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第32話 誕生、ハーフマーメイド

 海霧纏(カムイ)が実装された翌日。

 私はクランルームに赴き、クラメン達から質問攻めにあった。

 主に食ってかかってきたのは聖典陣営の探偵さんだ。

 サブマスのジキンさんは言うだけ無駄ですよ、と宥めている。

 本当にこの人は私のなにを知っていると言うのか。


「やってくれたね、少年」

「開口一番ご挨拶だねぇ。いったい何のことやら私にはわかりかねる。もう少し順序立てて説明してくださいよ」

「ホラ、この人はこうやって知らんぷりする」

「ジキンさんもそっち側ですか?」

「僕はハヤテさん被害者の会、会長も兼ねてるからね」

「自分から巻き込まれにきた癖に被害者面しないでくださいよ、もう。確かに最初こそ私が巻き込んだのは事実。その時は何度も事前に告知したじゃないですか。それを今更騒ぎ立てるのは悪辣ですよ?」

「そうでしたっけ?」


 ジキンさんは憎たらしい顔でそう告げた。

 全く相変わらず被害者面で困る。

 自分だって私のいないところで相当やらかしてるだろうに。


「まあまあ、落ち着いて」


 なにしれっと宥める側に回ってるんだろうねぇ、この人は。

 自分から物言いつけてきた癖に。

 相変わらずクラン内に身内の敵が多すぎて参るね。


「今回は相談があって待ってたんだよ」


 ニコニコと、嘘くさい笑みを浮かべて微笑む探偵さん。

 少年探偵アキカゼを読み込んだ後だから特にその立ち振る舞いが完璧だとわかる仕草を添えて、彼は打診してくる。


「一時停戦しないか、と約束を取り付けに来たんだ」

「停戦もなにも、勝手に対立してきたのは聖典側じゃないの」

「そうだっけ?」

「そうですよ。クトゥルフさんが世界を支配して、勝手に焦ったのがあなた達です。クラメンが多かったのもありますが、急にそっけない態度取られてたまったもんじゃありませんでしたよ」

「そうだったか。それは悪いことをしたね。でもさ、考えてみてよ」


 探偵さんは自分たちだってしたくなかったけど、聖典陣営のベルトを巻いてる以上、魔導書陣営に与するのは良く無いと思っていたのだろう。日に日に能力に制限がかかり、どんどん弱体化していく現実をつらつらと語っていく。

 まるで御涙頂戴話であるかのように被害者面をするが、こちらも黙って聞いてるわけではない。


「そりゃ、うん。そっちの考えはわかるよ?」

「ならそろそろ気は鎮まったんじゃ無いかな? 少年からもさ、御大を説得して僕たちの神様を許してあげてよ」


 本命はそれか。しかし私が説得したところでクトゥルフさんが首を縦に振るかどうか……


[許すも何も、被害者はこちら側だと思うのだが? 此奴は一体何を言っているのだ]


 心の中から返事がくる。

 だよねぇ。御大自らの告白により、私は確信を持って幼馴染の彼へと告げる。


「確かに聖典側の弱体化は可哀想だと思うよ」

「なら!」

「でも逆に言わせてもらうとね、クトゥルフさんはずっとその封印されたままの状態で私と一緒に戦ってたわけだけど、君たちはそのことについて何か申し開きはある?」

「あっ」


 探偵さんは自分たちが被害者として話しているが、この会話の論点を語るなら被害者は他ならぬ魔導書陣営だと思うんだよね。


 そもそもこちら側に物理的に呼び出せる状態にない、または封印措置をしたのは他ならぬ聖典陣営のしたことだ。

 今まではそれが当たり前だったから彼らは忘れてるんだ。

 全盛期の力を取り戻そうと躍起になるのは構わないけどね、自分たちの神様がしてきたことを今一度考えるべきじゃないかと思うんだ。


「語るに落ちたね探偵さん、君らしくもない。なにをそんなに焦ってるんだか」

「確かに魔導書側はそうだった。けど封印状態でもめちゃくちゃやってるじゃないの、君ら!」

[格の違いだろうに、言われんでも分からぬものか]


 クトゥルフさんはご立腹のようだ。

 まぁ、弱体化と言う意味では聖典側も想像以上に追い詰められてるので気持ちはわかるよ?

