内してくれる人が授業をしているのでそれが終わるのを待っているんです』って言ったんです。そしたら、その方はこの学校の関係者だったんです。どこからか取り出した
ダンウィッチは人差し指で頭の上にアーチを描いた。
「この名札を渡されて、『ここで終わるまで待っているといい』と紅茶も奢ってもらいました」
「そのご年配の方ってどんな人だったんだ?」
「あ、お名前を聞きましたよ。ピッキンギルと名乗っていました」
ご年配の教職員は多いが、『ピッキンギル』はひとりしかいない。
間違いなく、フレデリック・ピッキンギル先生だ。
今年で九十六歳になるおじいちゃん先生である。
学ぼうとする者を歓迎するのがこの学校である。実際の教育体制とは噛み合っていないが、学校の方針は創設当時から変わっていない。
「早くに這入れたなら先に図書館に行けばよかったじゃないか」
「入れ違いになったら大変じゃないですか。それに、待ち合わせをしたんですから。そんな先に行けばいいなんて、寂しいことを言わないでくださいよ」
それはまあ、確かに。
さっそく図書館に行こうと思ったが、まだ紅茶は残っている。
「僕も何か注文してくるよ」
「いえ、もう飲み終わりますよ」
と言って、半分ほど残っていた紅茶を一気に飲み切った。
紅茶には香りを楽しむという文化があると鳩原が知ったのはこの土地に来てからだ。
この土地に来て紅茶を口にする機会が増えたが、まったく慣れていない。見た目や香りでは判断がつかない。紅茶とハーブティーの違いさえよくわかっていない。茶葉を使っているかどうかだったかな?
「だとしても、防犯意識が甘いですね」
かちゃん、とカップを受け皿に置いた。
そのひと言を吐き棄てるように言ったダンウィッチの目は冷たかった。
「私が子供だから許してもらえたんでしょうか?」
「……まあ、よくも悪くも
あるいは――と鳩原は思う。
伝統と名誉ある名門校の先生には、子供のやろうとしていることはすべてお見通しで眼中にない、ということかもしれない。
「それにしても、すごいですね。この学校。遠目に見ていたときも学校に侵入したときもすごい建物だなと思っていましたけど、綺麗な建物ですね。建築物を素敵だと思ったのは初めてですよ。私のいた世界には無機質な建物と廃墟しかありませんでしたからね」