「聞いたよ、シェリル。新しく歴史を変えたそうじゃないか」
「父さん。それは嫌味かしら?」
会うなり彼女はレムリアのボディを竦めるようにして不機嫌な態度を現す。
彼女の言う嫌味とは、つまるところ100%聖典側の勝利ではない事を指し示す。
彼女の働きかけでさえ、取り戻した領地は3割。
7割は未だクトゥルフさんの支配下である。
それでも大陸を勝ち取って人類NPCを増やす事で信仰値を増加させることには成功していた。
が、プレイヤーの進行率は大きく変動。
わたしの働きかけにより、人類プレイヤーの大多数はハーフマリナーへと種族変更し、聖典信仰から魔導書、もといクトゥルフ信仰へと移行している。
その為シェリルの機嫌が悪いのだ。
「そんな、そんな。私は君たちにいい話を持ってきたんだよ? これは私達ベルト持ちプレイヤーが最も影響を与える世界の今後を考えての事だ」
「話だけでも聞くわ。飲むかどうかはまた後でにさせて」
「勿論だとも。それにこの話は君だけに、と言うより傘下クラン全員に聞いて欲しいから、これからクランコールで呼び出すけど良い?」
「構わないわ。父さんが防波堤になってくれるんでしょ?」
「どうだろうね? 最終的に私が悪者になるのはいつものことだ。君は好きに動きなさい」
「そうね。あとウチのヒャッコから何か話を聞いてないかしら?」
「ヒャッコ? どちらさん?」
「私の夫」
「ああ、祐樹君。このゲームやってたんだ?」
「しらばっくれるのね?」
「私にはなんのことかわからないね。でも君の変化は裕樹君が関わってると言うことはわかった」
「そうよ。あの私を美化してやまない夫が、意見するなんて初めてだったもの。だからてっきり父さんが世話したのかと思ったわ」
レムリアのサーチアイがジロリと私に突き刺さる。
全く、ヒャッコ君。行動が筒抜けじゃないか。
でも彼はうまいこと彼女を導いてくれたようだね。
「勘違いだよ。彼だっていつまでも君のイエスマンではいられないのさ。男を見せられて惚れ直したのだろう?」
「どうかしら? 見直したと言う感情の方が強いわね」
「やれやれ。片意地ばかり張ってると疲れてしまうよ。どこかで息の抜き方でも覚えなさい」
「余計なお世話よ。私のことぐらい好きにさせて」
彼女は誰に似たのか頑固で困るね。
クランルームには招待客の出入りを自由に許可してあるので、呼び出した各クランのリーダー達が次々とやってくる。
「お、爺さんに精巧のクラマスか。俺は二番手か?」
姿を表したのは金狼君。相変わらず金色の毛並みが眩しいね。
特に種族変更した様子は見られず、硬派にムー陣営に与してるらしい。
「やぁ金狼氏。最近見ないけど元気だった?」
「リアルで忙しくてな。親父は?」
「ジキンさんなら個室で執務でもしてるんじゃない? あの人はほら、ウチの悪巧み担当だから」
「悪巧みって……まぁなんも間違っちゃいねーが」
それだけ言ってすぐにジキンさんの部屋へと出向いた。
人が揃ってないのでそれまでに自分の要件を済ませてしまうのだろう。
「お義父さん、お久しぶりです。義姉さんも」
「やぁオクト君」
「ええ、噂はかねがね。パープルとは仲良くしてるようね」
「まぁ。僕が選んだ妻ですからね。手のかかるところ含めて愛おしいですよ」
「おや、惚気かい?」
「そう、それならばいいわ」
シェリルはツンツンとしてるが、姉妹仲は良いので妹が愛されてると知って少しだけ気分が良さそうだ。
表面上の態度や口調こそ変わらないが、声色はほんのりと温かみを帯びている。
「あ、姉さん! 聞いてよー」
「フィール。ここではお互いにクランマスターとしてきてるのでしょう? 少しは落ち着きを持ちなさい」
「そうだけどー」
ウチの次女であるフィールが長女のシェリルを見つけるなり愚痴をこぼしてくる。それを嗜められてゲーム内ぐらい良いじゃないのとぶーたれた。彼女も真面目すぎて一人でなんでも抱えちゃうんだろうね。その為にもりもりハンバーグ君が付いているのに、彼は一体何をしているのやら。
他にもリーガル氏が現れて、要件を済ませた金狼氏がジキンさんと一緒に姿を見せる。
それぞれが主張するように顔を見合わせ、そして私の言葉をも待つ。
「さて、揃ったかな? 今回私が君たちに手伝っていただきたいのはあるクランイベントなんだ」
「イベントですか? すると今のアキカゼランドは?」
「撤退、と言うことになるね」
私の言葉に呼応して質問したのはオクト君。
彼にとっても陣営入りは一つの通過地点。
ずっと空の上ばかりにいる必要もないのだろうと私の発表には乗り気だ。
意を唱えたのは案の定シェリルだった。
「待って、それではあの時計付きの機関車はどうなるの? 個人の持ち物にするには手に余るでしょう?」
「勿論、君の言わんとすることはわかるよ。けど、たったそれだけのために一人のプレイヤーの自由時間を縛り続けるのは厳しいだろう?」
「ええ、父さんの同級生だったかしら?」
「うん。彼はなんだかんだとお人好しだからね。頼まれたらNOとは言い出しにくいんだ。だからと言ってベルト持ちプレイヤーの都合を押し付けるわけにもいかないだろう?」
「そうね。管理できるものなら持ち回り管理したいのだけど」
「じゃあ、そうしよっか」
「はい? ちょっと父さん。思いつきに勝手に乗っかってこないでよ」
