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第6話 そうだ、撮影旅行に行こう③

 何はともあれ、自覚してしまった。

 もう一つの存在、クトゥルフを。

 眠ってるのはルルイエじゃ無かったの? と野暮なツッコミを入れつつ、ぐすぐす泣くスズキさんを宥める。


「|⌒〻⌒)えへへ、ありがとうございます」


 頭(?)を撫でてやったらそんな言葉をいただいた。

 どんな構造をしてるのかわからないけど、刺さって痛いと思われた背鰭はふんにゃりとして居た事は確かだ。

 心の内にクトゥルフが居ることを知って120%侵食された身体がそっちに引っ張られたのだろうか?

 もしかしたら魚類からの攻撃を100%無効化するのかもしれないね。


「さて、気を取り直してお散歩の続きと行こうか。まだ写真一枚も撮ってないからね」

「|◉〻◉)そう言えばそうでした! 嬉しい事が多すぎて忘れてました」

「ダメだよ、そこ忘れちゃ。このミッションの最終目標は撮影しまくってフレンドさんに自慢する事なんだから。二連続で旧支配者関連が向こうから寄ってきたけど、私は撮影をしにここに足を運んだんだから。それをやり遂げるまでは帰るつもりないからね?」

「|⌒〻⌒)はーい」


 クトゥルフの存在をより身近に感じてスズキさんはより活発になった。

 普段以上におちゃらけて、周囲のプレイヤーをコケにしながら煽りまくる。

 魚の人という認知度は私が思ってる以上に知れ渡っているようだ。

 すいませんね、ウチの身内が。

 方々に会釈をしながら挨拶回りをしていく。


 煽られて直接文句を言う人よりも、大変ですねと同情される言葉の方が多いのが少し面白い。

 最終的に私を立ててくれるところへ着地するのも計算なのだろうね。


 問題は私の内側から元妻の奇行を見せられてるクトゥルフ氏の方だろうけど。それでも彼なら笑って見ているのかもね。

 なんといっても本質が私と似ているところがあるから。


「|◉〻◉)飼い主ならしっかり手綱を握ってろ!」


 とうとうお叱りの声をいただいたので、オクト君に至急スズキさん用の首輪を用意してもらう様に頼み込んだ。


『まず本人が来てくれなきゃサイズ測りようがないですよ。首輪なんて尚更個人差があるでしょう?』

『だよね』


 コールを送ってすぐさま返事が来る。

 今なら手が空いてるから空の工房に来てくれたらすぐ作れるそうだ。


 あれからオクト君率いる『精錬の騎士』は赤の禁忌を本拠地とし、飛空艇を経由して各部署へアイテムのやり取りをしている。

 特に重要素材のほとんどが空で入手できるのもあり、錬金術師はこぞって空に上がって居た。


 私達はファストリアのプレイヤーにその場で別れを告げて自力で空へと登る。

 新規プレイヤーからはチートを疑われたが、私の名前を知ってようやくあの人が例の……とよからぬ噂を話す様に言葉を詰まらせていた。


 その噂、非常に気になるから後で詳しく聞いても良い?

 ダメ? スズキさんに袖を引っ張られながら渋々と引き下がり、やってきました赤の禁忌。

 こうやってここに来るのは何日ぶりだろうか?

 多くの時間をこの場所で過ごして居たと言うのに……と言うよりも今もなお絶賛ウチのクラメンが出入りしている。


「あれ、マスター。今日はオフじゃなかったでしたっけ?」

「オフですよ。だから撮影旅行をしようとしてたんですけど、同行者があちこちで不祥事を起こすものですから、急遽リードをつけることにしたんです。ね、スズキさん?」

「|◉〻◉)ノはーい、同行者でーす」

「何をやってるんですか、貴方達は」


 心底愛想を尽かした、と言わんばかりにを眉間の皺を揉み込むジキンさん。


「それよりアキカゼランドの方はどう、順調?」

「ええ順調に赤字ですよ。企業としては何故GOサインを出したのか物言いしたいくらい、ね」


 相変わらず苦言がキレッキレだ。

 私に恨みがあるかの様に食ってかかる。

 だと言うのに辞めないのは社長業が染み付いているからか。

 自分がここで辞退すれば誰が責任を取るのかと奮い立っているのがよく分かる。


「サブマスターも苦労性ですねぇ。もっと楽しめばいいのに。せっかくクランのお金で好きなことしていい企画ですよ?」

「マスターが責任を放棄するから僕に皺寄せが来てるんだって分かってますか!?」

「はいはい」

「|◉〻◉)犬のじぃじ、偉い偉い」

「誰が、貴方の、祖父ですか!?」


 スズキさんはブレない態度でジキンさんを煽る。

 対応もいつものキレ芸だ。

 沸点の低さは相変わらず。

 いつものことなんだからスルーすれば良いのに。


「それじゃあ、私はオクト君に用があるからこれで」

「二度と仕事の邪魔しないでくださいよ!」


 邪魔、と言うか暇そうに一人で鍋を突いているから声をかけたのに仕事と言い切るのは流石に無理があるよね?

