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第11話 疎遠の娘と③

 六の試練を攻略してから数日後。

 リアルの時間に一通のコールが下條家のベルを鳴らす。

 由香里は手が離せず、秋人君は自室に篭りっぱなし。

 美咲に至っては今頃授業中だ。

 そこで私が代わりに鳴り響く受話器を受け取り、通知相手の名前を見て驚いた。


「もしもし、あたしだけど。由香里?」

「真希か?」

「あ、父さん? ちょうど良かったわ。今時間大丈夫?」

「平気だが……私で良いのか? 由香里ではなく」

「そうよ。母さんから父さんに連絡入れるならここにかけるしかないって言われたから」

「そうか」


 ややびっくりしながら会話を続ける。

 彼女が結婚してからもう20年か。


 それまで一度も声を聞いていないが……

 いや、聞いているな。

 子供の写真と一緒に届けられるメッセージで聞いた。


 あの時よりも少し大人びたような声な気もするが、もう大人なんだから当たり前か。声を聞きながらしんみりとしてしまった。

 受話器の向こう側からは少し怒ったような口調が聞こえる。

 そう言えば彼女は誰に似たのかせっかちだったな。


「……ちょっと父さん、話聞いてる?」

「うん、はは。ちゃんと聞いているよ。君の声を聞くのが随分と懐かしく感じてね。少しだけしんみりとしてしまった」

「だと思った。母さんも言ってたけど父さんは相変わらずね。ま、良いけど。それで本題だけどゲーム内で会えるかしら?」

「構わないよ。でも街の開拓は進んでないからそちらからこちらに来てもらうことになるけど」

「そのつもりよ。それで、どの街に向かえば良い?」

「サードウィルで頼むよ。空に上がるのに船を使うからね」

「ちょうど良かったわ。その件もお願いの一つなの」


 おやおや、彼女の口からお願いとは珍しいこともあったものだ。私がよく家を空けることから彼女は歳若くしてしっかりとした子供に育ってしまった。

 母さんは楽ができて良いと言っていたけど、手がかかり過ぎないのも問題だと嘆いていたっけ。


「分かった。ならばそのお話も並行して製作者に伝えておくよ。他は?」

「ここじゃちょっと」

「分かった。ログに残しておけない用件だね?」

「ワザと言ってる? その言葉がログに残るのを知ってて」

「疑り過ぎだよ。そういえばそうだったね。では昼食を食べ次第向かうとするか。1時にログインでどうかな? 中継に由香里を使ってくれれば連絡をとりつけやすい」

「分かったわ。それじゃ、1時に」


 コールが切れて、ほんのりとした静寂の後、リビングから声がかかった。


「誰から?」

「真希から私に」

「ヘ? お姉ちゃんからお父さんになんて珍しい。どういう風の吹き回し? って、お父さんの実績を鑑みれば答えは出てるも当然か」


 由香里は勝手に自己完結したようだ。

 コンロの上に載せられた土鍋の中から風味豊かな香りが届く。

 一体何を煮込んでいるやら。

 季節は春を巡り夏を越え、秋の兆し。

 鍋を突くには些か早いと思いつつ、調理担当に文句を言える立場ではない。

 それはそうと彼女に役割を伝える必要があった。


「そういえば由香里。午後の1時にログインする際、少し付き合ってくれないか?」

「うん、良いけど……それってまさかお姉ちゃんとの連絡係?」

「そのまさかだ」


 ちょっとだけ面倒そうな顔になる。

 けど同時に思いついたって顔で切り返してきた。

 こういう時の彼女は子供の時と変わらぬ顔を見せる。


「じゃあ貸し一つで」

「君に貸しを作るのは怖いな」

「じゃあログインしてあげない。あたしは別に良いのよー? 困るのはお父さんだけだし」

「それはできればやめて頂きたいな。ここは素直に貸し一つで手を打とうか」

「やった!」


 彼女はこういった駆け引きに平気で家族を巻き込む。

 家族だからと自分ばかりが損失を負わないための自衛手段か。

 なかなか抜け目のない子に育ったものだ。

