2.
「あら、ウッドロイさんじゃない。ごきげんよう」
「ごきげんよう。私は非常に機嫌がいい。
「たった今よ。麗しくなくなったの」
冗談を聞き流すように肩を
ウッドロイの少し後ろに
「
特に目を合わせることもなく、ふたりは会話する。
「何か
「どうしてそれがドロップアウトに
「その通りだな」
笑うような仕草を見せたが、目が一切動いていない。とてもじゃないが笑っているようには見えない。
「それに」
霞ヶ丘は強い口調が言う。
「侵入者があったというなら防犯を担当しているそこの副会長サマの責任じゃないの?」
隣に立つ副会長――ハウス・スチュワードは何も言わない。
「彼女から報告があったんだ。侵入者があったとね。
霞ヶ丘ゆかりと、ウッドロイ・フォーチュン。
このふたりの仲が悪い。構図としてはドロップアウトの代表とエリートの代表の対立である。
鳩原はハウスのほうを見る。
ハウスは一瞬だけこちらを見たが、すぐに目を逸らした。
「詳しくは調査中。もちろん、
「それは生徒会長の責任じゃないの?」
「随分と責任を追及するではないか。学校を一致団結させるために生徒会長になった私だが上手くいかないものだ。そうやって言い逃れできない
ここまでわざとらしく皮肉とか嫌味とかを言うのは相当である。
エリート側もドロップアウト側と相容れようという気がないのだと、鳩原は聞きながら思った。
「貴殿が
「それは
「…………」
何か言いたそうに沈黙したあと、ウッドロイは『かつかつ』と靴先を鳴らす。
「『気に入らない』と言っていたな」
「? ああ、鳩原くんに対しての評価のことね。そうよ、気に入らないわね。頑張ってる奴が評価されないのって――」
「頑張っていれば評価されるような場所ではないと自覚してほしいところだ」
あまりにも強い口調でその言葉は放たれた。
「あら、学校って頑張ったところが評価される場所なんじゃないの?」
動揺した
「今までどんな学校にいたのか知らないが、頑張りが評価されたいならその評価をされる学校に行くべきだ。ここは
「……あっそ。肝に
ウッドロイは軽くお辞儀をして、その場を立ち去った。
そのあとに続いて副会長も少しだけ頭を下げてついて行った。
エリートの代表である生徒会長のウッドロイ・フォーチュンと、ドロップアウトの代表になった霞ヶ丘ゆかり。
ふたりの衝突を遠巻きに見ていた生徒たちは黒板の前から立ち去って行った。
黒板の前に取り残されたのは霞ヶ丘と鳩原のふたりだった。
「…………さっきの言い合いは私の負けね」
少しの沈黙のあとに、霞ヶ丘はそう言った。
「ドロップアウトしたのってさっき言っていたのが理由なんですか? 『脱・落ちこぼれ』とかなんとかって……」
「まさか。本気にしないでよ。でも、まるっきり嘘ってわけじゃない」
霞ヶ丘は言う。
「少しだけ本当のことを言うとね、私はこんな学校を変えてやろうって思ってるのよ」
「学校を、変える……」
「具体的な方法はまだ何も思いついていないけどね。でも、あのままエリートで居続けたら、そんなこともできないと思ったのよ」
霞ヶ丘は堂々と胸を張って、こう言った。
「だから、ドロップアウトしたのよ」
鳩原は言葉が出てこなかった。
(……この人は)
そんなことで、自分の今までを棒に振るような真似をしたというのか。
これを聞いて、改めて――この人はめちゃくちゃだと思った。
それはあまりいい意味ではなく、だ。
変わった人というか、少し常軌を逸している。
基本的に向上心の高い人で開拓精神の強い人だが、そんな中にこういう破滅的な行動が見え隠れしている。
こういう奇抜なのに
(そういう意味では『そういうもの』に魅かれているのは、今も同じか……)
昨日の夜のことを思い出す。
昨日の夜に出会った侵入者のことを思い出す。
ダンウィッチ・ダンバースと名乗ったあの魔女のことを思い出すのだった。