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第63話 五の試練/浮遊②

 やはりここには仲間と来て正解だった。

 もし私が単独で挑んでいたら、なす術もなく極光に溶かされ尽くされ何も出来ずに項垂れていたことだろう。

 重力がスキルによってゼロにされた私にはどうしようもないのだ。


 それこそが重さ。

 どんな原理でそこにあるかはわからない浮力に対して均衡を保っているのが今の状態。

 けれど厚い雲に覆われたあの中層にフィールドを落とせば融解現象からフィールドを守れる。

 くしくもそこは赤の禁忌のお腹の下辺りに位置する。キーワードをつなげる意味でも、恐らくそこが正解だ。もしこそこで自身の重力を自在に操る術を手に入れることができたなら、これはきっと人類にとって、いや。全てのプレイヤーにとって大きな成長を促す。


 人は鳥のように羽ばたかずとも空を舞えるのだ。スキルに左右されずに、好きな時にそれが出来る。むしろそれができる前提で試練が組まれているとしたら?

 この先に待ち受ける者はそれぐらいしてくれなきゃ困る災厄だろうか。

 だとしたら困るなぁ。是が非でもここの情報を皆に知らせねば。だとしたら方針を早めなければならない。

 なんとしてもここをクリアしようと気持ちが逸る。


 攻略は難解を極めた。手にしたアイディアは確信。

 けれどちょうどぴったりの重さが得られずに四苦八苦した。

 軽すぎれば溶けてしまうし、重すぎれば重力圏からとき離れて真っ逆さまだ。

 スズキさん単独では軽い。

 気持ち軽くなったジキンさんを足してもまだ足りない。

 そこに探偵さんを加えたら重すぎた。


 比重が合わないのだ。


 程よい比重を求めて私達は挑戦を繰り返す。

 何度ログインとログアウトを繰り返したかわからない。

 そこで考え出したのが水操作で氷を生み出した重さを誤魔化すと言うものだった。

 そして足場の氷は水をかければ氷結し、重りの一部として使えるのを知った時、ようやく答えは導かれた。


「これだ!」


 探偵さんが叫ぶ。

 最善の一手。まず最初に第一歩を探偵さんが踏み出す。

 突然の急下降。

 雲を抜けたらジキンさんとスズキさんが乗り、探偵さんを移送で重力をゼロにする。

 そして水操作で土台にジャブジャブ水を注いで重さをちょうどいい位置まで上げて、あとはゴールまで歩いていくというものだ。

 道中エネミーが現れるが、全てシャドウ型。


 極光を覆うように雲がシャットアウトするが、影の空間が出来上がるのでシャドウ型が生息しやすいのかもしれない。

 氷の重しは時間経過で消費され、戦闘終了の度に再度水かけ運動を行う。

 こもより上に行きすぎず、雲から遠ざかりすぎずで対応する。

 そうして私達はゴールと思しき氷像の元へと辿り着いた。


 <よくぞこの場所へ辿り着いた。しかし本当のゴールは別にある>


 目を疑う文章が私の前に現れた。

 それを証明するように、そこから見える景色に赤の禁忌の姿は何処にもない。完全に雲に隠されてしまっていた。

 プレイヤーにとってのゴールはここでも、真・シークレットクエストをやってる私たちのゴールはここではないと言われたようなものだ。

 同時に鳴り響く電子音。それは称号獲得の通知だった。


[五の試練をクリアしました]


 そう、古代語が見える私にとってここはゴールでなくとも、古代語の見えないプレイヤーから見たらゴールだと錯覚してしまうアナウンス。

 クリアとはゴールの先にあるもので、普通に考えたらここより先には何もない。そうやって本来のルートから引き返させようと匂わす巧妙なトリックが古代人の手によって施されている。

