スズキさんが親指を立てながら哀愁漂う背中を見せつけて勢いよく走り、そのままパクリと九尾に食べられた。
そりゃね、お魚だもん。
普通に食べられちゃうよね。
知ってた。
:あーーー、食べられた!!
:草
:作戦とは言え締まらないな
:ロスト? ロスト?
:スズちゃんを信じろ
:勝手に殺すな定期
:まだだ! 魚の人には自爆特攻がある!
:つまりどういう事だってばよ?
:あんな地味な死に方はしない! 死ぬときはもっと華々しく散る
:それって誇れる事なのか?
:だって魚の人だよ?
:納得
:納得すんな!
コメントでは普段のスズキさんを知る人と、アイドルのスズキさんを知る人でバチバチにやり合ってる。
どちらにせよ、普段が素の彼女。あれで終わるとは思えないと私も思っていた。
そして状況が動き出す。
:あ、背中に何か浮き出たぞ!
:よく見えない。アキカゼさん近づいて!
:攻撃圏内に入れとか鬼畜か?
:あんたのところのクラメンだろ? 責任取れよ
「はいはい」
ちょうど私も気になっていたところだ。
コメントに焚き付けられる形で九尾の背中までショートワープで移動、空中でスズキさんの様子を見守った。
そこで見たものは……
:草
:なんでwww浮き輪www
想像の斜め上の光景だった。
12匹のスズキさんファミリーがまるで九尾の背中で思い思いに遊んでる姿。
中には何処から持ち出したのか、スズキさん向けに作られたサングラスと、鰭のついた魚人でも持てるワイングラス。
もちろん中には例の青いドリンクが並々と注がれ、それを傾けながら優雅に氷で作ったビーチチェアの上でふんぞり返っている。尾鰭はどうやって畳んだのか等ツッコミどころは満載だった。
その一方では氷で作ったビート板でバシャバシャとバタ足をして泳ぐスズキさんの姿が目に入る。
なんで? 君、そんな物なくても泳げたよね?
:ま、まぁ? 海を汚染するってイメージ的には合ってる
:嘘つけ、あれは海の生き物からのメッセージだぞ!
:あ、ゴミをポイ捨てしたぞ!
:やりたい放題やんけ
:過去の祖先達が大変失礼しました
:でも九尾にダメージ入ってなくない?
:いや、精神的苦痛はしっかり入ってる
:良いのか、それで
:良いんだよ、そもそもあの人嫌がらせしに行ってるからな。どの様に嫌がらせするかはあの人次第だ
:やられた方はクッソムカつくだろうな
背中(ここ)からでは顔は見えない。
というより目視できる場所に移れと言われても行かないよ?
わざわざ攻撃してくださいと言ってる様なものだし。
それに、九尾にとって本来の目の役割は顔にはない様だ。
水で作った肉体だからこそ、臓器はなく、乗り移った魂が水を操っている。
つまり感知は目視ではなく全身。
背中の一部が触手の様にまとまり、一斉にスズキさんファミリーを襲う!
平和なひと時が一瞬にして崩壊し、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。
加害者であるはずなのに、まるで被害者の様な振る舞いで逃げ回るスズキさんファミリー。
けれどそれは逆効果で、終始スズキさんに遊ばれる結末になった。
:普通に泳げるからこその余裕だったか
:まるでウォータースライダーに乗ってるかの様な楽しさだろうな
:全員浮き輪完備なの笑う
:あんな風に煽られたら九尾君キレそう
:普通は成す術もなくやられる姿を見せられる場面だぞ? ここ
:一転してギャグなんだよなぁ
:やめろ、スズちゃんの存在がギャグとか言うのは!
:言ってないぞ
:そう思うのは普段からそう思ってる証拠
:草
:ファンに擬態したアンチかな?
