思えば簡単な話だった。
アイドルという怪異からより遠い居場所に居ようが、怪異の身内がアイドルをしてるんなら関係なく現れるのが怪異というものだ。
むしろ仲間なので呼べば来る。
なんでそんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか。
じゃあ違うことをすれば怪異は来ないのか?
AWOをやってる限り、それは無理だろう。
だから私はAWOを休憩し、しばしVR井戸端会議に籠ることにした。
ゲームの中で会えるとはいえ、リアルでこちらで活動してる人も居るからね。
近くのコミュニティセンターによって入り口に入るなリホワイトボードを除いて今日の予定表を見る。
ほう、女性部が編み物教室をやってるようだ。
そういえばウチの妻やランダさんも参加していたなと思い出す。
だからと言って教室を覗くなんて野暮な真似はしない。
彼女の事だ。私の視線があれば気を散らしてしまうだろう。
なんのための自由時間かわからなくなってしまうからね。
だから私は図書室に赴いて例の書物を本棚から5冊づつ抜き出し、熟読した。
相変わらず『少年探偵アキカゼ』は面白い。
学生時代に読んでハマった当時の頃を思い出し、童心に帰ることが出来るのが良い。
気がつけばあっという間に時間は過ぎ去った。
朝から昼間まで漫画を読み耽る老人と言うのは結構痛い行動かもしれないと自覚しているが、趣味なのだからしょうがない。
ひと段落して単行本を閉じて昼食を摂りに自室へと戻る。
今日は日曜日なので全員家でゴロゴロしていた。
お昼時になれば呼ばなくても集まってくるのだ。
「由香里、今日のお昼は何かな?」
「あ、お父さん。今日は煮魚をチョイスしたわ」
「いいね。楽しみにしよう」
「あ、それと」
「ん?」
「秋人さんとは出会わなかった?」
秋人君が? なんだろう。
先日の2ndシングルPVの件で何か問題があっただろうか?
どちらにせよ今はあまり怪異に関わりたくはないなぁ。
向こうに悪気がないのはわかってるんだけど、私に近づくと怪異が寄ってくるというイメージが付いてしまうのは避けたかった。
後々孫の美咲と遊ぶのに都合が悪くなるからね。
スズキさんの事だ。なぁなぁでやり過ごしそうで怖い。
しばらく考えてから答えを出す。
「いや、出会ってないね。今日は井戸端会議の方で読書を嗜んでいたからね。AWOの方にはログインしなかったんだ」
「あら珍しい」
「私だってゲームばかりしてるほど暇じゃないんだよ?」
「ふふ、そういうことにしておくわ」
全然信じてくれないセリフを残して由香里はキッチンに引っ込んだ。
少ししてお腹を空かせた美咲が自室から飛び出てきた。
「お腹すいたー。おかあさんご飯!」
「その前にお手洗いしてらっしゃい」
「はーい! お爺ちゃん、一緒に行こ」
「よし、私も手洗いとうがいをしてくるか」
「お願いね?」
いつものやりとりを交わし、重い腰を上げる。
すっかり腰は良くなっているが、座っていた状態から立ち上がるときは、つい掛け声をかけてしまう。
その事に孫は「大丈夫?」と声をかけてくるのでなるべく掛け声を上げずに立ち上がれるようにするべきかと努力しよう。
うがいと手洗いを終えてテーブルに腰掛ける。
それぞれがポータルを使って隙間時間を埋めてる途中で秋人君が自室から現れた。そのまま洗面所に寄ってからキッチンに歩いてきた。
「あ、お義父さん。もう帰ってたんですね、探しましたよ」
開口一番、探していた事をアピールしてきた。
どうやら午前中探させてしまったようだ。
その事を謝罪し、話は由香里から聞いたよと着席を促す。
「みんな揃ったわね? じゃあ頂きましょうか」
「「「「いただきます!」」」」
食事中は静かに、それぞれのペースで食事を行う。
美咲は約束の時間があるからと良く噛まないで飲み込んでいたのを由香里に怒られていた。
それを私と秋人君で苦笑しながら見守る。
美咲はバツが悪そうな顔をしていたが、よく噛んでから飲み込むようにした。
それでも一番に食べ終わって食器を食洗機に入れて自室に駆け出す。
どうやらアイドルグループで配信をする様だ。
リーダーである彼女が遅刻したんじゃダメだって自覚してるらしい。だとしても食事するくらいの余裕は欲しいよね。
彼女の事だから時間ギリギリまで何かしてたんだろうけど。
若いってすばらしい。
私も見習わないとな。
アイドルと単に言っても、歌って踊るだけじゃないのがAWOでのアイドル活動。
スズキさんは神格召喚までやってのけたもんなぁ。
そういえばあの方達、無事に元の星に帰れたんだろうか?
……もしかしてまだあの世界に居座ってたり?
その事も踏まえてAWOにログインするの怖いんだよなぁ。
悪いのはスズキさんなのになぜか私が悪い事になるんだ。
こういう時、クランマスターは貧乏くじだよね。
食事を終えて秋人君へと向き合う。
何か用があるみたいな感じだったけど、なんだろうか?
