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第9話 ズルいお手本④

「イィィィヤッホーーーーーウ!!」



 テンションがやたらと高い探偵さんのドライビングテクニックで私達は六の試練を爆走していた。


 景色を眺めながらのんびりこれていた一~五の試練とは違い、暴走列車さながらの速度で駆け抜けていく。


 流石は古代文明の装甲か。

 あれほどあちこちぶつけてもフレームが痛むどころか中の人の安全性まで確保していた。


 だが視界は目まぐるしく変わるため、非常に酔う。

 乗り物に乗り慣れてない世代は尚更かもしれないね。


 第一のコース【太陽光の灼熱地獄】を抜けた先に待つのは高い天井だ。足元からスタートし、天井付近に次へ行く道が続く。


 あの時は氷で足場を作ったものだが、無視して壁を上に走り抜けていった時は思わず笑ってしまった。

 考えなくてもわかるだろう、前提として空を飛べるんだ。

 壁を登っていくことなど雑作もないのだ。


 第二コースは【流氷のジェットコースター】。

 あの時は流氷を繋ぎ合わせて急造で足場を作って対応したっけ。

 でも今回は普通に浮けるので問題なく水の流れより早く走る。


 氷の壁にぶつかりそうになった時、そのまま突き破ったのは非常に心臓に悪かった。

 見た目がオープンカーなので尚更だが、見えないバリアがあるので安全面はバッチリだよと後付けで答えをいただく。


 そして運命の分かれ道……もあの時と同じく左を選び、下へ下へ急下降。

 流氷の奔流に巻き込まれながら、濡れずにこれているのはゲームシステムか、はたまたアトランティスの技術かわかったものじゃない。


 最後に真っ暗な密室もこの試練で手に入る陽光操作★で難なく解決した。


 答えを知ってるからこその謎かけなど、私たちにとって取るに足らないアトラクション。

 それでも乗客からは非難の声が上がるのは探偵さんのドライビングテクニックが荒いからだ。


 普通の速度も出せただろうに、なんであんなことしたんです? そう問いただすと、呆れた答えが返ってきた。



「あれこそがメカニックに自由意志を与える事なんだよ」


「ごめん、意味がわからない」


「察しが悪いね。今までのドライブは目的地を決めて自動走行していた。しかし六の試練は満足にマッピングも出来ていない。自動運転なんてそれこそ無理だ。だからこそドライブに僕の思いが宿る」



 つまり無茶な運転こそがメカニックの特権であると暴論を提示した。

 オートドライブモードが事前に決められていた行動を準拠するのなら、パイロットが宿ることによってあそこまで無理ができると身をもって知らしめられたのだ。



「それはわかりますけど……」



 論点はそこじゃないよね?

 坂道でなおアクセルを踏み込む危険走行について問題を掲げているのに素知らぬ顔して論点をすり替えるんだから。



「マスター、父はスピード狂なんですよ。過去に二度ほど免許を剥奪されてます。もう二度と車に乗らないでくださいと口を酸っぱくしてお叱りを受けてます。奇跡的に人災は起こしてませんが、自分の命は何度か失いかけてます。なのに辞めようとしないんです。もうお分かりですよね?」



 つまり言うだけ無駄である。

 家族からの悲痛な訴えに私は引き下がるしかなかった。



「ああ、そうなんだ」



 カネミツ君の言葉が何よりも探偵さんの実情を語っていた。

 この人、とんでもない命知らずだった。

 学生の頃はまだ頭の構造がおかしい子供だと思ってたけど、感性の方までイカれてるとは思いもしなかった。



「君、よくこの歳まで生きてこれたね?」


「ハッハッハ。君には言われたくなかったな」


「父さんはまず運転すらしなかったもの。近くにバスや電車があるのでそれを利用しなさいって言うの」


「そうだろう? この人は安全面を追い求め過ぎて自ら危険を冒さないんだ。冒険心が足りないんだよ」


「それに他人を巻き込んじゃいけないって義務教育で教わるでしょう? 私はそれを提唱しているだけです」


「さて、ゴールは間近だ。このまま行くでしょ?」



 あ、この人自分の旗色が悪いからって話題をすり変えたな?

 いつまでも続く無駄話で第三者が飽きてくる絶妙のタイミングで切り出すものだから周囲の食いつき方が違う。

 ようやく本題に入ったかと瞳を輝かす。


 そして六の試練を体験したあとそれぞれの回答を頂いた。

 多くのプレイヤーがもう二度と着たくないのと漏らすのに対し、時雨シグレ君だけが真反対の感想を漏らす。



「普通に面白かったです。お父さん世代には受けが悪そうですが、あたし達世代なら意外と好きって子は多そうですね」


「ほぅ?」



 良いことを聞いたとばかりに微笑む探偵さん。

 だめですよ、この人に運転させちゃ。

 精神体になって死に戻りできる様になってから特に安い命の使い方してますから。


 いえ、ミラージュ★取った辺りから検証魂が加速してます。

 一日に三回だけとはいえ、ミスをわざと誘って動く様になりましたからね。お陰で体捌きに磨きがかかったらしいので悪いことばかりじゃないとは思いますけど、見てる方はヒヤヒヤものですよ。