彼女はすぐに会話から自分なりの考察を始める癖がある。
私はそれに乗っかって、これから話す概要を述べた。
「まぁ、これはシェリルの憶測以前に私の方でも考えていたことでね。クラメンさんとも話したんだけど、私達ベルト持ちプレイヤーがこれからも過去の改竄をする度に交通機関が麻痺する恐れがあると思うんだ」
「それは確かに。でも上位クランほど独自に通行手段を持つものよ?」
「そりゃどうそうだけど、全員が全員、クランが上位に食い込んでるわけでもないでしょ?」
「そうね。つい自分の基準で考えてしまったわ。そう考えれば、わからなくもないわ」
「で、爺さん。最終的に何をするつもりなんだ?」
「各街に駅を作って、そこに路線を走らせようと思って」
「また大きく出たな。だが、駅か」
「ワープポータルではダメなの?」
「外の景色込み、かつ無人駅もいくつか設けてダンジョンの近場とかにも置く予定だ。待ってれば各街による列車が来る。どうかな?」
「俺はアリだと思うぜ? ウチのように人数こそ居るがクランランクが中堅だと移動手段が限定されるからな。そう言うのがあれば助かるのは確かだ」
「でもそれだと無賃乗車し放題じゃない? イベントである以上、利益は出すべきよ」
それぞれが主張しあう。
意見はそれぞれメモして書き留める。
個人で考えてるよりこうやって意見を出し合える関係性はやはり得難いものだ。
「うん、うん。でも正直言って移動云々で儲けるつもりはないよ。だから無賃乗車は問題ない。むしろ駅からこぞって出てくるのを狙って商店等を誘致したりしてそっちで儲けを出せばいい。街に持って帰りさえすれば、所持権はプレイヤーのものになるだろう? その素材の買取専門店や、情報の売買をしたっていい。掲示板以上に情報を取り揃えれば、どう?」
「それはありね。なんだ、キチンと考えてるじゃないの」
「フィールのクランはそう言うの得意だろう? オクト君のクランと組んで色々発展させてもいいし。情報こそがこのゲームでは得難い価値になる。その上で世界が様変わりするんだから、最寄りの情報っていうのをプレイヤーは最も多く求める訳だろう?」
「さすがお義父さん、慧眼ですね。ですが問題点も多くありますよ。維持費はどれほどをお考えで?」
「うん? 私はのクランでは2、3個やるから他は有志を募って任せるよ。どうやって儲けるかはそのクラン次第だ」
「は? アイディアを他所にくれてやると言うのですか?」
「結局は企画だからね。全部が全部自分たちで責任を取るつもりはない。真似したいならさせればいいんだよ」
「全く、食えない爺さんだ。一見儲かり話のように見えて、維持費がとんでもなくかかる提案をぶん投げてきやがる。だが、こちらにも旨みは十分にある。俺はこの提案、乗らせてもらうぜ。引く線路については俺達を優先してくれるんだろう?」
オクト君が維持費の問題で疑問を呈し、金狼氏が乗り気で話を繋げる。さて、シェリルはどうするか?
フィールは、シェリル次第のところがあるだろう。
「父さん、うちのクランは参加出来ないわ」
「勿論、それでも構わないよ。私は無理強いはしない主義だ。それでも、やってくれると名乗りを上げてくれたクランには色々とノウハウを教えてあげることは出来る。月に一度会合でも開こうと思っていたんだけど。参加するしないは任せるよ」
「〜〜〜〜〜、そうやって私を除け者にするの?」
「姉さん、父さんは昔からこうよ? 情報を後出しにするの」
「義姉さん、別に僕たちは義姉さんを仲間外れにはしませんから安心してください」
「そうだぞ、精巧の。俺たちはそんなちいせぇ器じゃねぇよ」
「何というか、ご苦労だなシェリルさん?」
「わかったわよ、分かりました! 私も参加する。それでいいのよね?」
ややデレた口調で、シェリルが同調圧力に負ける。
それには金狼氏もリーガル氏も苦笑いだ。
「よし、じゃあそう言うことで詳しい話はジキンさんから聞いて」
「え、ここで僕に丸投げですか?」
パン、と手を叩いてすぐ横で情報をまとめていたジキンさんに丸投げすると、意外そうに私に振り向いた。
「私の仕事は企画立案とお金の調達。あなたは仕事をまとめて手配すること。ほら、急ぐ」
「この! 後で絶対に損な役回りに就かせますからね!」
「はいはい、楽しみに待ってますよ」
手を叩いて急かすと苦虫を噛み潰したような顔で私を睨み、怒り肩で部屋を出ていく。
「あれ、放っておいていいのかしら?」
「いいのいいの。途中で私に口出しされる方があの人イライラするから。ある程度の流れを見せとけば勝手にやってくれるよ。なんだかんだで優秀だからね、あの人」
「あの親父がいいように扱われてるのを見てると、なんか……悲しくなるな」
「お気持ちお察ししますよ」
「右に同じく」
「なんだか話を聞くだけで疲れたわ」
「そうね。父さんが相変わらずで良かったのやら悪かったのやら。でも……」
「でも?」
「たまにはこう言うのもいいわね」
「そうね」
長女の言葉に次女が相槌を打つ。
昔から二人には苦労させているからか、こう言う苦労には慣れっこと言わんばかりに苦笑していた。
あの頃に比べれば直接かける苦労はだいぶ軽減したと思うけど、彼女達はそう捉えないんだよなぁ。
何はともあれ、忙しくなるのはこれからだ。