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第11話 魔女の家にようこそ


     1.


 アラディア魔法学校からそう遠くない場所にある町は、歴史的な建築と最新の建築技術などによってさかえている。

 しかし、少し外れてしまえばさみしい景色が広がっている。

 たとえば、北部のほうには倒産した工業地帯がある。

 この近年に周辺地域との合併がっぺいが何度かあったが、栄えていくのは中心都市ばかりである。都市開発が細部にまで行き届いていない証拠である。

 アラディア魔法学校が行政的に置かれている地域の中心部にある町が栄えているほうだが、それ以外はすたれている場所が多い。

 アラディア魔法学校の周囲にある山間部には、人がいなくなって随分になる廃村はいそんがいくつも点在している。


 というわけで。

 鳩原はとはら那覇なはとダンウィッチ・ダンバースのふたりは、翌日の放課後に最寄りの駅で合流した。

 ハウス・スチュワードとの交戦後、この最寄り駅を待ち合わせ場所に決めてからすぐに解散したのだった。

(『人が住まなくなると家は駄目になる』って聞いたことがあるなあ……)

 鳩原は祖母の言葉を思い出しながら、ダンウィッチに案内される道を歩いた。

 ダンウィッチに案内されながら鳩原がやってきたのは廃村だった。

 村に続く道路は舗装ほそうされておらず、それほど背の高くない木々に囲われている。

 木造の建造物と思われるものがあったが、そのほとんどは残骸ざんがいくらいしか残っていなかった。倒壊とうかいしているものや、屋根さえなくなっている。

 全体的に灰色だ――と思った。

 原型が残っている建物は切り石などで作られた建物だ。それが実際に灰色っぽい色合いをしていたが、そういう視覚的な意味を感じたのではなく、村全体からいろどりが感じられないという意味である。

 時間が止まっているという感じだ。

(この村には、どれくらいの時間……人が住んでいないのだろうか)

 廃屋を見て『これはいつ頃の建物だ』なんてわかるほどに博識はくしきではない。鳩原にわかるのは『最近ではないんだろうな』ということだった。

 自転車で移動できる道ではなかったので、駅前に置いてきて正解だった。

 山道や獣道ではないにしても、悪辣あくらつな道だったので時間がかかった。勾配こうばい凹凸おうとつのある道で鳩原はかなり息を切らせていたが、ダンウィッチは飄々ひょうひょうとしていて、疲労の気配をまったく感じさせない。

(鍛えているのかな? あるいは……)

 あるいは?

 そこから先の言葉がちゃんと出てこなかった。

『あるいは』――いったい何だと思ったんだろうか。

「こちらです」

 なんて考えごとをしているうちに案内されたのは廃墟だった。

 それは切り石で作られた建物だった。塀に囲われていて、ほかの家よりも大きい。

 数段の石段を登り、門を抜けた。

 その家の敷地内には、それほど背の高くない木が植えられていたが、それは既に枯れていた。つた植物がまとわりついている。

 扉のない玄関から中に這入はいる。

 薄暗くて空気はほこりっぽい。荒れた部屋の中にはかつて家具だったと思われる木造の残骸が、かろうじてテーブルらしい姿とベッドらしい姿を保っていた。

「ここは?」

「私の拠点です」

 だろうね。予想していた返答だった。

 壁に黒いローブがかけられていて、テーブルの上に真っ黒な帽子が置かれていたので、わかり切っていたことだ。

「片づけたので寝泊まりはぜんぜん余裕ですよ」

 ダンウィッチはそう言った。

 とてもそうは思えない、と鳩原は思った。

 隙間から風は入ってきているし、床だって濡れているからきっと雨漏りもしている。風は入ってきているというのに換気かんきがよくない……、じっとりとしていて生臭い。

 窓には何もなくて剥き出しになっている。これじゃ外とそんなに変わらない。

「あ、外と変わらないって思ったでしょう?」

「……思ったよ」

「それは外をナメてますね。外で寝るよりはぜんぜんマシです」

 それはそうかもしれないが……。

 扉はないし、そこらへんにあるテーブルやベッドはほとんど腐っている。鳩原としてはこんな環境で寝泊まりするのは信じがたい。

 そりゃあ、そこらへんの木の幹で寝泊まりするのに比べればマシかもしれないが……。


ぜんぜんマシですよ」


 なんてふうにはにかんだ。

 さすがに盛っているんじゃないかとも思うが――そうだった。そういう話をするために来たんだった。

(……『私のいた世界』)

 ダンウィッチの言葉を頭の中で繰り返した。

 その意味を鳩原なりに考えた上で、

「ダンウィッチ。きみの言う『私のいた世界』っていうのはどういう意味なんだ?」

 と、訊ねた。

 ダンウィッチはベッドに腰を下ろした。

 傍らにあった帽子をひょいっと手に取って、深々と被った。

 そして前髪と帽子のつばの奥にある眼がこちらを見る。


「私はこの世界の人間ではありません」

 ダンウィッチは言った。

「私は『かぎ』を手に入れるために、別の世界からやってきたんです」




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