あれから私達の冷え切った夫婦関係は少しづつ改善されるようになった。
クランに誘った時の妻たちは、どこか一歩引いた場所から私とジキンさんは見られていたんだけど、今では向こうから声をかけてくるようになっていた。
「あなた、今暇かしら?」
「何か困りごと?」
「どうしても今手元に欲しい素材があるの。だけどここ最近は私とランダさんだけじゃ厳しくなってて。それでね、お手隙の方がいらしたら誘って行こうと思って」
「あえて私に声をかけてきたということはクランマスターの特権で集めて欲しいのかな?」
「そういうのじゃないけど……あなたなら空を飛べるんじゃない? ならほかに相性のいいプレイヤーも知ってるかと思って」
「ああ、そういう事」
つまり身内で固めたいんだな、彼女は。
戦力といって性格面に問題があればNGと。
私は一応合格点をもらえてるようで何よりだ。
というかさっきからサブマスターの尻尾がブンブン振られて見られたもんじゃない。大丈夫大丈夫。あなたも頭数にいれてるから。
「いいよ。人数は何人くらいいる?」
「フルパーティ、6人希望で。すでに2人いるからあと4人ね、頼める?」
「……ちなみに赴く場所とエネミーの傾向を聞こうか。君たちが欲しい戦力はただの人数合わせか、それともそれなりに戦える人かな?」
「お察しいただき助かるわ。私達の目的地はサードウィルの蛍月の森で採取出来る『月光の蚕糸』よ。最近まで私とランダさんだけでもとれてたのだけど、新たなエネミー『バルーン型』が現れてしまってね。チェインアタックの効率が悪いったらないのよ」
「その癖魔法攻撃はあんまり通用しなくてさ、なんだったら仲間を呼ばれて目的のものを手に入れる事なく逃げ帰る事だったあった。ああ、あったまくる!」
ダンッダンッとその場で足踏みしては憤るランダさん。
それを横で妻がヨシヨシとしてあげてた。まるでそれがあたりまえのような行為おもえて、少し涙腺が緩む。
「ランダさんて完璧主義者だから、自分の決めたスケジュール通りにすすまないとこうなっちゃうのよ。家では違ったの?」
「僕と彼女は活動時間からしてすれ違ってましたから」
「そう、どこも同じね」
スンッとジキンさんの目が死んだ。そしてお腹辺りを抑えつけている。人間換算で『胃』だろうか?
比例してさっきまで元気よさげにしていた尻尾はだらんと力無げに重力に引っ張られている。
ははぁ、これが俗にいう『NGワード』というやつだな。メモしておこう。ヨシっと。
でもまあ、自業自得だよね。
それに私たちはそれをこれから挽回しに行くんじゃないか。
「さて、人員はこちらであらかた見当がついた。日取りを聞こうじゃないか」
「流石マスターね。頼んでよかったわ」
「でも本当に良かったの? 言ってはなんだけど相当に個人的な素材よ?」
「それで女性部がたのしんでくれるんなら旦那としては本望だよ。クランメンバーだからってクランに頼り切らなくてもいい。ここはやりたいことを優先させたい私が、なんかイベントやりたいねーってだけで作ったクランだ。それに私の目的は概ね果たされた。次は君たちに還元していきたと思ってる」
「そう、殊勝ね。誰かに言わされてたりしない?」
「しないよ。本気で、本心で私の気持ちだ」
「じゃあ私からも特に何もありません。これからもよろしくお願いしますね、クランマスター」
「うん」
そこは本名で呼んで欲しかったけど、ゲーム内にリアルを持ってくるべきではないと、彼女からの宣告だろう。
ゲームはゲームで。そこで楽しめればいいかと私も考えを持ち直した。
当日。
専用の生簀を手押し車に括り付け、その中にスズキさんをインさせて後ろからジキンさんが押して歩くという状態で移動することになった我々桜町町内会AWO部。
「|◎〻◎)うわー遠出か~、僕大丈夫かなー?」
ガタガタと代車が揺れる。石か何かを無理や乗り上げたのだろう。生簀からは半分以上の水分が生簀の外へと投げ出されていた。ただでさえはしゃぐスズキさんに、代車を押す係に任命されたジキンさんは苦渋の表情だ。
単純に水が嫌いというのもあるが、こうも頻繁に頭にかぶせられては早くも仲良しユニットに軋轢が生まれてしまうところだった。
「あ、揺れた? どうもこういう繊細な仕事はしてこなくて」
「大丈夫です。こういう時のために契約してるんで!」
「はい、アイスウォーター。キンキンのお水が欲しくなったらいつでも言って頂戴。鮮魚の臭みは血に由来してるところがあるので本当であれば捌いて血抜きしておきたいのだけど……捌いちゃダメ?」
「|◎〻◎)それされちゃったら流石にロストなんでダメでーす」
「チッ残念」
「|◉〻◉)うっひょーぅ生き返るー!」
自由だ。
そこには圧倒的自由な空間があった。
誰一人ツッコミのいない。ボケっぱなしの異常空間が形成されていた。
一人まっとうにランダさんが先頭で警戒をしながら、直ぐ横で探偵さんがコミック特有の不穏なセンサーを発していた。
「まずいぞ少年。奥へ奥へ入ってくるごとに肌に張り付く汗の量が多くなっている。ここは既にエネミーの口の中かもしれない」
いや、そんなわけないでしょ。
そんな風に雑談を加えているところに、風景がハンマーによって砕かれ、戦闘フィールドに突入した。
「バルーン1体はこっちで受け持つよ。探偵さん、あわせてもらえる?」
「承知!」
「他は任せて、ランダさん、時間稼ぎお願い」
「|◉〻◉)ギョギョギョギョ! 僕の水中活殺撃の出番ですか?」
「まだよ。生簀で座ってなさい」
「|ー〻ー)はーい」
「じゃあ僕はここで素振りでもしてますか」
ジキンさんが早速何かしてましたアピールを始めた。
各自が各自のことをやりながら敵対したエネミー。
私はスクリーンショットを構え、いつでも情報を抜く準備はできていた。
こうして[サーペント型×2、ワーム型×1、バルーン型×1]との戦いは騒がしくも始まった。