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第9話 そうだ、撮影旅行に行こう⑥

「そういえば君達、銀鉱山がどこにあるか知ってる?」

「何を言い出すかと思えば……」

「普通に遊んでたら一度や二度はいく場所ですよね。ね?」


 新しい犠牲者──もとい仲間になってくれた探偵さんと>>0001氏に話を振ると、今更聞くことかと呆れた声が返ってくる。

 つまりは詳しいのだろう。


「生憎と私は普通に遊んでないのでね。案内してくれたまえ」

「いや、まぁ良いですけど。機関車の人はもちろん知ってますよね?」

「データだけなら知ってるけど、実際に赴いたことはないね。めぼしい情報はなかった筈だ」

「じゃあなんでさっき一緒にあんな偉そうな返しをしたんですか?」


 ジトリ、と>>0001氏が探偵さんを見やる。

 探偵さんはどこ吹く風だ。


「この人、私以上に知ったかぶりするので言ってること鵜呑みにしない方がいいですよ?」

「はっはっは、少年。君に言われたくはないな」

「|◉〻◉)つまりどっちもどっちですね」

「なんか急に頼りなくなって来たな、この人達」


 >>0001氏はこれ見よがしに大きなため息を吐き、渋々ながら案内を買って出る。

 割と苦労人気質なのだろう。

 言い出しっぺでそのあとも掲示板を管理させられてるあたり、そのことが窺える。


「ここです。中は蟻の巣状に広がっていて、エネミーこそ出てきはしませんが別に安全地帯という訳でもありません。崩落などのトラブルもあったり、自然災害に遭う可能性もありますね。運が良ければ銀が取れたり、悪くても銅が取れたりします。基本的に採掘持ち以外は来ませんよ。一般プレイヤーはここで銀を採掘してお金に変えたり、細工物を仕立てて装飾枠を埋める人が多いです」

