3.
ダンウィッチの言った『戦争』の実態がどんなものなのか。
それも気になるが、鳩原は『異世界』がどういうものなのかを先に知らなければならないと思った。
ダンウィッチの使う言葉は、少し言い方に癖があるものの、聞き取りにさえ慣れてしまえば、標準的な英語だ。こちらに
それに『異世界』なんて言葉を使われたから、もっと違う世界を想像していたが、そこまでかけ離れていないというのが印象だ。
異世界よりもパラレルワールドみたいなものを想像した。
「ダンウィッチはこっちの世界に来て、どれくらい経つんだ?」
「一ヶ月くらい前ですね。最初はもっと北のほうでした。この国はどこも裕福ですね」
「一ヶ月も生きたのはすごいな」
異国ならぬ異世界で。
「私もラッキーだと思っていますよ。到着するまでこちらの世界の文化水準がどれくらいかわからなかったので。ひょっとしたら、何百年も前の中世ヨーロッパの時代みたいな世界かもしれないって覚悟していたくらいです。みんなの願いを背負ってやってきたというのに到着して早々に疫病で死に絶えたなんてお笑い
あんまり笑えないな、それ。
現代の人間が中世の時代――それこそアラディア魔法学校が設立された中世の時代にタイムスリップしたら、あまりの不衛生さに一週間も生き延びられないというのが通説だ。
(ん……? 中世ヨーロッパ?)
そんなところまで同じなのか。
言葉がこんなに似ているのなら、そりゃそうかもしれないが、言葉から受ける印象以上に似た世界なのか。
「ダンウィッチはどうしてこっちのほうまで来たんだ?」
「? それは『鍵』を探すためですけど?」
「いや、そうじゃなくて、ええっと、どうしてわざわざ南部まで来たんだ? 北のほうにいたんだろう? この辺りにあるのか、その『鍵』っていうのは。ダンウィッチのいた元の世界では、この辺りの土地にあったとか?」
「いえ? ほかの『
馬車と自動車と
「ちなみに聞くけど、ダンウィッチのいう北ってどの辺りだ?」
鳩原は胸ポケットから生徒手帳を取り出した。
中に折り畳んで入れてある小さめの地図を広げた。
「この辺りですね」
とん、と指を置いた場所はかなり北だった。
もっと近隣の北部に該当する場所かと思ったら本当に北だった。縦に長いこの国を上から下まで――ダンウィッチはおよそ七百キロに及ぶ距離を移動してアラディア魔法学校までやってきていた。
「ダンウィッチの世界では、その科学って言えばいいのか? そういうのは、どれくらいの水準だったんだ?」
「こちらの世界のことをまだよく知らないですけど、あれ、町にあった公衆電話って言うんですか? あれをこれくらいのサイズにしたものがあります」
手のひらを指でとんとんとしながら言った。
「携帯電話のことか? それなら僕らの世界にもあるよ。高いから買えないけど」
「私の世界ではどんな最前線でもみんながそれを持っていましたよ」
「へえ、そっちの世界では普及してるんだな」
「……いまいち伝わってない気がしますね」
ダンウィッチは苦い表情を浮かべながら、自分の手のひらを指先でとんとんと叩いていた。
幼い頃に砂場に絵を描いたときみたいに、あるいは曇った窓ガラスに文字を書くみたいに。まるで、そんなふうに操作する手のひらサイズの携帯端末があるみたいに。
「まあ、そうですね。私の世界の科学は、こちらの世界よりは発達したくらいです」
何か考えた末に諦めたようにそう言った。
伝わらないと思って諦めたのは明らかだが、まあ、追及しても仕方がない。ダンウィッチの世界には魔法がないと言っていたし、その代わりに科学が発展しているのだろう。
「こちらの世界では戦争ってどういうものなんですか?」
「ん? むしろ僕がそっちの戦争について聞きたいくらいだけど……そうだな。歴史でよく習うのは第二次大戦のことだな。その頃には発達した科学による戦争が行われていたよ。特に主要国では銃弾や爆発物だね。そっちとは?」
「第二次大戦はこちらの世界にもありました。同じようなものです。同じような過去ですし、同じような現在ですよ。いつ
肩を
「魔法は戦争で使われなかったんですか?」
「それ以前の第一次大戦の戦場では魔法も使われたとは聞くよ。魔法使いが前線で戦ったと聞くのはそれが最後だよ。魔法使い同士の戦争なんて、もっと昔だよ」
それ以降はほとんどが後衛としての役割だった。
物資を移動させるのも魔法を使えば馬何頭分にもなる馬力を発揮できて、火を点けるのも燃料を必要としない――使える技術は素晴らしいものだったが、魔法使いは魔法使いであって、戦士ではない。
魔法なんてものは、戦場では必要とされなかった。