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第14話 魔女狩りの時代


     4.


「アラディア魔法学校はかなり古い学校なんですよね」

「そうだよ、学校の創立は『魔女狩りの時代』だよ」

 言い切ってから鳩原はとはらは思った。

『魔女狩り』なんて言葉が通じるのだろうか……。ダンウィッチは、それこそ魔女みたいな恰好をしているけど……。

 すると、ダンウィッチは苦い表情を浮かべて、

「こちらの世界にもあったんですね、魔女狩り。痛ましい歴史です」

 と言った。

 どうやら、ダンウィッチの世界にもあったみたいだ。

 鳩原にとって、『歴史』というものは『出来事』でしかない。

 歴史を見聞きして、情報以上のものを感じない。感情的になれるほどに感じることがない。まったく無感情というわけではないが、鳩原にとって『魔女狩り』は『戦争』と同じくらいに昔のことだ。痛ましい話はどこでも耳にする。映画を見ていても、小説を読んでいても、音楽を聴いていても、それこそ教科書を眺めていても、だ。

 だけど、そこから歴史という情報以上のものを感じることはできない。

 そのくらいに非現実的なことだ。少なくとも、鳩原が生きてきたこの十七年間では。

「私も聞きたいことあるんですけど、いいですか?」

「いいよ、何が聞きたいんだ?」

「アラディア魔法学校のことです」

 知っているからここまで来たんじゃないのか? いや、あくまで伝え聞いただけなのか。ヒッチハイクとか、移動しているときに。

「アラディア魔法学校に伝わる、古代の魔法についてです」

「はい?」

 鳩原の首が四十五度ほどかたむいた。

「『魔女狩りの時代』に作られた古代の魔法のことですよ。その魔法を扱うためのアラディア魔法学校であり、その技術を後世に継承していくためのアラディア魔法学校だと聞きました」

「都市伝説だな、それは」

 まあ、アラディア魔法学校は人里離れた場所にあるし、すたれつつある魔法なんてものを専門にしている名門学校だからなあ。そういう噂があってもおかしくはない。

 外から見れば、そういうふうに見えるのか。

「それで。実際、どうなんですか?」

「そんなことはないと思うけどなあ」

 そんな『古代の魔法』があるなんてことはないはずだ。

 学校が学校であると認められる際に、この手のことは調べられている。

 学校の人間が意図的に魔法をほどこしていないかとか、の『遺物』が存在していないかとか、そういうのは徹底的に調べられる。

 そういうよくない魔法が施されていれば専門の人たちによって解体されるし、いわくつきの『遺物』は学校で管理するが、そうではない――管理が困難な『遺物』は然るべき場所に寄贈きぞうするようになっている。

 大英博物館とミスカトニック大学にいくつか寄贈しているのを鳩原は知っている。

 一応、アラディア魔法学校も『遺物』の保管自体は可能なので、管理が可能な『遺物』はそこで管理されている。そういう場所が、アラディア学校にはある。

 このことをダンウィッチに話してみたら、

「それじゃあ、その『場所』に『鍵』が保管されているかもしれませんね」

 と言った。

「そんな世界の存在を脅かすような危険な『遺物』は残っていないと思うけどね。ましてや、世界を外側とつなげてしまうようなものなんて」

 ずきん、と頭痛がした。

 耳の上辺りを指でぐっと押さえる。

「いやいや、わかりませんよ」

 ダンウィッチは言う。

「その『鍵』も元々は危険物ではなかったと聞いていますよ」

「『支配者マスター』は、危険物ではないはずの『鍵』を想定外の使い方をしたということか?」

「さあ?」

「『さあ?』って……」

「私もよくわかっていませんよ。どうやって『支配者マスター』がその『鍵』に行き着いて、使い方を知ったのか」

「そう言われてしまうとなあ……。そもそもダンウィッチのいた世界には魔法がないんだよな。じゃあ、その『鍵』って?」

「私もよく知りません」

 ですが――とダンウィッチは続ける。

と似たようなものだと思いますよ、たぶん」

 ダンウィッチがくいっと振った指の先には、泡があった。

 それは赤色や緑色が不気味に波打つ極彩色の泡。禍々まがまがしさを感じるその見た目に、思わず息を呑む。

 ダンウィッチはひょいっと指を動かした。すると、泡はぱちんと弾けて消えた。

 魔法ではない、何かが存在している。

 それがダンウィッチの世界と、こちらの世界との違いなのか……?

(いや、もしかしたら……)

 鳩原は目を伏せる。

 もしかしたら? 何を思ったんだ?

(それは――こちらの世界にもあるのか?)

