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3.極彩色の泡(1)


     3.


(――あ、見つけた)

 ハウス・スチュワードが侵入者を見つけたのは、はとはらが窓を閉めた直後のことだった。学生寮の屋根から飛び降りた『それ』の姿を、ハウスはしっかりと見た。

 シルエットが大きくて最初は何かわからなかったが、それは丈の長いローブを着ているからだとすぐにわかった。

 ハウスは学生寮を回り込んで、『それ』の着地点に向けて、急降下した。

 魔法は使い方次第では十分な暴力に発展するため、魔法による暴力行為は禁止されている。『杖』を人に向けることなんてもってのほか――危険行為である。

 ハウスには攻撃の意志はなく、あくまで『侵入者』との対話を試みることが目的である。

 由緒ゆいしょ正しい家柄いえがらで、『優秀な人物』としての教育を受けてきたハウスには一般教養だけではなく、常識モラルも持ち合わせている。


 そんな彼女にとって、この『侵入者』は想定外の存在だ。


 たとえば、そのひとつとして――その『侵入者』は奇妙な動きを見せた。

 ――

「…………!」

 あり得ない動きだった。

 空中で何かを蹴って――跳び上がった。

『侵入者』はすぐ近くにある別館の三角の屋根に飛び移った。

 着地の衝撃で朱色しゅいろやオレンジ色の凹凸おうとつのない平たい屋根板が何枚か飛び散る。

 屋根を這い上がるようによじ登って、反対側に移動する。

(物理法則を、無視している……?)

 いや、そうじゃない。

 魔法で足場を作ったか何かだろう。

(ただ、気になるのは魔力の気配を感じなかったことだ――)

 ぐんっ! とハウスは動く。

 ほうきは上昇し、屋根の反対側に行った『侵入者』を追いかける。

 三角形になっている屋根の上を通り越したところに――『侵入者』はいた。

 身を屈めるようにして待ち構えていた『侵入者』の小さな手には、引き剥がされた屋根板が握られていた。

「…………っ!」

 ハウスは気づいて、慌てて減速する。

 それに合わせて『侵入者』は屋根板を放った。


 ぱあ――ん! という炸裂する音だった。


 ハウスの頭部に向かって放たれた屋根板は直撃し――

 ハウスの周りに浮かんでいた発光していた木の実のひとつが、ハウスと屋根板のあいだに割って入った。

『侵入者』の攻撃は、ハウスに直撃する直前に砕け散った。

 木の実が砕け散ったことで、中にあった魔力がきらきらと飛び散って消えていく。

「…………っ」

 ハウスは顔を険しい表情を浮かべる。

 攻撃を受けたからではない。

 散らばった魔力と、残るふたつの木の実が照らし出した『侵入者』の姿を見て――だ。

(『侵入者』は――女の子っ!)

 それは自分よりも小さい女の子だった。

 その子は悪魔のようなつのの帽子を被っていて、膝丈くらいまであるローブを着ていた。深く被った帽子で表情は見えない。

 ハウスが動揺している隙を――『侵入者』は見逃さなかった。

 たんっ――と、跳躍して、箒で飛んでいるハウスに飛びかかってきた。

(こ――この子は……!)

 ハウスはここで、その少女の表情を見た。

 表情からは感情のようなものは見受けられず、目はひどく冷たいものだった。

 まるで温度なんて感じられない。

 ――だと思った。

(私を――殺そうとしている!)


 ハウスはその少女から、殺意を感じた。


「う――うわああああああああああああっ‼」

 ハウスは箒にしがみついた。抱き着くようにして身を丸めた。

 このとき――ハウスには『杖』を取り出して攻撃をすることもできた。なのに、それをしなかったのは『杖』を人に向けるのは危険という良識があったからだ。ハウスは自分の実力を自負しているが、それを攻撃として使いたくないと思っている。

 だから、このとき――正面から『杖』を突き出せなかった。

 ハウスが身を屈めたことで、『侵入者』は飛びかかる先がなくなって、そのまま地面に向かって飛び降りる形になった。

 逆さになって地面に落ちていく少女は帽子を押さえながら、


「■■■■」


 を言った。

 その言葉を聞き取ることができなかった。

 翻訳魔法を機能させているというのに翻訳されなかった。あらかじめ登録している言語に類するものであれば、数百年前くらいまでなら不安定ながらも翻訳が可能なはずなのに。

 なのに、一切聞き取れなかった。

 これが何を意味するのか。

「…………っ⁉」

 ハウスには考える余裕はなかった。

 突然、箒が重くなった。

「な、に? いったい、何が――」


 


 穂先ほさきには細かい泡がまとわりついていた。

 一センチくらいのサイズもあれば、テニスボールくらいのものまである。それがいくつも数え切れないくらいにまとわりついていた。その泡はお風呂場の石鹸せっけんで見るような、優しい感じのするものではなく――赤や緑の玉虫たまむしいろで、泡の表面は光によって生じる回折かいせつじまが目まぐるしくうごめいている極彩色ごくさいしきの泡だった。






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