私達は未知の遺跡を歩く。
今までと様相の変わった外見は、幾何学模様があちこちに見受けられ、壁には何かを予言する壁画が記されていた。
私はそれを入念にスクリーンショットに収めていく。
この一見フレーバーらしきものが何かのキーになる事は多くの経験で理解していた。
「どざえもんさん、ナビゲートフェアリーの方はどうですか?」
私と同じ称号を持つ彼に確認をしてもらう。
果たしてあの騒がしい妖精達は静かになったのか。
B3のフェアリーは妖精誘引を施す事でB2へ新しい道を築いた。
しかしそれ以上の騒がしさで蠢いていた妖精が、周囲への擬態を晴らした程度で減るとは思わなかった。
答えはどざえもんさんの言葉ではなく、反応で気がつく。
ナビゲートフェアリーをONにした瞬間、呻き声をあげてフラついたのだ。すぐに解除したとはいえ、妖精達はまだまだたくさんいる様だ。
つまり残されてうる仕掛けもまだあるのだろう。
「どざえもんさんは今何を?」
「仕掛けが後いくつあるか……つまり妖精誘引の出番が後何回あるのか調べてもらったんですが、今の反応を見る限り、上限がまるで減ってる感じがしない様でした」
「ああ、見えすぎるんだっけ、君たちのナビゲートフェアリーは」
「はい。最高品質のグレードに置き換えられるんですよ。その上でON/OFFが可能なんです」
「見えすぎるが故の配慮か」
「でもこれってギルドでもランクによって購入できるのでしょう? 私たちの特権てわけでもないのでは?」
「君は貰ったからあまり知らないかもしれないけど、買うと結構なゲーム内マネーを支払うことになる。ランクによるグレードが上がれば上がるほどにね」
「お父さんに聞いた話じゃ、現在の最高グレードはAA。購入提示額はアベレージ500万相当らしいです。その上でON/OFFができないので、こういう発見が出来ても探索で役に立てないとクレームが出ています」
私と探偵さんの会話に、シグレ君が混ざってくる。
彼女の言葉はカネミツ君と他のプレイヤーが集めたデータをまとめて開示したものである。
その情報はグレードが上がれば上がるほどに扱いが難しくなるという事。そして現状でそれのON/OFFができるのは私とどざえもんさんの二人だけだという。
「それは御愁傷様。だからと言ってこれは妖精との邂逅報酬だからね。今更羨ましがられても遅いよ」
「貰った当時は見向きもされなかったもんな。アキカゼさんがそれで情報をバンバン抜いた事でようやく注目が集まったくらいだし」
二人の開拓者は苦笑しながら現状を憂うコメント達に返答する。スキルもそうだが称号スキルも使い方次第なのだ。
「しかしエネミーも出ないね。ムーの領域に入ったからかな?」
「ムーの陣営にこの様な遺跡は見受けられなかった。ムーは遊牧民だ。決まった土地を持たず、様々な土地を歩いてきた。龍神族もその習わしに従って、マグマの海を渡って住んでいる」
「へぇ。勉強になるなぁ」
:ムーの歴史なんてあまり情報に出てこないからな
:どざえもんさんは情報まとめてくれてるんだけどなぁ
:スレの伸びが悪いのがなんともレムリアとも
:クリアしてようやく伸びてきたのが実情
:アキカゼさんほど気前よく情報出してくれなかったし
:気前良いっていうか、アレは丸投げレベル
「なかなか一人じゃ地底ルートの魅力を見出せなくてな。そういう意味ではアキカゼさんは遣り手だと思うぞ」
「私のところは私にあやかりたいクランが協力者になってくれたのもあるからね」
:その結果舞台背景から食事まで全て提供したんだから
:歴史改竄レベルだよな
:改竄どころかなんもなかったぞ、天空
:素材だって試練を乗り越えて情報出してくれなかったらなんの旨みもなかったし
:それ
「俺にはその人を集める力もなかったよ。アキカゼさんほどの人脈はそうそう作れない」
:草
:普通はそんなもんだって
:この人がおかしいんだよ
:いうて、探索の権威やぞ!
