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第29話 一の試練/波風


 その空域は風速が速く、足元の雲が瞬きする間に様変わりする空間だった。

 上から見る分には普通の空間ではあるのだが、スタート地点と思われる雲の層が分厚い、ゆっくり流れる場所に着いた瞬間に景色が変わった。

 それを一言で表現するならコース。

 スタート地点から複数の中継地点を通り、ゴールへ。


 私はいつも通り『スカイウォーク』も用いて雲の上を歩く。

 時たま足元に雲がないことがほとんどだからだ。

 しかしここにきて『重力無視』の効果が強く現れる。

 それが風の力に抗えない事。

 地上しか歩けない時はとても重宝していたが、それが空の上で牙を向いてきた。


 鳥が上昇気流に乗って空を飛ぶ様に、目に見えない気流が肌を通して迫ってくる。

 それが面で圧迫されるとスタート地点まで簡単に押し出されてしまうのだ。


 これが試練か!


 散歩気分でいくと吹き飛ばされそうだ。

 だが仕掛けを知って仕舞えば対処法はあった。

 ここでようやく使えると知った『影踏み』の効果。


 ここは運良く雲の上。遮蔽物が少ない為、真後ろに背負った太陽から伸びる影を踏み込む様にして耐えると、突風をやり過ごせた。イケる!

 強気になった私は予兆となる風が来る前に中継地点にたどり着き、次のコースを睨んだ。

 と、その前に。

 私は鍵付きのチャットルームを開いて彼らを誘う。


 今までの会話は基本的に聞き専だった。

 なので私は通常会話を通して参加。彼らがそれの回答をチャットでやり取りする流れだ。

 しかし現在は位置も遠く、こちらの声が聞こえないので致し方ない処置である。


<アキカゼ・ハヤテさんがルームを設定しました>

<ムッコロさんを招待しました>

<バン・ゴハンさんを招待しました>

<ムッコロさんが入室しました>

<バン・ゴハンさんが入室しました>



[アキカゼ・ハヤテ:ムッコロ氏、今のルート撮っててくれたかい?]

[ムッコロ:バッチリ保存させていただきましたよ。しかし一本道だった様で]

[バン・ゴハン:もう終わったんですか?]

[アキカゼ・ハヤテ:いやいや、まだ中継地点だよ。どうやらスタート地点に立ってようやくコースが見えてくる仕掛けの様だ。君たちは来なくて正解だな]

[バン・ゴハン:なんでだ?]

[アキカゼ・ハヤテ:障害物は風だ。風に乗るのが得意分野の君たちといえど、突風には弱いだろう?]

[ムッコロ:確かに。途中立ち止まったり押し戻されたりしてたのはやはり?]

[アキカゼ・ハヤテ:そうだ。しかも面でぶつかってくる。飛び越えようとしても無駄だと知ったのは少し前だよ]

[バン・ゴハン:うぇ、それは厄介な。他のルートはないのか?]

[アキカゼ・ハヤテ:残念ながらコースアウトしたら地上まで真っ逆さまだ。それは悪手だね]

[ムッコロ:おババ様の時から嫌な予感してましたけど、フィールドそのものが嫌がらせの見本市みたいですね]

[アキカゼ・ハヤテ:言い得て妙だね。まぁ、こちらはやれる範囲でやらせてもらうさ。君たちはマッピングを頼むよ? ランダムでこっちきた人に伝わる様な、遠回しに初見殺しだとわかる様なマークでもつけてくれるとありがたいね]

[ムッコロ:もうドクロマークでいいんじゃないですか?]

[アキカゼ・ハヤテ:そうだね、後は竜巻のマークも入れてくれ]

[バン・ゴハン:オッケー]


 楽しい語らいを終え、私は次のコースへと目をやる。

 っと、ENが減ってきたな。出がけに買った娘の全力メニューをパク付き、次のルートへと歩き始める。

 そこでさっきの伏線を回収する様に、突風以外にも悪意あるミニ竜巻の様なものがルートを行ったり来たりしているのを確認する。


 ホント、意地が悪いんだから。

 でも、実に遣り甲斐がある。

 コースアウトしたら風や雲が一切ない場所に送られるのは実質地上に戻るのに一番の近道ではあると思うが、問題はどこに落ちるかなんだよね。知ってる場所なら良いんだけど、明らかに結構な距離を聖獣様は進まれた。何せゴハン氏を置いていくほどだ。

 サードウィルは登録したが、私はあまり詳しくないんだよねあの場所。運良く街に落ちれば良いけど、それ以外のフィールドだったら命の危険しかない。


 やっぱり落ちるのは無しだな。

 覚悟を決めて前へと進む。突風はやり過ごせるのだが、ミニ竜巻は風の回転方向が違うことに気がついた。

 つまり、コースアウト狙いのトラップか!