 だからこそのプレイヤーが神格の気持ちを汲んだ行動に移さなければならない。だと言うのに勝手に悪いのがこちらだと決めつけて悪あがきだ。本質を見落としてるんだよね。

 彼のそんな姿は見たくなかったなぁ。

 同調圧力もあるかもしれないが。


「まあまあ、落ち着いて探偵さん。別にクトゥルフさんは君達を取って食おうと言うわけじゃないんだ。現に人類だって残されてるし、救いの手だって差し伸べてる。温厚だよ、彼は。

かと言って当時やり込められた鬱憤ばらしをしているわけでもない。これは本来ありえた可能性の一つなんだよ。そこを履き違えてはならない。

そしてかつての栄光を取り戻そうと君たち聖典側が足掻こうとしてるのもわかる。でもね」


 言葉を切り、近寄って探偵さんの肩を叩く。


「結局その均衡が傾くのは想いの強さだよ。もちろんプレイヤーの想いは強いのかもしれない。けどね、それがどれだけ君たちの神格に影響を与えているか考えたことはある? 君達が考えるのはそこだよ。クトゥルフさんを悪く言ったところで、結局その場で足踏みしてるだけだ。何も解決しないことに気づき給え。君ならここまで言えば後は何をすればいいかわかるだろう?」


 あとは自分で考えて頑張って。そう思いを込めて、彼の背中を叩いた。

 クランルームを後にして、通路でマリン達と出会う。


「あっお爺ちゃん!」

「おはよう御座いますアキカゼさん」

「やぁやぁマリン。それにユーノ君も配信見たよ」

「どうだった?」


 鼻息を吹きながら興奮気味に聞いてくるマリン。

 そんなに私の感想が今後の彼女の人生の何かを決めるものでも無いだろうに。だが気になる性分は私に似たのかもしれないね。


「また腕を上げたね。お見事」

「へへへ」

「それよりもアキカゼさん、新しいシステムが実装されたそうですがアキカゼさん絡みですか?」

「そうだね。確かにアドバイスはしたけど、その場ですぐ実行するとは思わなかったよ」

「なんて言ってアドバイスしたの?」


 悪気はないんだろうが、マリンは私のことはなんでも知りたいのか、食い下がる気はないようだ。

 まぁ行ったところで全ての神格が実行できるかどうかもあやしいし、言ってしまってもいいだろう。

 なに、言うのならタダだ。


「そうだねぇ、その前にマリン達は霊装が聖典側が残した遺物だって知ってた?」

「え! 知らない。ユーノは知ってた?」

「知らないよー。あ、じゃあアキカゼさんも魔導書側も作れないかって、そんな感じでお話ししたんですか?」

「そんな感じだね。そもそも自分でそんなふうに感じて独り言を漏らしたら向こうが勝手に解釈したんだよ。私にそれほど強制力はないんだ。みんな誤解してるのに、すぐ私が悪者にされてしまう。嘆かわしいことだよ」