:ファンじゃなくて狂信者だろ! いい加減にしろ
:ファンの事を狂信者っていうのはやめて差し上げて
ああ、もうめちゃくちゃだよ。
本当に送り出してよかったのかねと心配になる自分と、撮れ高だと褒めちぎる自分の狭間で揺れる。
カメラマンの本分を忘れずにシャッターを切り、それが原因で捕捉されてもショートワープで細かく逃げ回った。
:めっちゃカメラに迫る水の触腕を回避してるアキカゼさんも流石
:ただのカメラマンだったら飲まれてるな
:その前に何回も死んでるぞ?
:ショートワープありきの人選だからな
:ただのカメラマンの経歴じゃないんだよなぁ
:ソロでヘビーとピョン吉相手取れるカメラマンだぞ
:その名前見る度に吹く
:名前だけ聞くと弱そう
:ヤマタノオロチとか山田家だぞ?
:ボディに対してカラフルな首が生えてる物な
:同一存在だと思うんですが、それは……
:文句がある人はテイムしてからどうぞ
:ヤマタノオロチテイムは未だに難易度が高すぎる
「テイマーさんにとって、テイムモンスターと仲良くしてるだけじゃダメだよね。人との巡り合いも良くなければあの子のテイムは大変だ。古代獣テイムはそれだけのロマンだよ? もう二度とやりたくないけど」
:そんな……
:とか言って、九尾も手懐けるんでしょう?
:ただのカメラマンなんだよなぁ
:情報抜いてないのにテイム出来るわけ……え、出来ないよね?
「( ^ω^ )たぶん出来るぞ。九尾は強い奴が好きみたいだ。けど俺たちの中にテイマーは居ない。あとは分かるな?」
「ちょっ、余計なこと言わないでください。これ、私がテイムする流れじゃ無いですか!」
「( ͡° ͜ʖ ͡°)臨時報酬みたいな感じでいいんじゃ無いか? 正直九尾状態はお祈りゲーだからな。どれか一つの耐久が切れても、その次、その次とキリがない。テイムで終わらせてくれるなら大助かりだ」
「( ´Д`)y━・~~こちらとしてはそれも見越して呼んだと言うのもある。まぁこれ以上俺たちの見せ場はないんだけどな」
:これは……まさかまさかの棚ぼた!?
:に、見せかけたヘイト集中だろうな
:希望を持たせて現実を突きつける奴だぞ、それ
:スズちゃんが遊んだ庭を手に入れると思えば、ワンチャン
「無いよ! そもそも枠がいっぱいだから!」
:ちぇー
:ここまで言われて動かないのは男じゃ無いぞ
:失望しました、アキカゼさんのファンやめます
:ほらー、ここでやり遂げるのがアキカゼさんでしょ?
コメント欄の心ない声に、何故だか私だけが責められている。
まぁ、ダメ元で試みますけどね?
でもテイム出来なかったとしても文句は言わないでくださいよ!
そう話を切ったら変にニヤニヤされた。
まるでわかってもらえなかった様だ。
ここで話題はスズキさんに切り替わる。
まぁ、これ見よがしに水面にプカリと浮いていればね?
嫌でも注目を集めるという物だ。
:ダメだったか!?
:まだだ、まだ終わらんよ!
:魚の人が終わるときは爆発四散!
:ん? ちょっと体が膨らんできたか?
:まるで風船の様に体が持ち上がったぞ!
コメントで指摘されてる様に、中に無理やり空気を入れた様に膨らみ始めるスズキさんファミリー。
12匹全部が膨らみ始めると、先頭の一匹以外が前にいるスズキさんの尾鰭をガシッと掴んで一塊になる。
「|◉〻◉)秘技! 竜の舞!」
:竜!?
:無理矢理すぎる
:急にデブったと思ったらくっついて確かに長くはなったけど
:竜っていうよりムカデを彷彿とさせる
:それな、各ボディから足が生えてて気持ち悪い
「|=皿=)ダマらっしゃい! これが僕なりのドラゴンなの!」
:あーあ、スズちゃん怒っちゃった
:でも思ったより効いてるのか不必要な足は畳んでるぞ
:律儀だな
:中にアイドルが入ってるとは思えないよな
:それ以前に分裂したことに疑問は?