「へぇ、ほとんど初心者装備で空まで行ってたから分からなかったよ」

「僕は始めた時からずっとこの一張羅だね」

「|◉〻<)僕は最近リードつけてもらいました!」

「そういえば君は全裸だったものね」


 探偵さんが顎に手を添えてスズキさんを流し見る。

 本当にこの人は普段の物言いが煽りそのものだよね。


「言い方、女性に対して失礼ですよ?」

「すまない、うちの幻影がスズキさんを敵対視してるので探りを入れていたんだが……どうも気のせいらしい。思えば彼女は普段からこうだしね」

「幻影ね、そういえば探偵さんの幻影は少女タイプですか?」

「残念だけどそれは秘匿させてもらうよ。今はこうして行動を共にしているけど、イベントが始まれば敵同士だ。情報はあまり晒したくない」

「僕も、すいません。とか言いつつも多分そこまで晒せる情報持ってないんですけど」


 自分で情報出さないくせにこっちには情報出させようって魂胆。

 どこまでも図々しいよね。


 まぁ別にそう言うのは慣れてるから良いけどさ。

 だからこそ巻き込んだんだし。

 むしろ怪しい場所に突撃してもらうために招いたわけだけども。

 旅は道連れ、せいぜい囮役を買ってもらおう。


「そう言えば少年、いつの間にブーメランなんて仕入れたの?」


 目敏く探偵さんが私の腰を指差して、提げられてるブーメランを注意深く覗き込んでいる。

 本当によく見ているよね。


「ベルト関連ですよ。君達も詳細不明のアイテムを手に入れたら入手できるよ。ただし、これは侵食度が一定以上に達して無ければ装備できない」

「侵食度……そう言えば90%超えてるんだっけ、君?」

「お陰様で120%行きましたよ」

「100? え、100越え?」


 >>0001氏は超えたらまずいとされるボーダーラインを悠々超えたと発言する私を何度も振り返りながら見ている。


 その様子が非常に面白いね。どれ、一枚撮ってやろう。

 やはりベルト所持者にとって侵食度は上げ過ぎないのが共通認識か。

 私も超えるまではそう思っていたのだから仕方がないと言えば仕方がない。

 大方幻影から注意されてるのだろう。


「流石だね、コツを聞きたいものだけど」


 探偵さんは探るように言葉を掛けてくる。

 うっかり喋りそうになるところをグッと堪えた。


「なってみればわかるよ。うちの幻影は普通は発狂すると言っていたし、運が良かったと思われる」

「流石に内容は教えてはくれないか」

「身をもって知ってもらおうと思って今回誘ったんだよ?」

「おぉ、怖い怖い」

「あれ、これついて行っちゃまずい奴じゃないですか?」

「ハッハッハ。>>0001君、運命共同体って言葉は知ってるかい?」

「助けてーー、この人道連れにする気だ!」

「大丈夫、大丈夫。正気度残ってるなら平気、平気。じゃあ奥の方までレッツゴー。あ、スズキさん照明よろしくね?」

「|◉〻◉)ノはぁい」


 鉱脈というだけあって、照明こそついているが、微妙に足元が暗い。ところどころ崩落しているのか、それとも断線しているのか真っ暗闇の場所があった。


 そんな場所で、暗闇の中からボヤ~と浮かび上がるスズキさんのドアップ。

 死んだ魚の目で息苦しそうに口をパクパクさせ、泡を吐きながらスッと消えた。

 九の試練でもやってみせた芸当だけど芸に磨きがかかっている。


 >>0001氏なんかはいちいち怖がって声を上げていた。

 本当に正直な人だ。


「なんなんですか、本当になんなんですか! ホラー苦手なんだから勘弁してくださいよ!」

「えぇ、良い余興じゃない?」

「九の試練の時より腕が上がってるよね。周囲から生臭い香りが漂って来てるのも評価しておくべきか」

「|ー〻ー)それは僕じゃないですよ?」


 評論家ヅラで審査する探偵さんが、スズキさんの返しにキョトンとする。


「え、じゃあなんの匂いだろう、これ? 本当にスズキ君じゃないの?」

「|◉〻◉)違います。磯臭いのは最初だけで、今は普通に無臭ですよ。そもそもこれ着ぐるみですし」


 サハギンスーツを脱いで中からルリーエが出てくる。

 普通はそのギャップにやられるのだけど、>>0001氏だけは冗談抜きで怖がっていた。

 その様子に、私は思うところがあった。


「ねぇ探偵さん」

「なんだい少年?」

「>>0001氏、正気度だいぶ減ってない? さすがに怖がりすぎだと思う」

「それは僕も思ってた。無理して連れてこない方がよかったかな?」

「|◉〻◉)どうやら向こう側からこっちに来たみたいですね」

「え、なんて?」


 ──唐突に、バンッと空気の破裂する音が聞こえた。


 どこかの壁が崩壊したような、そして探偵さんが嗅ぎ取ったであろう異臭がさらに強まる。

 真っ暗闇の中。

 そこに現れたのは……


 テケリ・リ……  テケリ・リ……

 テケリ・リ……  テケリ・リ……


 鈴の音を転がしたような声が、頭の中に響いてくる。

 気がつけば足元が虹色に発光しながら蠢いていた。

 地面だと思っていた場所には、全く別の流動体が漂っていた。


「|◉〻◉)ショゴスですね。こんなところに隠れていたとは。よく今まで見つからなかったですね」

「きっと私の神気を浴びて出て来てしまったんだろう」

「|⌒〻⌒)多分そうでしょうね。ハヤテさんとは相性は良さそうですし」

「あぎゃぁあああああああ!!」


 そんな和気藹々と談笑している横で、>>0001氏はその場で転がり廻り、恐怖で体を引き攣らせていた。

 どうも正気度ロールを失敗してしまったようだ。

 目の前で恐慌状態に陥ってしまった人を見るのは初めてじゃないけど、ちょっと大袈裟すぎやしないかと逆に冷静になった。


「少年は平気そうだね?」


 探偵さんが呆れたように私を見咎める。


「え、可愛くないです?」


 一匹抱き上げて、頬擦りしてみる。

 本体は随分とでかいが、一部を持ち上げたらそれがちぎれて私の中でボール状になった。

 別段攻撃してくる気配は見せない。

 ペットのようなものだ。

 可愛いものじゃないか。

 ペット飼ったことないけど。


「流石侵食度120%。このくらいの恐怖はお手の物か」

「探偵さんは少し辛そうだね?」

「生憎と僕は魔導書の派閥では無いのでね、正気度ロールの損失が大きいんだ。成功してもこの削れ様……少し舐めていたかもね」

「あれ、聖典て魔導書側の怪異引くとそんなデメリットあるんですね。私は一つ持ち帰りたいくらいなんですけど?」

「異常だよ、君。身も心も神格に飲まれてるんじゃ無いの?」

「|◉〻◉)だ、そうですよハヤテさん」


 ルリーエが嬉しそうに微笑む。

 君、ちょっと悪い感情出てない?