 相変わらずユーノ君は察しがいいね。

 1を聞いて10を知る。

 マリンは普段からボケボケっとしてるけど、その度に彼女がフォローに入ってくれるから均衡が保たれてるんだろうねぇ。

 そんなやりとりを終え、私は話題を切り替えた。

 内側でクトゥルフさんが居心地悪そうにしてたからね。


「ところで君たちは種族を変える気はない?」

「あ、えーとどうかな? この体に慣れちゃってるのもあるし。ユーノは?」

「そうですね。確かに地上がこの有様じゃ、深海族に与した方がいいのはわかります」

「なら……ルリーエ」

「はーい!」


 私の影から元気よく姿を表す、スズキさんとそっくりの女の子。マリンがアレ? と表情を歪めた。


「あれ、先生?」

「|◉〻◉)僕がどうかしたの?」

「先生が、二人~!?」


 スズキさんを呼べば、いつものサハギンルックでマリンの背後から現れる。

 右手をあげて、のほほんとその場に鎮座した。

 マリンは背後から声をかけてきたスズキさんとルリーエを見比べて、混乱したように頭を抱えていた。


「どういうことですか、アキカゼさん」

「紹介しよう、彼女はルリーエ。私の魔導書に付き従う幻影なんだ。スズキさんとは別人だよ」

「ルリーエと申します。どうぞよしなに」


 ぺこり、と挨拶をする彼女は普段のおちゃらけモードを封印し、静粛に静々と頭を下げた。

 それを見てマリンは納得したように「全然違う!」と漏らす。

 その後ろではスズキさんが「|◉〻◉)ひどーい」と唸った。


「と、まぁこのように偶然の一致で似ているけど、全然違うんだ。どうも彼女はスズキさんをモチーフにしてその造形を形作ったようでね、似ているのも仕方ないんだよ」

「|ー〻ー)なんだかんだ僕が一番一緒に冒険してますからねぇ」


 スズキさんがニコニコしながら尻尾を振った。

 そのやり取りを見てなるほど、と納得したようにマリンは頷く。

 ユーノ君だけが疑わしげに見比べている。

 どこか不明瞭な点があっただろうか、ルリーエに話しかけていた。


「あの、ルリーエさん」

「なんでしょう」

「どうしてまたスズキ先生にそっくりに模倣したのでしょうか? 私からいうのもアレですが……その、アレでしょう?」


 アレと何度も繰り返す辺り、自分でもなんと表現していいかわからぬユーノ君。

 その側でスズキさんが「|◉〻◉)アレってなにさ!」と憤慨している。

 その二人のやりとりを見て、ルリーエは小さく笑った。


「ふふ。確かに見た目は似せましたが、内面まで似せる必要はありませんでしたわ」

「それは何故でしょうか?」

「一緒にいて不自然に思われないような姿にする必要がありましたから。ですが心の内まではわたくしの物です。それまでばかりは偽れませんわ」

「確かに。ですが本来のお姿を隠してまで正体を偽る必要はあったのですか?」

「私の本来の姿は建造物ですから。だからこのように本来歩き回ることはできないのですよ」

「建造物!?」


 ユーノ君がその正体に慄く。


「はい。わたくしの正式名称はルルイエ。竜宮城が最奥、クトゥルフ様の神殿がある孤島。その島そのものがわたくしなのです。ご理解頂けましたか?」

「その、申し訳ありません。そうとは知らずにあれこれ聞いてしまって」

「良いのです。幻影とは本来あまり周囲にその姿を見せることはありませんので。わたくしの知る方達も本来は神格の住処だったり、支配している星だったりするのですよ。その事を慮って頂ければ幸いです」


 にこり、と笑顔でルリーエは会話を締めくくった。

 ここまで相手に好印象を持たせて主導権を握るのが本来の彼女なのかどうかあやしい物だ。

 普段の素行を見てるからね。騙されちゃいけないよ?


『わたくしのこれはお国言葉ですわ』


 それは失礼。そういえば正体をバラす時はそっちだったもんねぇ。

 私が聞き慣れないから変えさせたんだったと思い出す。

 唐書の彼女は葛藤の末にスズキさんバージョンを受け入れて、今の状態に吹っ切れた。

 御大もそれに慣れ切ってしまっているし、まぁ結果オーライと言うことにしておこう。


「それでルリーエ、彼女達にお召し物をご用意して貰えるかな?」

「いきなりお召し物と言われましてもどんなものか検討もつきませんわ」

「ふむ。彼女の美を損なわせない新しい種族の誕生とかどうだろう? ハーフマーメイドとか。上半身は本来の彼女で、下半身は魚のマーメイド。しかし海の上では魚の足と人の足を入れ替え可能とかどうかな?」

「少しお時間を頂ければ」

「では任せるよ」

「どういうこと、お爺ちゃん?」

「彼女は管理者の役割も担っているんだ。そして魚人種は彼女の管轄内。想像するのも仕事の一つなんだ。さて、準備が整ったようだ」


 クトゥルフさんがあんなに素早くシステムを書き換えられるなら。それが全プレイヤーに反映されるのなら。

 種族すら作ってしまえるのだと考えただけである。


『結構な無茶振りですよ、コレ』

『でも承ったと言うことはできるんでしょ?』

『不可能ではありませんが……良いのかなぁ?』

『じゃあ頼むよ。私も孫から嫌われたくないんだ』

『はぁ、まあ眷属の受け入れ先の一つと思えば良いのでしょうけど……オス、メスの判別はした方がいいですか?』

『そうだね、それで頼むよ』

『了承致しました』


 渋々しながらも、テキパキと事を進める辺り彼女も優秀なのだろう。

 次に姿を表せた時、ずいぶん薄まった水色のドリンクを持っていた。

 サイダーのような、ほんのり炭酸も混ざったドリンクだ。

 相変わらず磯臭いのはご愛嬌か。


 影の中から出てきたルリーエに手渡されたドリンクを受け取り、口に含んで表情を顰めるマリン達。

 それでも一気に飲み込んで、その種族をハーフマーメイドへと変えていた。


「うえー変な味。でも体の方はなんともないや」

「マリンちゃん、耳!」

「耳? あれ?」


 ユーノ君の指摘でようやく自分の耳がエルフのそれではなく、魚の鰓に置き換わっていることに気がついたようだ。

 人の手足は普段通り。肺呼吸もできる新たな魚人種。


「さぁ、魚の足を出してみて」

「うん、頭の中で念じれば良いんだよね?」

「だと思うよ」


 私もよく知らないので曖昧に返事をする。

 ルリーエはそうだと頷いたのでそうなのだろう。


 スズキさんに至っては通路に寝そべって死んだ魚のふりをしている。私にした時のように、クランルームの前で人が出てくるのを待ってるようだ。やめなよ、そう言う悪戯は。

 やられた方はすごく心臓に悪いんだよ?


「わぁ!」


 それは衣装チェンジのように、普段着からマーメイドモードに切り替わったマリン。


「ユーノも、早く」

「うん」


 マリンに捲し立てられ、様子を窺っていたユーノ君も意を決してマーメイドモードに変身した。

 そしてすぐに人間の足へと戻す。

 ちゃんと戻るか心配だったのだろう。


 しかし切り替えが可能だと知ってからはすぐにマーメイドモードへと切り替えていた。

 マリンは早く試そうよ、と海霧纏(カムイ)を試運転したがっていた。

 どうもアレは魚人種になった瞬間に開示されるっぽい。

 私は知らないよ?


『ハヤテさんは全部実行可能なので実装してないです』

『そりゃ残念』


 そう言う事らしい。

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