 鳩原は自分が考えていることを言葉にしようとしたが、言葉を見つけられなかった。『この場所は安全です』と言われているが、実は場所には地雷が埋まっているみたいな、そういう感覚だった。

『地雷』なんていう戦争を象徴とする兵器を例え話として使ったことに鳩原は内心で失笑していた。戦争を非現実的なものとして感じている自分がそれを例えとして使うのか、と。

 鳩原は思考を戻す。

 もし、こちらの世界に『鍵』が存在していたとして、仮に危険物ではないという判定をされていたとして――『もし』と『いたとして』と『仮に』を重ねるに重ねて、ダンウィッチの考えに寄って考える。

 そこまで仮定すれば、あるかもしれない。

 アラディア魔法学校の図書館の地下に拡がっている『遺物管理区域』に。

 だとしたら、大したものだ。

 よくぞまあ、『古代の魔法』なんていう根も葉もないような都市伝説から、アラディア魔法学校に辿り着いたものだ。

「アラディア魔法学校に侵入したのって……まさか、その都市伝説だけが根拠なのか?」

「そんなわけないですよ」

 ダンウィッチは笑う。

「私には、なんとなくわかるんですよ。『鍵』がどこにあるのか」

「え、そうなの?」

「近いかなーとか、こっちのほうかなーってくらいの感覚ですけどね。今まで一番ありそうだと思った場所、もとい感じた場所はアラディア魔法学校です」

「だから学校に不法侵入を……」

 したというのか、不法侵入を?

 都市伝説だけをアテにしてきたのではないとしても、そんな感覚だけで不法侵入というのはあまりにも無謀だ。

 ダンウィッチは話を続ける。

「とはいっても、さすがにいきなり突っ込んで返り討ちに遭うのもまずいと思ったんです。それで手をこまねいていたら、先週くらいですかね、駅の周辺で出会った人が手伝ってくれたんですよ。『私が手配しておくからそこから侵入したらいいよ』って」

「それってどんな人だった?」

霞ヶ丘かすみがおかゆかりと名乗っていました」

 知っている人だった。

 思わず絶句する鳩原。

 相槌さえ打てずにいるのを見て、ダンウィッチはこう訊ねる。

「お知り合いですか?」

「……先輩だよ」

 いや、まあ、別にいいんだけど……。

 あの人はいったい何が目的なんだ?

 ドロップアウトで何をしようとしているんだ? 何がしたいんだ?

 ああ、いや、目的は口にしていた。

『学校を変えてやろう』と、そう思っているんだったか。

「……なるほどね」

 霞ヶ丘ゆかりがどんな思惑を持って侵入手段を手配したのか知らないが、あの人ならやりそうだと思った。

「昨晩の侵入で、その『鍵』のある場所にアテはついているのか?」

「なんとなく、ですかね。そんなに自信はありませんけど。そのためにももうちょっと調べたいですね、あの学校を。それにこちらの世界のことも」

「こっちの世界のことも?」

 はい、とダンウィッチは頷いた。

「この世界は私の世界とかなり似ているというのが今の印象ですけど、それを確認できたわけではないんです。似ていると言っても私の世界とこの世界の歴史を照らし合わせて見たというわけではないので」

「そりゃそうか」

 似ているだけでいえば、そんなの空気があって水があって青空が広がっていれば、どこだって『似ている』と言える。

 ぱたんっ、とダンウィッチは両手を合わせて前に出す。片目を閉じて笑顔を浮かべながら、首を少し傾げた仕草を取る。

 まるでこれからお願いをしようとしているみたいに。

「鳩原さんの学校には、それはもう立派な図書館があると聞きました」

「…………」

「行ってみたいんですけど、駄目ですか?」

 ここで『案内してください!』みたいなことを言われていたら、もっときっぱりと断れた。こんなふうに図々しい癖に、控え目な態度を取られると、断りづらい。

 お願いされると断れないのは別にこういう場合に限らない。

 勉強を教えてほしいと言われたらこころよく教えてしまうし、次の授業で発表をしないといけないから手伝ってほしいと言われたら手伝ってしまう。お願いされて気をよくして手伝ってしまう。

 流されやすい。

 さすがに無理なものは無理というし、駄目なものは駄目という。

 このダンウィッチの提案は『学校に侵入する手伝いをしてほしい』というお願いだ。そんなの、できない。

 だけど、少しだけ目を逸らして考えれば、『図書館を活用したい』というふうにも考えられる。

 それなら、いいか。

「わかったよ、いいよ。案内するよ」

「本当ですか!」

 ダンウィッチはつつましやかに見えていた仕草をすぐに振りほどいて喜んだ。

「行きたいです! 叶うことなら今すぐにでも!」

「さすがに今すぐは厳しいよ。それに行くなら普通の時間のほうがいい」

「昼間ってことですか? どうしてですか?」

「そんなに不服そうな顔をするなよ……。昨晩、ダンウィッチが見つかったのは時間外で防犯用魔法が作用していたからなんだ。だから、普通の時間帯なら図書館に這入って、閉館時間に出て行けば何の問題もないよ」