「えっ、私って探索の権威だったの? 知らなかった」
:本人非公認やんけ
:あれ?
:掲示板の情報は鵜呑みにするなとアレほど
「お爺ちゃんは有名人だからみんなそう思ってるだけだよ」
「そうか。マリンに言われたらなんとなくそう思えてきた
:チョロい
:俺らの言葉は届きすらしなかったのに
:流石の孫パワー
:孫パワーってなんぞ?
:孫チカラ
:お前ら、もうなんでもパワーってつければいいと思ってるだろ!
:草
なんだかんだと賑やかな雰囲気のまま、スクリーンショットを撮っては配信中の動画に添付していく。
視聴してくれてるカネミツ君やその他の考察勢への燃料になれば私も嬉しい。
結果、視聴人数は雑談枠とは思えない接続が確認された。
答えのわからない出題を、頭を捻りながら視聴者参加型で提示して、その中からもっともらしい答えを実践してみる。
失敗も多いが、何より正解した時のコメントの伸びが良い。
私は配信に金銭的なものは見ていない。
一緒に体験して、同じ視点を共有することに重きを置いているからだ。
そしてB6の仕掛けを2つ、3つと解き明かし、私たちの前にはどざえもんさんが知るムーの過去とまた別の歴史……ムーの民が放浪する前の文明が明らかにされる。
「これは……」
一枚の壁画。
そこには凶悪な支配者の姿があり、それに挑む多種族の姿があった。
力を鼓舞するムーの民から見てもなお強大な八つの頭を持つ蛇が封印された忌まわしいその場所だったのだろう。
同時にワールドアナウンスが響き渡る。
<プレイヤーアキカゼ・ハヤテ、秋風疾風、どざえもん、マリン、ユーノ、時雨シグレ、ルリ、ケンタの手によって、古代獣ヤマタノオロチの情報が開示されました>
<ワールドクエストが進行します>
<古代獣討伐クエストが進行しました>
<陣営クエストが開催されました>
<古代獣討伐クエストに一番多く貢献された陣営には固定チケットの他に報酬のチケットの上乗せに加え、新規ジョブの解放、トレードの解放が予定されています>
<まだ陣営に参加されてないプレイヤーの方にも個人報酬がご用意されています。奮ってご参加ください>
<引き続きAtlantis World Onlineをお楽しみください>
視聴者と一堂、突然のアナウンスに固まる一行。
「えーと、私達、何かしちゃった?」
「とりあえずイベント発掘おめでとうと言うところでしょうか?」
「まだB9の謎解いてないのに、良いのかなぁ?」
:まず間違いなく今出た古代獣関連だろ、B9は
「だよねぇ」
「しかしここで来たか陣営戦」
:俺たちの思ってたやつと違うけどな
:それ。てっきり陣営同士で戦うのかと
:PVPなんて陣営内にしか用意されてねーぞ?
:まだわからんけど、これが続くと次こそはって気持ちが強まるのは確かだ
:ああ、そのうち陣営に与してるだけで憎くなるやつか
「穏やかじゃないねぇ。どちらにしてもこのイベント自体は長いスパンでやるのかな?」
:だと思う
:古代獣も一匹ってことはないだろうし
:街の数だけいるとかだったらワンチャン
「もしかしてファストリアで討伐したあれって古代獣関連だったのかな?」
:えっ
:アレは災獣でしょ?
:アレはどうなんだろう? 明らかにアトランティスの先兵っぽかったし
「もしアレがテイムできたるんだったらイベント頑張れるんだけどと思って」
:草
:おい、この人イベントボステイムする気だぞ?
:正気を疑う
:えっ、マジで言ってるの?
「だって、アレがアトランティス関連なら使役できるでしょ? ぜひ欲しい」
:うぉおおお、アトランティスに負けるな! 絶対にアトランティスの勝利を死守しろ!
:我らムーに勝利の祝福を!