 しかし一度抜けた後はすぐに戻ってこない。

 その隙にミニ竜巻の効果範囲外でやり過ごし、頭の中で算盤を弾いて最善ルートを辿って2つ目の中継地点へと辿り着いた。

 これ、普通に来たらスタミナがいくらあっても足りないな。

 空導力で多少補正してもENが減る前提。

 優秀な調理師に沢山調理アイテム作ってもらわないとあっという間に全滅しそうだ。


[アキカゼ・ハヤテ:第二中継地点に到着したよ]

[ムッコロ:お疲れ様です]

[バン・ゴハン:お疲れー]

[ムッコロ:途中ぐねぐねされてましたけど、迷路みたいなルートだったんですか?]

[アキカゼ・ハヤテ:いや、コースアウトを狙ったミニ竜巻がルートを塞ぐ様に行き来しててね。タイミングを測ってたんだ]

[バン・ゴハン:えっぐ、竜巻とかエグいにも程がある。同胞にはこのフィールドの近寄らない様に伝えとこう]

[ムッコロ:それね。でもアキカゼさんはよく攻略出来ましたね?]

[アキカゼ・ハヤテ:多少運は絡んだけど、手持ちのスキルが命綱だよ。これらがなかったらきっと攻略は無理だったろうね]

[バン・ゴハン:やっぱりスキルかー、俺も派生スキル伸ばし頑張るしかないな]

[ムッコロ:それはプレイヤーに課せられた使命だね。ランクアップ見ればわかるけど派生スキル取得は本当に上限ないみたいだし、多い人は180個は持ってるって聞くよ]

[アキカゼ・ハヤテ:凄いですねぇ。私まだ40個ちょっとしかないですよ]

[バン・ゴハン:逆になんでその数でここに来れるんだってみんな思ってると思う]

[ムッコロ:それがアキカゼさんと言う人物なのさ]

[アキカゼ・ハヤテ:よくわかってるじゃないか。さて、ゴールまで後一息だ。サクッと終わらせて帰るよ]

[バン・ゴハン:そんな軽い用事みたいに言えるのはアキカゼさんくらいだわ。緊張とか縁遠いんだろうな]


 失礼な。私だって緊張くらいしますよ。

 でも、まあ慕われている分には良いでしょう。


 私はゴールまでの道を見据える。

 一本道で嬉しい反面、明らかに侵入ルートが複雑化したミニ竜巻。出たり入ったりを繰り返しているあたり、ミニ竜巻のルートに二つくらい乗っかってそうな気にさせる。


 だが所詮はさっきと同じ。竜巻の通り道を覚えて最善のルートを通れば良い。

 ここだ!

 足に込める力を振り絞って最初の難関を振り切り、転がりながら滑り込むようにスライディングして2つ目の関門を抜け、影踏みを駆使して三連打してくる突風を乗り越えてゴールへと至った。そこへゴールを知らせる電子音。


 ポーン


 <一の試練をクリアしました>

 <称号『風の支配者』を取得しました>


 風の支配者:特殊スキル『風操作★』

 空導力/APを10%消費して前方に風を出す。

 強弱によって消費AP増減。

 突風無効、風属性ダメージ50%カット


 おお、嬉しい効果だ。

 普通ならそれで帰ってしまうところだが、今の私にその選択肢はない。私はスクリーンショットの構えを撮って、周囲一帯を調べ尽くす。

 おお、あったあった。

 それは聖獣様のお腹の下辺り。そこに欲しい情報が記されていた。その古代文字にはこう記されている。


[お膝元。かの大地エルメ……]


 また途切れてる。だが一の試練と出た様に、フィールドには漢数字を用いたフィールドがあって、それらをくっつけてようやく鍵になる。

 それらが揃ってようやく聖獣様の門が開く……か。

 鍵にして門の意味がようやく理解できた。


「きっといくつかのフィールドのゴールからでしか、聖獣様の肉体に記された鍵になる部分が見えない仕掛けになってるんだ」


 考えをまとめてオクト君と金狼氏に情報を送る。

 そこで手に入れたスキルで風を操り、私は聖獣様の背中へと無事たどり着いた。

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