「普通に利用者として行けばあんなのが駆けつけてくることはなかったってことですか?」

「そういうことだよ」

 辺鄙へんぴな場所にあって、あまり人が寄りつかないからあまり知られていないことだけど、アラディア魔法学校の図書館は学校外の一般の人も利用可能だ。

 こうなってくると余計に霞ヶ丘の行動がよくわからない。

 どうして侵入する方法なんて手配したのだろうか。

 ああ、いや、違うのか。

 別に霞ヶ丘は『夜に行くように』とは言っていないのか。

『夜に侵入』することを選んだのはあくまでもダンウィッチか。

 とはいっても、昼間の利用を促せばいいのに……。

 どうしてそんな手段を提示したのか。

「もう閉館する時間だし……。そうだな、明日とかどうだ? 予定は?」

「もちろん、空いていますよ! いえ、たとえ、どんな予定が入っていても優先するべきはこちらです」

「ああ、そう……」

 熱量に少し引きながら、

「わかった。じゃあ、また明日、駅まで迎えに行くよ」

 と提案した。すると「いえ!」と、ダンウィッチから反対があった。

「それでは時間がもったいないです。それなら、私が学校までお伺いします!」

 大丈夫かなあ。ハウス・スチュワードはあの調子だったし、下手に騒ぎ立てていないとは思うが、学校はしっかりと侵入者がいたことに気づいている。

「わかったよ。でも、侵入者騒動で警備が厳しくなっているはずだからあまり学校の周りをうろうろとしないようにしてほしい。それにちゃんと這入れるように手続きをしたいから、校門で待ち合わせしたい。どうだ?」

「わかりました。そうしましょう。私は校門の前で待っています」

 と、そこで腕時計を見ると、そろそろ学校に戻らないといけない時間だった。

「それじゃあ、今日はこの辺りでおいとまするよ。また明日」

「あのっ、鳩原さんっ……。明日も今日くらいの時間でいいのですか?」

「うん? 今日くらいの時間でいいよ。……ああ」

 そう答えてから、そういえば今日はかなり待たせたことを思い出した。

「今日はごめん。かなり待たせて」

「ああ、いえ、待つのは別にいいんです。ですけど、もし、来なかったらと思うと、やっぱりさびしいので。約束したのに人が来ないのは。なので、時間がわかると少しだけ心強いんですよ」

 と、笑った。

 過去に苦い経験をしたことがあるのかもしれない、と思った。

 これ以上は踏み込んじゃいけない。

 もうかなり踏み込んだ行動をしてしまっているが、線引きは意識しないといけない。

 鳩原は立ち上がって、この廃墟から逃げるように出ようとした。

 そこを、

「どうして協力してくれるんですか?」

 と、ダンウィッチに呼び止められた。

「どうしてなんですか? どうして私に協力してくれるんですか?」

「どうしてって……」

 そう言われると困るのも鳩原だった。

「昨晩だって、あれは私がいいふうに言いましたけど、明らかに私を守るための行動でした」

「…………」

 いいふうに。それは『鳩原の行動はハウス・スチュワードとダンウィッチの両方を守るための行動だ』という部分か。

 そうだな。あれは確かにダンウィッチのほうに偏っている。

「私に侵入する手配をした霞ヶ丘って人……、鳩原さんの先輩ですか。あの人の考えのほうがわかります。霞ヶ丘さんには霞ヶ丘さんの目的があったと考えています。ですが、鳩原さんはいったい……どうしてですか?」

 それは、鳩原自身も思っていた。

 流されやすい。お願いを断れない。

 それは事実だ。でも、昨晩の行動は鳩原が勝手にやったことだ。

 自分はどうしてあんな行動を取ったのか。考えないようにしていたことだった。それを、こんなふうに問われて、少しだけ考えた。

 思い浮かんだものはすごくシンプルなものだった。

 だけど、その返答はせずに、

「それは秘密ということで」

 と、唇の前に人差し指を立てた。

 駅で合流したときにダンウィッチがした仕草の真似だった。

 鳩原がやっても、まったく似合っていなかった。

 十四歳の少女がするのと十七歳の少年がするのとではやっぱり違う。


(あの日の夜に、星空の下で出会ったとき――)

 あの星空の下にいた魔女きみが――とても魅力的に見えたから。


 すごく魅かれて、気がついたら助けていて、力になりたいと思ったから。

 でも、そんな気持ちは言葉にしない。


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