 ニコニコというよりニヤニヤしてる感情がダダ漏れだよ?


「えー、こんなに可愛いのに」

「間違ってもブログに載せちゃダメだよ? みんな発狂待ったなしだ」

「しょうがない、お蔵入りにするか」


 パシャパシャと二、三枚撮影して、銀鉱山を後にする。


 外に出れば怪異の影響は引いたのか、少し持ち直した>>0001氏が今日はありがとうございましたと頭を下げてそそくさとログアウトして行った。


「おやおや、根性がないね」

「いや、仕方ないでしょあれは。まさか初手からあんな怪異引くとは思わなかったんだから」

「ちなみに、あの子に触れたら新しい装備が手に入りました」

「どんなの?」

「これです」


 取り出したのは指輪。

 念じるとショゴスを一匹召喚できるらしい。

 神格解放はないものの、制限がないあたり無尽蔵に呼び出せる。ちなみに侵食度は10%上昇して130%。

 神話武器ではないからなのか、特にアナウンスなどはなかった。


 性能はスライムと似ているが、人に擬態できたり、知能が高かったりと優秀そうだ。

 どうもこの子達は以前はツァトゥグァさんところの奉仕種族、つまりはペットだったらしい。

 クトゥルフさんとは親戚だったらしいし、預かるという意味では預かっておいても良いかなと思う。


「うわっ、気持ち悪い模様! 真ん中に目が書いてあるじゃない。趣味悪いなぁ」

「クトゥルフ神話に喧嘩売ってます? あちらの神々の画像はだいたいそんな感じですよ?」

「聖典の神々は人間をモチーフにしてるからねぇ」

「そういう意味では相性悪そうですよね。それで……」

「うん?」

「次はマナの大木に行こうと思うんですけど。付いてきます?」

「もちろん、付き合うさ」

「肉盾は一つ減ってしまいましたが、実はもう一人宛があるんですよね」

「誰? 僕の知ってる人?」

「森のくま君」

「あー、彼。ベルト所持者だったの?」

「本人は興味なさそうにしてましたが」

「だろうねぇ」

「じゃあそういう訳で行くよ、スズキさん」


 リードを引っ張ると、中身の入ってないスズキさん人形がズシャァア、とこちらに引っ張られてきた。

 そして中身はというと……


「|ー〻ー)僕、ここに残ります。この子たちの世話をしてます」


 ショゴスを抱き寄せながら震える様にその場で蹲るルリーエ。

 世間一般ではくま君よりそっちの方が怖がられてるというのに、随分な懐きっぷりだ。

 やれやれ、プレイヤーの野生種に苦手意識を持っているのは知ってたけど、そんなに怖いものなの?


「本人がそう願い出ているんだからそれで良いんじゃない? 主人としても」

「そうですね……あれ、今私を彼女の主人て言いました?」

「言ったよ?」

「スズキさんはプレイヤーですよ?」

「君がそういうなら口裏を合わせてあげるよ?」


 ……どこで気づかれたんだろう?

 いつものカマ掛けだろうか?

 でもこの人の直感は侮れないんだよなぁ。


「よく分かりませんが、何か勘違いをしてませんか?」

「いいや、間違いなく彼女は幻影だろうね。なんせ、常人では発狂してもおかしくないショゴスの気配にいち早く気がついたし、目にしても特にダメージがない。そして君への過剰なまでの執着。クラメンだとしても異常過ぎる! つまり彼女は幻影だ!」


 決めポーズで、真実であるとばかりに宣言する探偵さん。

 そのセリフは少年探偵アキカゼを彷彿とさせた。


「そうですか。流石は探偵さんだ。バレてしまっては仕方がない」

「あ、認めるんだ?」

「正直なところを言えば、誰かに言っておきたかったんですよね。君は口が軽そうだから言いたくなかったんだけど、これも何かの縁だ。同じベルト所持者同士、墓まで持っていこうじゃないか」

「後で詳しく事情を聞かせてよね。口裏合わせは任せておきなさい」

「それでこそ親友だ。じゃあ次は森のくま君を誘ってマナの大木探検だ」

「サブマスに怒られない程度にね」

「あの人は何をやっても怒るから、いっそ思いっきり巻き込みましょう」

「君のそういうところ、嫌いじゃないよ?」


 私達は肩を組んで、意気揚々とマナの大木へと向かった。

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