5.
それこそ彼が仲良くしている
彼女が難しいことにチャレンジするのが好きなのは知っている。
スポーツ観戦をしていて、どちらのチームを応援しているとかどの選手を応援しているとか、そういうのがないとき、彼女は負けているほうを応援する。
そこからの勝ち筋を考えた上で応援する。
これは、まあ、そんなに珍しいことでもないかもしれない。アンダードッグ効果とは言わないにしても、そういう逆転劇を好む人は存在する。
こうやって具体的に挙げようとすると、なかなか霞ヶ丘ゆかりの変わっているところは伝わりにくい。
人と感性が少しズレたところにある。
それは性格だけに限らず、倫理観というような部分にまで、だ。
鳩原那覇はそんな彼女に対して警戒しているが、それでも、だ。そういう変わっている人が好きというのは変えられるものではない。
理屈的な少年ではあるが、『好きなものを好きである以上に理由はない』と、彼は感情に対して素直に考えている。
だから必然だったと言える。
異世界からやってきたこの少女のことを気に入るのは。
そんな彼の心の中が、ダンウィッチにわかるはずがない。
ダンウィッチは帽子の上から頭を
(それでも、協力してくれることに変わらない)
ダンウィッチは鳩原から悪意のようなものを感じられなかった。
それこそ霞ヶ丘のときに感じたような悪意みたいなものはなかった。
どうしてなのかわからない。
どうして協力してくれるのかわからない。
それでも、それでも――だ。
(この感覚は信じていい)
この感覚を信じたい――と、ダンウィッチは思った。
引っ掻き回してくしゃくしゃにした前髪を今度は整えて、正面を見る。
こちらを見ている鳩原の目を見て、
「――ありがとうございます」
と、ダンウィッチは深く頭を下げた。
それから廃村から学校に帰る鳩原を見送った。
姿が見えなくなってもダンウィッチは手を振って見送っていた。
彼のおかげで『鍵』に一歩近づける。
世界を救うことにつながる第一歩だ。
そんな気持ち以上に、話を聞いてもらえたのも嬉しかった。
こちらの世界にきてから、ずっとひとりぼっちだと感じていた。
(いるんですね、こんなふうに協力してくれる人って)
自分の世界にもそんな人はいたのかもしれないが、彼女の周りはそうではなかった。
だからこそ――彼女の心に、ちくりと痛むものがある。
(私は――とても大事なことを隠している)
こちらの世界にある『鍵』を手に入れるというのはどういうことか。
こちらの世界から自分の世界に戻る方法がどういうものなのか。
それをしたとき、
ちゃんと話を聞いてくれて、協力してくれると言ってくれた鳩原に対して、それを言うことができなかった。それを言ったら、
言葉を口にできなかった。
たったひとりの『
彼女が果たすべきことは、この世界にある『鍵』を持ち帰ることだけである。
だけど、この世界にも
この国を北から南に移動したとき、この国に住む人を見てきた。
そこには善意もあれば、悪意もあったが――少なくともこの世界に住む人々は、化け物なんかではなく、人間だった。
ダンウィッチは戦場で『ひとりの戦士』として感情を殺してきた。
殺し続けてきた。殺したと思っていた感情が、少しずつ息を吹き返しつつある。
そのことに彼女は気づいていないし、感情というものがもたらす気持ちの整え方なんて知っているわけがない。
ダンウィッチが孤独なる『
きっと、元の世界で戦っていたときのようなコンディションを
彼女は決して、悪人ではない。
必要となれば手段を選ばない人間だが、基本的には善人である。
(隠すつもりはなかった――)
ちゃんと公平に話を聞いてもらって決めてもらおうと思っていた。
なのに、言えなかった。
それが彼女の心に、罪悪感として影を落とすことになった。
廃屋に戻り、壁にかけてあるローブを手に取って
この帽子も、このローブも、どれも大切なものだ。
これをくれた人たちは、誰も生き残っていない。
「…………っ」
深く息を吐いて、目を
身体を丸めて、ローブを
不安な気持ちに、がちがちと奥歯が震える。
日が暮れて、寒くなってきただけではない。心の奥底から震えている。
かつて『
『レジスタンス』の襲撃で、
残りの四名は『
作戦を計画中に『レジスタンス』を襲撃したのは、そのうちの二名だったと聞いている。
そのふたりが誰と誰なのかまでは聞いていない――知らない。
そんな余裕もないままに、『
家族同然だった『レジスタンス』は徹底的にやられているはずだ。どのくらい『レジスタンス』に生き残りがいるのかわからない。
(だけど――これは私にしかできないことなんだ)
人知れず『兵器』として生み出された少女。
彼女は大人たちの手によって助けられ、戦士として戦ってきた。
彼女は『兵器』として育てられたけど、彼女は人間であって兵器ではないし、戦士である以前に人間であって、まだ十四歳の少女である。
そんな少女の抱えている責任は、あまりにも重たい。