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Interlude I




「――どんな文明圏であろうとも、人間は上位の存在について考える」

 これは鳩原はとはらが一年生のときのことである。

 彼らの前にいるのはフレデリック・ピッキンギルという教師だった。

 九十五歳になるおじいちゃんだが、腰は曲がっておらず、とてもそんな年齢に見えないくらいには健康的である。

 ただ、髭や髪は真っ白で頓着とんちゃくがないのか、伸ばしっぱなしである。

 受け持ちは天文学の授業である。

 ただ、普段は教室に顔を出さず、個人の研究室か職員用の寄宿舎にある自室に引きこもっている。授業は遠隔で音声を届けられている。

 それでも、たまに。

 こんなふうに教室に顔を出すことがある。

「――神様や天使。あるいは悪魔でもいい。その辺りがさいたるものだ。魔法はそういう存在にいたるための手段である。人間のわくではなく、上位の存在に手を伸ばすための手段」

 いや、あるいは、それは、――と言った。

「我々人類が創造主そうぞうしゅなる存在を偶像ぐうぞう的な姿で考えられるようになったのは――西暦以降だ。神の多くが人間の姿をしているのは、西暦以降の文化に寄って形成されたものだからだ。文化圏の数だけ神話大系は存在するが、これらの多くはのちの歴史によって装飾そうしょくされたものだ」

 ならば。

 それならば――西暦以前はどのような姿だったのだろうか。

 人類は、上位の存在をどのような形で捉えていたのだろうか。

 そのとき、鳩原はそう思っていた。

「人間の根底にあるものは恐怖だ。恐怖が信仰さえも生み出す。信仰されている存在をより深く捉えてみるのだ。解像かいぞう度を上げるのだ。そうすれば、それがかつて形容けいようしていたものが恐怖であることがわかる」

 ゆっくりと黒板の前を歩いて、顔を伏した。

 少しして顔を上げる。

「ただ、それを推奨しているわけではない。その恐怖の片鱗へんりんに触れるのは、世界の逆鱗げきりんに触れるようなものだと自覚しておくべきことだ」

 このあと、普通に授業が進み始めた。

 いったい、何が言いたかったのか鳩原にはまったくわからなかった。

 この授業が終わるとき、優等生の女子生徒が挙手をした。

「ええっと、オリオン・サイダーくんだね。どうぞ。何が聞きたい?」

「はい」

 はっきりとした声で答えて、オリオン・サイダーは立ち上がった。

「もしも、その片鱗に触れたときはどうすればいいのですか?」

「うむ……」

 フレデリック・ピッキンギルは答えた。

「人間は考えることをやめられない。無意識であろうと、常に思考を続ける生き物だ。一度でも、もはや、どうすることもできない」






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