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第12話 疎遠の娘と④

「傘下、ねぇ。何とも君らしくない。いつから君はそんな風なつまらない人間になってしまったんだ」

「社会に出てからよ。自分を押し通すのは無理だと悟ったの。それでもこうしてある程度は通せるようにはなってきたのよ? 諦めることも多いけれど」


 得意気に胸を張る姿は子供の時のままなのにね。


「そうだなぁ、昔の頑張り屋さんな君も好きだったけど、今の大物ぶってる君も嫌いじゃない」

「何の例えよ。それと大物ぶってるんじゃなくて大物なのよ。このゲームやってる人だったら誰でも知ってるくらいにウチのクランは大きいところなんだから」


 格が違うのよ、と自分こそが正しいと述べる。


「それは悪かったね、父さんはそこまでゲームに詳しくなくて」

「別に父さんにそこまで期待してないわ。それで、返事は?」

「論外だ。悪いけど父さんは誰にも縛られることなく自由にやりたいんだ。可愛い娘の頼みでも聞いてやれないな。方向性の不一致というやつさ」

「そう、残念。それじゃあ仕方ないわね。これから他の大手クランから声をかけられたり、メンバーの引き抜きをされると思うけど、今後あたしは手助けできないから」


 うん? 随分とあっさり引き下がるものだ。

 あんな強気な態度をとったのだから、もっと用意周到に詰めてきてると思っていたのに。


 それに何やら思わせぶりなフレーズ。

 クランメンバーの引き抜きとは穏やかじゃないね。


 ……そういえばオクト君も言っていたか。

 上位クランも動いてると。つまりは彼女の存在そのものが周囲への脅しも兼ねてるわけか。

 こんな人の目がある場所で会ってる姿を見せれば周囲が勝手に勘違いをする。

 そこまで計算に入れての行動。実に彼女らしい。


「成る程、この待ち合わせ自体が君の企みの一つだったか。どうにも回りくどいことをするものだ。抜け駆けしてトップが直接合う事で他のクランに牽制したな?」

「あら気づいちゃった? 母さんはあの人単純だから押し通せば上手く丸め込めるわよって言ってたのに」


 えぇ……母さんも勧誘に一枚噛んでるの?

 母親公認だからこその強気な態度か。

 にしたって手段が強引すぎやしないか?


「この件は母さん公認か。しかしなぁ、クラメンがなんて言うかわかったものじゃない。そのうち入るにせよ、返事は待ってくれないか?」

「それは勿論。でも意外、父さんは絶対何がなんでも反対すると思ってたのに。賭けは母さんの勝ちね。いつまで経っても母さんに勝てる気がしないわ」

「賭けまでしてたの? まぁ良いけどね。どうせウチはお遊びクランだ。やってる事の邪魔をしなければ名前でもなんでも好きに使いなさい」

「やった」


 先ほどまでの緊張が吹き飛ぶような喜びの声。

 こうも感情を露わにしたのは久しぶりに感じる。

 色々と無理をしていたのかもしれないな。


「それじゃあ、早速。父さんのクランで抱えてる地下のルートについて、あたしのクランも参加させて欲しいの!」

「ええと、そこら辺はどざえもんさんと直接交渉してくれないかな? 私は地下に関しては門外漢だ」

「え、良いんだ? もっと拒まれるものだと思った」

「どのみち人を呼び込むつもりだったからね。参入してくれれば万々歳だよ。上の方は大方土台は整って来ているが、下は手付かずだ。ちょっと待ってくれよ……」


 ログイン状況を確認すると、丁度ログインしていたので地下に赴く前に断りを入れて呼びかける。

 出発前で丁度良いと喫茶店に呼び出し、娘を紹介しつつ腰掛けてもらう。注文していたドリンクを受け取りつつ、今回もらった話を打ち明ける事にした。


「アキカゼさん、ところで話したい事って?」

「ああ、うん。確かどざえもんさんは地下に呼び込む人手をどうにかしたいと以前言っていたよね?」

「ああ。しかし人伝で頼んでも碌に難関を乗り越えられない奴らばかりでなぁ、難航してるよ」

「そうかそうか、ならば丁度良い。噂を聞きつけた娘がね、ぜひ地下ルート開拓に協力したいと名乗り出てくれたんだ。良かったら上手く使ってやってくれ。こっちではシェリルって名前で通してるけど知ってる?」

「そいつは有難いが……いや待て、シェリル? 確かトップ勢力にの一人に同じ名前のプレイヤーが居たはずだが」

「そのクラン名が『精巧超人』ならそのシェリルは私よ」


 ニコニコと営業スマイルを浮かべながら述べていく彼女。


「アキカゼさん、あんたの家系は一体どうなってるんだ?」

「それを私に言われてもね」


 みんな私の知らないところで勝手に育ってしまったんだからどうしようもない。同級生や幼なじみですらそうなんだ。娘がそうなっていたって私の預かり知らないところだよ。


 どざえもんさんはガリガリと後頭部を掻きながら一呼吸おいて口角を上げる。


「だが、丁度良かった。使えるものはトップクランでもなんでも使えと神様のお導きだろう」

「えぇ。どんな事でもおっしゃってください。ウチ、数だけは居るんで」

「謙遜が過ぎる。流石というかなんと言うか、この人の家族なんだってわかるな。しかし情報を開示するにもアキカゼさんに比べて見劣りするものばかりだからな、笑われないか心配だ」

「なんで私と張り合う必要があるんだろうね? それ自体が未知の情報だよね? 恥ずかしがらずに出せば良いのに」

「父さんに張り合うと疲れるだけよ? 人間諦めが肝心だわ。これはこの人に振り回された家族からの忠告よ」

「娘からも言われるってことは筋金入りなんだな」


 酷いなぁ。なんでみんなして私を悪く言うんだろうね。


 注文したドリンクをズズっと吸い上げて、席を立つ。

 一応彼女の願いの大元は叶えられたかな?

 諸々はおいおい連絡を取り合えば良いだろうし、うん。

 大体良いだろうか。では邪魔者の私は立ち去るとしよう。


「それじゃあ後は若い二人で話し合いなさい」

「その言い方は周囲を勘違いさせるぞ?」

「そういう人なの。気にしなくて良いわ」


 会計を済ませていると、奥の席では早速打ち解けている二人の姿が映った。

 私を悪くいう事で仲を取り持てるってのも不思議な関係ではあるけどね。


 結局娘の言うクランの傘下に入らないと酷い事になるぞと言う脅しはデマだった。

 確かに他のクランも動き出してるが、メンバーの引き抜きなどではなく、もっと穏便な繋がりを求めるものだった。


 ではなんであんな形で迫って来たのかと言えば……母さん曰く、あれはシェリルなりの愛情表現だったそうだ。

 なかなか私に対して接点のない彼女は、まず接点を保とうと近づいて来たらしい。

 クランの傘下に入れば理由をつけて合う事もできるだろうと。

 だとしたってもっとやり方があるだろうに。優秀なくせに変なところで不器用なんだよね、あの子。


「あなたにそっくりよ、あの子。変に意固地でこうと決めたら曲げないもの。旦那さんの気苦労は相当なものね。それはあなたにも言えるのだけど?」


 そんな妻の物言いに、何も言い返せない私だった。

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