「それで、私に用とは?」
由香里に配膳してもらった緑茶の注がれた湯呑みを傾けながら尋ねた。
「実は僕じゃなくて裕樹さんが、どうしても相談したい事があると僕に仲介役を頼んできたんですよ」
「へぇ、なんだろう? 彼とは結婚式以来碌に顔も合わせてないからなぁ」
裕樹君というのはウチの長女の真希をもらってくれた旦那さんだ。
家庭内では娘が引っ張って、旦那である彼はサポートに回ってるともっぱらの噂だけど、今までしれでやってきていたと言うのに今になって相談事があると来た。
「十中八九、AWO内の事でしょうね」
「ふむ。相談というか苦情の可能性が急に上がってきたな」
「お義父さん、自覚あったんですか?」
「失礼な。クトゥルフさんの件については彼の独断だよ? ちょっと特定条件を満たしただけで私は悪くない」
「それをキッパリそうだと言えたら良いですね。それと真利さんも来るそうです」
「彼とは砂嵐だらけの配信で仲良くしたからね。もしかしたら配ったPVの件かもしれない」
真利君は次女の旦那さんだ。うん、もりもりハンバーグ君のことだね。
彼の崇拝するガタトノーアも触手の化け物なので妙な親近感があるのだ。
「あれを配布したんですか? 正気度随分と削られたんじゃ?」
「彼もベルト所持者だよ? むしろ私以上に適性のある人物だと思うけど?」
「ああ、そう言えばそうだった。普段が温厚そうな人だから忘れてた。じゃあ僕は裕樹さん側に付きますね」
「何その今から対立しますよみたいな言動。ちょっと会いに行く気がなくなってきたね」
「引き摺ってでも連れてこいとのお達しです」
「あれ、これ裕樹君結構怒ってる?」
「頑張ってー」
我関せずな由香里に見送られる様に、私はあきらめる様にAWOにログインした。
そして約束の場所で裕樹君のアバター『ヒャッコ』と会うなり勝負を仕掛けられた。
彼は対人戦でプレイヤーランキング上位に位置する人物だそうで、中でも釣り人のカイゼルさんクラスの様だ。
『俺と勝負してください、義父さん!』
「え、嫌だけど?」
『えっ』
「えっ」
まるで断られるのが想定外だったのか、ヒャッコ君がその場で絶望した様な声色で立ち尽くした。
相変わらずなメンタルの弱さである。
彼は非常に優秀なのだけど、メンタルが弱いのですぐに落ち込むのだ。それをカバーする為に日々努力を続けてるらしいのだが、この通りの有様だ。
「っていうか、なんでまた君は勝負なんて挑んできたのさ。このことはシェリルは知ってるの?」
『いえ、彼女は関係ありません』
「ふむ。相談なら乗るよ?」
『では……』
居住まいを正し、ヒャッコ君はその旨に募る思いの丈をぶちまけた。
要は今の世界……クトゥルフの支配する世界になってからシェリルに元気がないことが原因だそうだ。
彼女はリーダー気質だから何かと突っ走るからね。
その上で自分でできることは周囲にもできて当たり前と強要してくるタイプだ。
今までならヒャッコ君もシェリルの行動についていけていた。
けどクトゥルフが世界を支配してから環境が変わり、大地より海の面積が幅を利かせた。
既にレムリア陣営だった彼らはそれでも戦績を落とさず攻略をしてきていた。
しかしベルト所持者のシェリルの実力が突出していくと誰もついていけなくなったのだ。
これは仕方のない事だと思う。
でも彼は、ヒャッコ君はそれを良しとしなかった。
だからこそ状況改善を図るためにベルト持ちのプレイヤーの苦悩を知り、なんだったらそれに通用するプレイヤーにいたろうと思ったらしい。
男の子だねぇ。わかるよ、その気持ち。
つい先ほどまで熟読していた『少年探偵アキカゼ』でも似た様なシーンがいくつかあった。
例えば敵対組織の猛攻で怪我を負った主人公が、かつて武術を習っていた師の元へ訪れるシーン然り。
初心を思い出して新しい技術を招く、いわゆるパワーアップ回などには胸を熱くさせられたものだ。
そしてヒャッコ君は私にその熱意をぶつけてきているのだ。
師匠として何かを教えたわけではないけど、彼とは娘を嫁に出すときに一つ約束していたことがあった。
「ヒャッコ君、シェリルを嫁にする時に交わした約束は覚えているかね?」
『勿論です。胸に刻み、一分一秒も忘れずに生きてきました』
「ならば良し。これからも彼女を任せる。だがその前に私自ら君の覚悟がどれほどの物かを確かめてやろう」
『では?』
「うん、君の気持ちは確かに私の胸に届いた。見事ものにして彼女の支えになってあげなさい」
『ありがとうございます! 義父さん!』
「感謝するのは早いよ。頭を下げるのは私に勝ってからにしなさい」
「良いんですか、お義父さん。そんな簡単に引き受けて?」
喜ぶヒャッコ君の横で、訝しむオクト君。
もりもりハンバーグ君に至っては、考え込む様に腕を組んでいた。
「何さ、二人して」
「いや、だって義兄さん。AWOの対人プレイヤーのベスト3に選ばれる様な廃人プレイヤーですよ? ベルトの力があるとは言え、そう簡単に引き受けて良かったんですか?」
「へ?」
「そうですね。確かにお義父さんはお強いです。けど義兄さんクラスの人はソロで古代獣撃破とかザラですから」
「あれ、もしかしてこれ、やっちゃった?」
二人してうんうんと頷く。
ちょっと、良い感じの熱血具合だから二つ返事で了承しちゃったじゃない。そんな相手だったら早く言ってよ!
『では義父さん、早速手合わせさせてもらいます。今PVPルームを予約しますね』
ウキウキとするヒャッコ君は「やっぱりダメ」とは言いづらそうな雰囲気でシステムからコンソールを取り出して予約していた。
まぁ、なる様になるでしょ。
私は諦観の念で流されるままに彼の言葉に従った。