 一般プレイヤーにとってのゴールは真・シークレットクエスト受領者にとっては中間地点に過ぎないのだ。

 それはともかくとして手に入れた称号を確認しておく。


<称号:重力の支配者を手に入れました>

 重力の支配者/特殊スキル:重力操作★

 自身の重さにかかわらず、0~100まで自由に操作できるようになる。自分の重さを中心に、離れすぎる事にAPを大きく消費する。


 つまり私の場合は0が基準値になるわけだ。

 重くなるにはAPの消費がより重くなる。

 これは今後も何処かで使いそうだね。

 ジキンさんやスズキさんが喜んでる。

 だって自由に空を飛べるようになったもんね。

 対して探偵さんは微妙な顔を浮かべていた。


「どうしたの、そんなにげんなりしちゃって」

「いや、十分にすごいんだけど、元の体重をベースにする分軽くなるのも、重くなるのも同じくらいの比重でAP消費するから損だなって。だったらまだ水操作で泳いだほうがマシだって思ってしまうんだ」

「でも一度重力を弄ったらずっとそのままなのでしょう? ダークマターでも食べて落ち着いてくださいよ」

「ありがとう。この調理アイテムには長く世話になるだろうね。見た目の割に美味しいのが普通にもったいないよなぁ」


 確かに見た目は炭だからね。真っ黒で、未知の味を想起させる。しかし食べたらサクサクとしていて、中からはプリンのようなトロッとしたゼリーが出てくるのだから驚きだ。

 食べる前と食べた後で全員が驚く顔で二度見すると言う意味ではみんながランダさんに騙されたと思っているに違いない。


「あの人は割とインパクトを重視する傾向にあるので」

「らしいですね。うちの妻もパワフルな方だと思ってたけど、あの人には敵わないや」

「いい加減、こっちに連れてきたらどうです?」

「んー、彼女も一応このゲームに在籍はしているんだけどね? AWO女性部って言うグループで。アキちゃんとかもかつて在籍してたとこの幹部を務めてます」

「え、もう居たんですか?」

「ちなみに服飾関連のデザイナーをしていてそれなりに忙しいそうだ。僕とは違ってね」

「じゃあ、こっちに連れてくると?」

「アキちゃんの仕事を奪っちゃうね、確実に。あの二人はちょっと一緒の空間に置いておきたくないな」

「じゃあ連れて来ないでください」

「ハハッ、言うと思った。だから連れてきてないよ。僕は少年のためを思って気を利かしていたんだ。わかってくれたかい?」

「そうですね。探偵さんも結構苦労してるのだと知れました」

「それで、このままゴールまで行く?」


 探偵さんもここがゴールじゃないのだと確信しているようだ。

 それに対して私は首を横に振る。


「よしておきましょう。私達だけで抱えるには重すぎる荷物が増えすぎた。ここらでばら撒くのも手かと」

「君は欲がないな」

「私は抱え込んで失敗するよりも、みんなで楽しんでこそゲームだと思っています。エンターテイメントですよ。私がイベントに関わり、それらを今楽しんでるプレイヤーに提供する。普通だったら独占を考えてしまうのでしょうが、本当だったら空にはもっと人が上がっていてもおかしくなかった」


 今空に上がっているプレイヤーは多くても数百人程度。

 最低でも1000人は上げたい。

 そのための起爆剤を私たちで用意する必要がある。


「少年の予測より少ないと?」

「思いの外旨みのある素材が少ないですからね。登るまでもないと判断されてしまったようです」

「そうだね、我々のようにロマンを求めるものならなんの見返りがなくともそこへ行く。だが、多くのプレイヤーは時間をかけただけの見返りを求めるよね?」

「嘆かわしいことにね。それが今の世代にとっての共通認識だ。だったらその世代に語りかける宣伝文句が必要だと思う」

「例えば?」

「もういっそ空の観光を売りにしてしまうか。飛行部に掛け合って、小型飛空艇のレンタルを始めるとかどうかな?」

「良いんじゃないの? 高すぎて買えないと嘆くプレイヤーも多いし。うちのクランも殆どカツカツでしょ?」

「ですねー、開発費にお金かけすぎですよ、あの人達」

「焚きつけた少年がそれを言う?」

「それを言われたら弱い」


 探偵さんと笑いあい、ひとまず私達は赤の禁忌へと舞い戻る。

 全員が空から降り立ったのを見てびっくりしていた妻達だったが、一皮向けた私達を迎えるように受け入れてくれた。

 同時に見知らぬプレイヤーが私たちを遠目にざわめく。


 単独で空を飛べるプレイヤーが珍しいだろうか?

 そんな珍しいが当たり前になるくらいに私達は行動する必要があった。

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