 それでも奥さんの手料理が食べられるのはゲームの中だけなので、彼にとっては唯一の癒しなのだろう。

 私も妻の料理が恋しくなってきた。

 今度魚類を縛ってリクエストしてみよう。


 面倒くさいと言われそうだけど、お客さんのリクエストをこなしてこそ新しいレシピが出来上がるかもと発破をかければ彼女もやる気を出すだろう。

 なんだかんだと付き合いはいいからね。

 その食事を楽しみにしつつオクト君の工房までやってくる。


「それで、お義父さん。何をお求めでしたっけ?」


 出逢うなり開口一番そんなお言葉をいただいた。

 にこやかに、それでいてだいぶ圧力強めに話しかけられた。


「リードの先につける首輪だね」

「それはわかります。問題は誰のか、ですよ」

「スズキさんの、あ……!」

「ようやく気が付きましたか」


 やれやれ、と言わんばかりにオクト君は額に手を置いて首を横に振る。

 そう、なんとスズキさんには首らしい首がないのだ。

 これでは首輪にリードがつけられない!


「まぁそんなところだろうとは思ってました。それ以前になんでクラメンさんに首輪なんて嵌めようなんて倒錯的な思考に陥ったんですか?」

「本人が望んだからだね」

「|◉〻◉)ノはーい、僕が望みましたー」

「そうなんですか。娘の世話になった人に初めて送るのがその手のアイテムだと知って僕は非常に複雑な心境ですが……」

「|◉〻◉)ノ僕は平気です!」

「僕の方が平気じゃないんですよ。まぁ頼まれたのなら作りますが。一応採寸だけしておきましょうか」


 なんだかんだ言いつつもやってくれるからオクト君はありがたい。

 結局首輪は無理なので、袖に腕を通すチョッキの様なものを着せて、そこにリードを括り付けることで首輪の代わりとした。

 スズキさんが走り出してもリードが引きちぎられることもなく、私にも負担がかからないいい塩梅だった。


 首輪には魚のレリーフがつけてあり、油性マジックでスズキと書かれている。

 まるでペットの様な扱いであるが、当の本人が喜んでいるので良しとしよう。


「ありがとうオクト君、助かったよ。これお礼の品ね」


 そう言ってアトランティス鋼を20個置く。


「また貴重な品をポンと置く」

「古代獣を相手取るより随分とイージーなのに、まだ貴重なの?」

「ここに来る連中は陣営入りしてお終いですからね。そこに至るまでのアトラクションに参加する人なんて最近はほとんど見てないですし。サブマスターさんがやけ食いしてるのも日常茶飯事ですよ。もうクランイベントは引き払った方がいいのでは?」

「とは言っても、それでありがたがってくれる人もいるからね。ジキンさんもどうせ暇してるんだろうし、本人はそれが仕事だと言ってたから口ではどうこう言っても満足してるんじゃない?」

「そうだといいんですが」

「そんなもんだよ。それにうちのクラメンもクランのお金で好き勝手楽しんでるんだ。客が入らなくなったからって取り上げるのは可哀想だよ」

「僕はそうは思わないですけど、お義父さんがそう思うのならそうなんでしょうね」

「そう言うことだ。ウチにはウチのルールがある。それをどこかに押し付ける気はないけどね」

「そう言えば、お義父さんいつのまにか武器なんて仕入れたんです?」


 オクト君が腰に装着して居たブーメランに気がついた。

 その上でお似合いですよ、と褒めてくれる。

 見た目と相まって、と言いたいのだろうか?

 しかしどこか含み笑いの様な気配を感じた。


「ねぇ、それ私の言動や行動がブーメランだって言ってる?」

「ブフッ、いえ。僕の口からはなんとも言えません」

「あー、絶対そう思ってるんだ! 目が笑ってるし!」

「|◉〻◉)ノまぁまぁハヤテさん、いつもの事です」

「そうですよ、お義父さん。気にしすぎです」


 スズキさんからもさりげなくディスられた?

 それはさておき、これで心置きなく撮影旅行に旅立てる。

 途中何回か邪魔されたけど、私の写真撮影への情熱はより高まったよ。


「じゃあね、オクト君。行ってくる」

「はい。お土産は要らないですから」

「ハッハッハ。遠慮せずに受け取りなさい」

「絶対要りませんから、こっちに顔を見せるときは事前に連絡してくださいね! 絶対ですよ!」


 全く素直じゃ無いんだから。

 これはたくさんお土産を用意する必要がありそうだ。

 前を行くスズキさんに引っ張られ、私達はファストリアへと降り立った。

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