 よくよく考えればうちの子は転んでもタダでは起き上がらない子が多いな。誰に似たのやら……決して母さんではないな。

 やれやれ、変なところばかり似ないで欲しいよ。


 寝坊気味の秋人君を誘って昼食後、リビングで寛ぐ彼を残してログインした。

 サードウィルの噴水前を由香里との合流場所にして、真希のナビゲートは由香里に任せた。

 彼女曰く、デートでもないのにこんな所で待ち合わせなんて恥ずかしいでしょとのこと。そこを突かれると非常に痛い。

 私が母さんとデートした時の記憶は黒歴史として封じてあるくらいに、過去の私は恥ずかしいことばかり繰り返した。

 彼女が嫌がるのも今ならわかる気がするな。


 結局真希と合流したのは喫茶店だった。

 席について周囲を見渡せば結構ここを合流地点にしているプレイヤーは多かった。これは盲点だったな。

 確かに噴水前だと待ちくたびれてしまうが、ここなら喉を潤すなり小腹を満たすなり出来るかと納得した。


「それじゃ、あたしはこれで。あとはお姉ちゃんと連絡取り合うようにしてよね」

「はいはい」


 手をひらひらと振って末娘と分かれる。

 すぐに帰るのかと思いきや、どうせログインしたし一度クランに顔を出してくると言って彼女はクランホームへと消えていった。

 そして長女と向かい合う。


「まずは久しぶり、かしら?」

「君は変わらないね。昔見た時のままだ」

「父さんの中であたしはどれだけ時間が止まってるのよ」


 呆れ。不満をないまぜにした顔。しかしスーツの似合う仕事のできる女性の仕草は首の皮一枚で死守していた。

 彼女は家を守るタイプの女性ではなく、働きに出て男に負けないぐらいに稼ぐランダさんタイプの女性なのだ。


 なので長女の彼女は笹井家の苗字を今も使っている。

 射止めた旦那さんも彼女と同じで努力家タイプ。

 とは言ってもジキンさんほど飛び抜けていない。


 あの人クラスに飛び抜けてる人ってそうそういないよなぁ?

 ダグラスさんは一旦横に置いておくとして。

 探偵さんは比べちゃいけない人種だし、スズキさんも、うん。

 そう考えるとウチのメンツっておかしな人しかいないな?

 それは別にどうでもいい。


「真希」

「ここではシェリルよ」


 サングラスで目元を隠しながら、それでも雰囲気が変わったのを感じ取る。


「じゃあシェリル」

「なに?」

「一応フレンド登録だけ構わないかな?」

「そうね。父さんとは今後とも連絡を取り合いたいと思っていたの。でも待って、今上限一杯なの、一人消すわ」


 目の前でそんな動作が淡々と行われてる。

 上限なんてあるんだ。無作為に増やしてる自覚のある私だけど、まだまだ余裕があるように思う。

 しかし彼女クラスになると勝手に連絡手段に上下関係をつけちゃうんだ。本当はやめて欲しいんだけどね。

 私の枠を開けるためだけにどこかの誰かの登録が抹消されるのなんて。


「無理しなくていいんだよ?」

「消した後で言わないでよ。大丈夫よサブキャラでも連絡取り合えるし。取り敢えずメインの方で連絡取れればいいから優先順位は父さんの方が高いわよ?」


 良かったじゃない、と締め括る。

 彼女と話をしてるとどこか喋る内容があらかじめ決まってる機械と喋ってる気分になる。機械に任せてる仕事が多いからって人間が機械の真似事をしなくてもいいのに。


「それで話は飛空挺の件かな?」

「それもあるけどメインじゃないわね」


 的外れもいいところだわ、と会話を打ち切った。

 本当にこの子はあの泣き虫な長女だったのかと疑いたくなる。

 強い女性に憧れていた。

 家を守る母さんのようにはなりたくないと高校卒業と同時に社会に出て行った。

 すぐにぼろぼろになって母さんに泣きついていた真希。

 その彼女は、私にこう切り出した。


「父さん、ウチのクランの傘下に入らない?」


 それは彼女の中では既に決定事項のように決められていて、私の返答など求めてないとばかりに発表された。

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