:レムリアは戦いを望まんが、そちらがそうするのならば手段は問わん
:各陣営が一致団結し始めて草
:なんだかんだ陣営の足並み揃えるのに役立ってるのが、また
:どこまでが本心なんです?
「100%本心だよ。だってヤマタノオロチだよ? テイムエネミーとして出したらかっこいいじゃない?」
:まぁかっこいいですけどwww
:子供心をくすぐられる気持ちは分からんでもない
:ボス、ないし中ボスを使役するのは全テイマーの憧れだししゃーない
:だからって実践した奴はいない定期
「ちなみにだけど私はね、非常に諦めが悪いんだ。街の風景画を撮りたい一心でファストリアのレイドイベを発掘し、マナの大木を制覇したい一心で妖精と邂逅した。そんな私がだよ? 今度はテイミングに挑戦したいと願う。周囲が無理と言っても諦めない。私はそんな男だよ」
:実績あるからなぁ。しかもイベント発掘がもののついでみたいな扱いでwww
:ただ木登りしたかっただけとかマジっすか?
「いや、あんな大きな木だよ? 男だったら頂上から見える景色に興味抱くでしょ? 私はこのゲームに風景写真を撮りに来てるからね。是非登りきって景色を見ておきたかったんだ」
:そういやそうだった
:この配信自体も雑談枠だったわ
:当初の予定はテイムエネミーの実戦も兼ねた配信だったもんな
:アレよアレよと謎にぶち当たって、それを次々乗り越えていくのは爽快だったけど
:そういや雑談枠だったわこれ
:無意識に情報引っこ抜くのやめて
:俺たちは一体何を見せられていたんだ?
:テイムエネミーのヤバさを再認識?
:メカニックの用途の幅広さだろ?
:精霊使いの意外な活躍場所じゃね?
:銀姫ちゃんかわいい!
:見どころばっかじゃねぇか!
:おい、お前らワールドアナウンスのことを忘却するな
:うるせー、せっかく忘れられる雰囲気だったのに!
なんだかんだと今回の雑談枠は多くのイベントに巻き込まれながらも大盛況のうちに幕を閉じた。
そして始まる初めての陣営戦。
まだ陣営の規模も揃ってないのに、思いっきりフライングした形で踏み抜いた大型イベントの告知は果たして吉と出るか、凶と出るか。
この時の私にはまだ知る由もなかった。
ただしもののついでにマリンやユーノ、ルリとケンタ君は配信後に陣営入りを果たす。
すぐに決める必要はないよと言っておいたが、マリン達はアトランティス陣営に来てくれた。
「お爺ちゃん、イベントも一緒に頑張ろうね?」
「ああ。配信も良いけどこうやってマリン達と一緒に行動するのも良いな。本当はもっと早くこういう風に過ごせたらよかったんだけどね。だいぶ待たせてしまったね」
「ううん。ずっと一緒にいれることなんて無理だってわかってたし。でも一緒に遊べて楽しかった!」
「それは良かった」
「ケンタ君はアトランティスで良かったのかな?」
「親父はムーに居るけど、こっちにはじぃじが居るんだろ? じゃあ俺はこっちでじぃじと一緒にいるよ。それに、親父には良い加減俺の強さを認めて欲しいと思ってたところだ」
「うん、そうだね。いつまでも子供扱いは我慢ならないよねぇ。認めさせてあげなさい」
「おう!」
「君がそれを言うんだ?」
私とケンタ君の会話に、探偵さんが割り込んでくる。
いかにも普段から娘達を子供扱いしてる人間の言葉ではないと言いたげである。
「私は娘を信用しているからね。親としての心配はそれとは別だよ」
「物は良いようだね。しかし陣営戦か。三つの陣営が仲良く手を取り合う未来は来るかな?」
「ジョブ次第だよねぇ。新ジョブの開示次第は荒れるぞぉ」
二人して陣営の天井を見上げる。
通常フィールドから隔離されたこの空間には、スクリーンの向こうでは、擬似太陽と青空が広がっていた。