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第二章 極彩色の泡

1.ハウス・スチュワード


     1.


 昨夜――これは鳩原とダンウィッチが出会う、ほんの十数分前のことである。

 アラディア魔法学校の防犯委員会の担当者であるハウス・スチュワードは目を覚ました。それは寝つきが悪いとか、たまたま起きてしまったとかではなく、学校のあっちこっちに設置している防犯魔法に反応があったからだ。

 ぱちり、と。

 今の今まで目をつぶって寝たふりをしていたんじゃないかと思うくらいの目覚めだった。

 防犯魔法が侵入者を感知したとき、ハウスの眠る枕元にあるランプが何度か点灯するようになっている。か弱い灯りだが、部屋を真っ暗にして眠る、神経質なハウスの目を覚まさせるには十分だった。

 ハウス・スチュワード。

 彼女はアラディア魔法学校二年生にして現生徒会の副会長、次期生徒会長とも言われていて――強い責任感を持つ人物である。

 ベッドから降りて部屋を出る。ハウスはこの数秒間で部屋着から制服に着替えていて、バッグを肩からげて入口の壁に立てかけてあるほうきとランタンを手に取って、寮の二階にある飛行用の窓を開けて――飛び立った。

 この工程に一分とかかっていない、圧倒的な速さだった。

 飛行しながらランタンを箒の先端に引っかけた。腰のベルトから『杖』を引き抜いて、ランタンのほうに先端を向ける。

 ひょいっ――『杖』を振るう。

『かちん』――という音と共に、ランタンの中に明かりがともる。

(感知したのは、あっちのほうね)

 学校の敷地はかなり広い。

 こうして箒で飛び回れるくらいにはいくつもの校舎が並んでいる。

 学校の周りは木々に囲われて森や林のようになっているので、『侵入者』が野生動物の可能性もある。しかし、防犯魔法が人間と野生動物を誤って感知はしないように工夫もしている。

 防犯魔法には『消灯後の時間から夜明けまでの時間』と設定していて、その時間内に感知した『物体の大きさ』や『心拍数』や『脈拍』などから、それが『人間かどうか』を判断して、しらせるようになっている。

(反応があったのは北――植物園がある辺りね。校舎からは離れている)

 ハウスは校舎と同じくらいの高さ――地上十五メートルの高さを自動車と変わらない速度で飛行している。これは彼女が第一種魔法運転免許を取得しているからである。

 びゅうう、と吹いている風が冷たい。

 さっきまで降っていた小雨こさめの影響で空気が冷えているのだろう。もうすっかりと止んではいるが、空気はまだ冷えたままだ。空を覆い尽くしていた雲は晴れつつあるので、学校の校舎が月明かりに照らされている。

 寒くても弱音をかず、それをぐっと堪えながらハウスは植物園に向かう。

「…………」

 植物園にやってきて、反応のあった学校の外壁の辺りに移動する。

 この辺りの外壁には植物が使われているのだが、その一箇所が枯れていた。

 小動物くらいならば、あるいは通れるくらいの隙間ができていた。

(この枯れ方は、除草剤だ)

 この『侵入者』が大きい動物、この時間帯にうろうろしていた生徒が誤って防犯魔法に感知されてしまったの――この『侵入者』は何かしらの意図があって、この学校に侵入してきたのだとハウスは確信した。

(でも、まあ、どうせ――ドロップアウトの連中でしょうね)

 こんなことをしてどうするつもりなのか――と、頭が動きそうになったところで、ハウスは止める。

 それは、今考える必要はない。

『どうしてこんなことをしたのか』は、本人を捕まえて聞き出せばいい。

 本心を喋るとは限らないので、聞き出す必要もないとも言えるが――何にしても今ハウスが考える必要のないことだ。

(理由なんてわざわざこちらが考えなくていい)

 言いながら肩から提げているバッグを開けた。

 ハウスは中から小さなどんぐりくらいの大きさの木の実を三つ取り出した。その木の実に小さな針で穴を空けて、魔力を流し込む。

 すると、風船みたいに膨らんでいく。

 風船みたいに膨れ上がった木の実の中では、魔力そのものがその状態のままで残っていて、青白く発光していて、周囲を明るく照らし始めた。

 こうして――ハウス・スチュワードは『侵入者』の捜索を開始したのだった。






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