:つまりアイドルが12人に増えたってことか!?
:んなバカな!
:騙されるな! ヒュプノ戦を思い出せ
:あー、そう言えば
:あれは悲しい事件だったよね
:じゃああそこに居るのはスズちゃんではない?
:本体は別のところにいる説
:じゃあ見る価値ねーな
:んだ
:中身はバックダンサーか応援隊のどれかだろ?
「|◉〻◉)本人だよだよ。分身体に意識を移して動かしてるから本人だもん」
:分身体って言ったぞ!
:やっぱり分裂してたじゃん
:でも分身した方は意識ないのか
:じゃあどうやってあんなにキレッキレのダンスやサイリウム触れるのか? ボブは訝しんだ
:練習したんじゃね?
:その間本人は歌ってたんだぞ?
:並列思考はお手のものなんだろ
:魚の人の謎がまた増えたな
:やっぱり幻影じゃね?
:いや、それはないだろ
ここまで誰一人としてスズキさんの行動にツッコミを入れるのに終始して、九尾の容態の変化に気づくものはいなかった。
律儀に返答を重ねながらも、スズキさんファミリー(ver.ドラゴン)は九尾の体内を縦横無尽に泳ぎまわっている。
個が丸くなってくっついているのでスクリュー回転もお手の物で、中に蓄積された毒素がこれでも可と全身に行き渡っていた。
「|◉〻◉)あ、そろそろ限界」
九尾が苦しめば、もちろんそれはダイレクトにスズキさんにも行き渡る。
重度のデバフ。劣化ウランによる中毒、鉛による中毒、猛毒、出血。更には謎の窒息。本体を水にしても常に溺れ続ける感覚はあるのだろうか?
苦しそうに表情を歪め、やがて意識が保てなくなって体が決壊する。
同時に、
「|◎〻◎)アバーーーー! サヨナラ!」
スズキさんファミリーが水の中で次々と爆発四散した。
そしてすぐ横で私の影からぬるりと現れて、額を拭う様に腕を擦り付けている。
そういえば魚人に額ってあるんでしたっけ?
動作は非常に人間ぽいのに、サハギンの姿でやるもんだからいちいち滑稽なんですよね。
:散り際までネタかよ
:それでこそ魚の人
:今アキカゼさんの隣に出てきたのは?
「|◉〻◉)本体だよ。ここから分身を操ってました」
:俺たちの感動を返せ
:本人は安全地帯で高みの見物とか、見損ないました
「( ´Д`)y━・~~勝ちゃあ良いんだよ、勝ちゃあ。お疲れさん」
「( ^ω^ )ナイスだったぞ。逃げ回っていたらあと1時間は無駄にしていた。次も八尾形態になったら頼むな?」
「|◉〻◉)今ので僕、残機8になったんですけど?」
「( ͡° ͜ʖ ͡°)別にあそこまでやれとは言ってないぞ。どの形態も満身創痍にできたからな。六尾の分身攻撃も三つになったし、その時に現れたらよろしくってことで」
「|◉〻◉)僕アキカゼさんの助手できてるんですけど?」
「( ゜д゜)今更だな。しっかり戦力として当てにさせてもらうぞ。もちろんアキカゼさんもだ。うちのクラン、人数こそいるけどここまで戦える奴はいないからな」
「聞いてないんですけど!?」
「( ^ω^ )今言ったからな。アキカゼさんも諦めてくれ」
どうしてこの人達だと私が振り回されてしまうんでしょうか?
やはり自分を貫き通している人のパワーに負けてしまうからなのか?
如何ともし難い現実を前に目の前が暗くなりそうだ。
ええい、乗りかかった船でなんとかするしかないか。
テイム出来るならして、さっさと終わらせてしまおうか。