「少年、今いいこと思いついたんだけど?」


「はいはい、ジキンさんを交えてお話ししましょう。きっと碌でもないことなのでしょう?」



 そんなニヤつかれたら嫌でもわかりますって。



「さて、みんな。六の試練まで終わったけど七の試練もいく?」


「いや、僕達はここでお暇させて貰おう」


「元々はデータの検証も兼ねてましたが、濃い体験が出来たので今はこの気持ちをデータ入力したくてたまらないんです」


「今日はありがとうございました。途中暴走もあったけど楽しかったです」



 探偵さん、カネミツ君、時雨シグレ君が順に挨拶を述べる。

 最後に毒を吐いたけど、探偵さんは特に気にすることなく笑っていった。

 最初から最後まで嵐の様な人だったな。



「悪い人じゃないんだけど、他人の迷惑は考えない人でごめんね? 普段はあそこまでひどくないんだけど、家族の前で張り切ってしまったんだろうね」


「大丈夫、慣れてるわ」


「へぇ、君をそんな気持ちにさせる人が身近に居るんだ?」


「そうね。胸に手を当ててよく考えてみたらどうかしら?」



 娘の言葉がどんどんと冷え込んでいくので大人しく引き下がることにした。身に覚えがあり過ぎるのでこれ以上はやり過ぎない様にしよう。探偵さんの件で私の信頼は地に落ちてしまったよ。


 えっ、最初から地に落ちてるって?

 それは言わない約束だよ。






 私達は七の試練に赴き、早速その場にしゃがんでモドリ草を拾い集めている。

 しかし頭上から娘の声がかかる。



「何してるの父さん? 置いていくわよ」



 すでに準備万端との事だ。

 彼女曰く、飛空挺にある程度のストックが用意されてるらしい。

 今じゃ重力無視や風操作★まがいのスクロールもクラメンの自作だという。


 だったら先に言ってよ!

 すっかり現地調達するものと思ってたじゃない。

 妻だったら面倒臭そうな顔しながらも事前に言ってくれるのにこの子ときたら……



「父さん達の苦労してる場所と私達の苦労してる場所は必ずしも一致しないのよ」


「ごもっともで」



 特にアイテム制作面でならオクトくんをも超える錬金術師が在籍してるらしい。トップクランは伊達じゃない事を知る事になる。


 そしてレムリアの民との邂逅でシェリルとそのクラメン達は息を呑む。

 その表情は強張っている。


 分かるよ。ここに居るのは理不尽の権化だからね。

 だからこそ私は一歩前に出る。

 レムリアの挨拶を、全装備を外してレムリアの器を胸にささげる儀式を行う。

 娘達はそれに倣って私の真似をした。


 翻訳のリングから感嘆とした音声が拾い取れる。



『レムリアの挨拶を知るものよ。久しぶりだな』



 戦闘態勢は解かれ、娘達の頭の中でクリアの知らせが鳴り響いた。中にはこんな裏道があったのかと表情を凍りつかせるプレイヤーも居た。

 両手でも数え切れないほどの無慈悲なキル数に嗚咽を漏らす者も居たかもしれない。

 意外と最適解は転がってるものだよ。


 ただこれらの情報は七の試練をクリアし、八の試練と九の試練を乗り越えた先で手に入るものだ。

 手探りや試行錯誤で手に入るものではない。



「こんな抜け道があったのね」


「ゲームマスターを名乗るNPCに教えてもらったんだ」


「GM? この表に出てこない存在とどうやって接触したのよ」


「それこそ偶然さ」


「何度も偶然て言葉で誤魔化されるものですか!」



 本当なのに、娘は信じてくれなかった。

 ただしこの抜け道は和解ルートらしく、共闘ルートと違うクリア報酬を頂くことになった。



[条件を達成しました]


[レムリア陣営でジョブ【テレポーター】が解放されました]



「「「「!?」」」」」



 突如鳴らされたアナウンスに全員がギョッとする。

 何せジョブが解放されたのだ。

 それも聞き慣れない名前の物が当たり前のように増えていたら誰だってびっくりする。



「今のアナウンスは?」


「外に待機させてる傘下のクランに聞いたところ、ワールドアナウンスの系統ではないようよ。聞いていないとの返信が来たわ」



 即座に対応して見せる手段はさすがとしか言いようがない。



「掲示板のレムリア板ですでに情報が出されていますね」


「耳の速い連中ね。まぁ今はどうでも良いわ。取り敢えず父さん」


「何かな?」


「八の試練の案内もお願いしても?」


「ああ、私にできる範囲でなら構わないよ。敵が来ても君たちならなんとでもなるのだろう?」


「そっちの方がだいぶ楽だわ」


「手馴れているね。羨ましい限りだ」



 九の試練は探偵さんを呼んだ方が速そうな気もするけど、今は全員が空を飛べるし問題ないかと考えを改めた。

 実際には戦って見なければどんな物か判断しようもないしね。

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