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第02話 エリートとドロップアウト(2)


     2.


「あら、ウッドロイさんじゃない。ごきげんよう」

「ごきげんよう。私は非常に機嫌がいい。貴殿きでんのご機嫌は、どうやらうるわしくなさそうだな」

「たった今よ。麗しくなくなったの」

 冗談を聞き流すように肩をすくめるウッドロイ。

 ウッドロイの少し後ろにひかえている女子生徒がいる。彼女は副会長だ。何も反応をせず、鳩原たちと目を合わせようとしない。

霞ヶ丘かすみがおかさん、貴殿を含めたドロップアウトたちについてだが……」

 特に目を合わせることもなく、ふたりは会話する。

「何か? 昨晩、学校内に侵入者があったみたいなんだ」

「どうしてそれがドロップアウトにほこさきが向くのよ。侵入者がいたら侵入者に聞くべきじゃないの? 私やドロップアウトも、この伝統ある学校の誇りある生徒のひとりじゃなくて?」

「その通りだな」

 笑うような仕草を見せたが、目が一切動いていない。とてもじゃないが笑っているようには見えない。

「それに」

 霞ヶ丘は強い口調が言う。

「侵入者があったというなら防犯を担当しているそこの副会長サマの責任じゃないの?」

 隣に立つ副会長――ハウス・スチュワードは何も言わない。

「彼女から報告があったんだ。侵入者があったとね。かばうみたいだが、彼女はその最低限度の責任を果たしていると私は考えている」

 霞ヶ丘ゆかりと、ウッドロイ・フォーチュン。

 このふたりの仲が悪い。構図としてはドロップアウトの代表とエリートの代表の対立である。

 鳩原はハウスのほうを見る。

 ハウスは一瞬だけこちらを見たが、すぐに目を逸らした。

「詳しくは調査中。もちろん、ほこりある生徒である貴殿らとは無関係だと私は信じている。しかし、貴殿らを疑って止まない連中もいる。一枚岩ではないのだよ」

「それは生徒会長の責任じゃないの?」

「随分と責任を追及するではないか。学校を一致団結させるために生徒会長になった私だが上手くいかないものだ。そうやって言い逃れできない箇所かしょを突かれると負けを認めるしかない。私は貴殿らが『誇りある生徒』であると信じて止まないが、そうではない輩もいる。無関係であることを証明することが、その第一歩になると信じている」

 ここまでわざとらしく皮肉とか嫌味とかを言うのは相当である。

 エリート側もドロップアウト側と相容れようという気がないのだと、鳩原は聞きながら思った。

「貴殿が落第らくだいしてからというもの、ドロップアウトの様子が変わったな」

「それは随分ずいぶんな言いがかりね。頑張って課題提出して補習授業を受けているのを『様子が変わった』なんて言い方は失礼じゃない? みんなで頑張って『脱・落ちこぼれ』を目指しているんだから活気かっきづいてでしょう? 勉強を教えるために私はドロップアウトしたのだから」

「…………」

 何か言いたそうに沈黙したあと、ウッドロイは『かつかつ』と靴先を鳴らす。

「『気に入らない』と言っていたな」

「? ああ、鳩原くんに対しての評価のことね。そうよ、気に入らないわね。頑張ってる奴が評価されないのって――」


「頑張っていれば評価されるような場所ではないと自覚してほしいところだ」


 あまりにも強い口調でその言葉は放たれた。

「あら、学校って頑張ったところが評価される場所なんじゃないの?」

 動揺した素振そぶりも見せずに霞ヶ丘はそう返した。

「今までどんな学校にいたのか知らないが、頑張りが評価されたいならその評価をされる学校に行くべきだ。ここは

「……あっそ。肝にめいじておくわ」

 ウッドロイは軽くお辞儀をして、その場を立ち去った。

 そのあとに続いて副会長も少しだけ頭を下げてついて行った。

 エリートの代表である生徒会長のウッドロイ・フォーチュンと、ドロップアウトの代表になった霞ヶ丘ゆかり。

 ふたりの衝突を遠巻きに見ていた生徒たちは黒板の前から立ち去って行った。

 黒板の前に取り残されたのは霞ヶ丘と鳩原のふたりだった。

「…………さっきの言い合いは私の負けね」

 少しの沈黙のあとに、霞ヶ丘はそう言った。

「ドロップアウトしたのってさっき言っていたのが理由なんですか? 『脱・落ちこぼれ』とかなんとかって……」

「まさか。本気にしないでよ。でも、まるっきり嘘ってわけじゃない」

 霞ヶ丘は言う。

「少しだけ本当のことを言うとね、私はこんな学校を変えてやろうって思ってるのよ」

「学校を、変える……」

「具体的な方法はまだ何も思いついていないけどね。でも、あのままエリートで居続けたら、そんなこともできないと思ったのよ」

 霞ヶ丘は堂々と胸を張って、こう言った。


「だから、ドロップアウトしたのよ」


 鳩原は言葉が出てこなかった。

(……この人は)

 そんなことで、自分の今までを棒に振るような真似をしたというのか。

 これを聞いて、改めて――この人はめちゃくちゃだと思った。

 それはあまりいい意味ではなく、だ。

 変わった人というか、少し常軌を逸している。

 基本的に向上心の高い人で開拓精神の強い人だが、そんな中にこういう破滅的な行動が見え隠れしている。

 こういう奇抜なのにかれてしまうのが鳩原はとはら那覇なはという少年なのだが――そんな鳩原でさえ、この人物は避けるべきだと思っている。

(そういう意味では『そういうもの』に魅かれているのは、今も同じか……)


 昨日の夜のことを思い出す。

 昨日の夜に出会った侵入者のことを思い出す。

 ダンウィッチ・ダンバースと名乗ったあの魔女のことを思い出すのだった。





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