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第44話 公開処刑

 現実にログアウトした私は決戦の時に備えてゲーム内でランクアップ作業に無心した。

 それはまるでプロポーズ前夜のような緊張を胸の内に燻らせる。

 結婚して40年。

 当時のプロポーズの言葉は盛大に自爆した。でもそれが彼女の心を引き留めたのだろうと信じて止まない。

 私は勝ったんだ。

 神保さんとのダブルプロポーズ合戦に。そして楽しい生活を手に入れたとばかり思っていた。

 思い返しても苦労しかさせてない。今よりももっと不便で、レトルト食品だって今ほどじゃなかった。

 なのに令嬢上がりの彼女が、私や自ら産んだ三人の娘に精一杯の愛情を注いでくれた。

 そんな時に私は近くにいてやれなかった。


 私は屑だったと今でも思う。

 仕事を理由に家に何日も帰らない日もあった。

 それでも彼女は私の帰りを待ち続けてくれた。

 ボール型を踏ん付ける足の強さが上がる。

 ダメージが上がった訳ではない。

 ただ、耐久を削りきっただけだ。


「遠いな、一人での討伐は」


 最初はどこか余裕で、誰にも頼らずやってみた。

 耐久10。これがファストリア近辺のボール型の耐久値。

 しかしセカンドルナ近辺になるとこれが30になる。

 ただでさえダメージソースがない中での死闘。

 そんな私に声をかける犬獣人の姿が。


「なーに一人で意地張ってるんですか」

「ジキンさん……」


 あの時いつのまにか逃げ帰って居た人が今更私に一体何の用があると言うのか?

 そう思っていると、構えていた鉄の棍棒を無造作に振り下ろしてボール型の耐久を減らしていた。


「ちょっと、横殴りはマナー違反ですよ?」

「残念、同じフィールド内で横殴りは存在しません。生き残るか、削り取られるかのゲームです。ここはこう言う場所ですよ、と。それでも戦う手段を持たない貴方がここまでくらいつけている。戦う力を持つ僕が棒立ちなんてしてみなさい。不評を買うのは僕の方だ」

「ならば助太刀お願いします」

「任された!」


 ハッキリ言ってしまうとジキンさんの攻撃スタイルは武器を構えて振り下ろすだけで華がない。

 私は合わせやすいが、彼が孫やその息子たちから戦闘に連れて行き辛い理由は見えていた。


「……100体目!」

「おつかれ様です」


 チェインアタックで始末した回数がようやく100体に登り、ようやくその時が来た。



[条件を達成しました。ランクアップが可能です]

 ランクCからプレイヤーの皆様には色んな条件が解放されます。

 ・クラン発足

 必要ランクC

 最低人数:10人

 初期投資金額:2000万ゲーム内マネー相当

 その都度継続には維持費がかかる。


 《クラン発足後に出来ること》

 ・イベント発足

 企画、運営、規模は商業ギルドと要相談。

 最低でも30人規模から。

 参加条件:クランリーダー、サブリーダー

 クランを一週間以上継続させてること。


「ありがとうございます、ジキンさん。私一人じゃここまでこれませんでした」

「そうでしょうとも。存分に恩に着てください」

「そこは謙遜するところでは? 格好悪いですよ?」

「はっはっは。僕はこう言った感謝は受け取っておく人間です。特に貴方のような偏屈な人からは、このネタだけで脅しができますからね」


 ニヤニヤと、本当に欲の皮の突っ張った人間だ。

 犬獣人だと言うのに、容易にその嫌らしいイメージが出来上がってしまうあたり、この人も結構な人数から恨まれてるだろう。

 それでも根気強くこんな私に付き合ってくれたのも事実。

 憎みきれない。同族嫌悪。言ってしまえばそれまでです。

 そんな人格を含めて私は彼を気に入ってしまっていた。


「では今後一層顎で使い回すことにします。サブリーダーに任命してもいいですよね?」

「あ、人の善意をそんなように扱うなんて汚いですよ?」

「お互い様でしょうに! それでも貴方は付いてきてくれるんでしょう?」

「まあ貴方は遠くで見ている分には楽しい人ですし、童心を思い出します。いつしか僕もそこに行けたらといつも思っています」

「連れていきますよ、私が。一緒に同じ景色を見て、それでそこで一緒にバカやりましょう。仲間でしょ?」

「……こんな僕を未だに仲間と?」


 何やら急に敵役ムーブしてきましたよ、この人。

 そう思えば結構裏で暗躍してたんですっけ?

 それでも関係ない。


「もう忘れられませんよ貴方の存在は! 私もそうだが、貴方も相当に癖が強い。お孫さんと一緒に遊びましょうよ。その舞台を用意することだってもう可能になった。ただ一緒にいるだけではなく、今後は私達がこのAWO世界をあっと言わせましょう!」

「ハヤテさん……」


 ジキンさんたら柄にもなく涙なんか流しちゃって、相当感極まってしまったようだ。似合わない。似合わないけど私はそれを笑えない。

 そっと手を差し出す。

 その手を握り返された。

 私もまた握り返す。


「──私達の冒険はここから始まるんです」


 そんなクサイセリフで締めくくって現実に帰ると、なぜかその噂は由香里にまで伝わっていて、そして決戦の地で相当に追い詰められることになった。


[接続人数:136人]


 過去に類を見ない接続数、一人の女性を囲むように、口元をニヤつかせた人達。中には見知った顔もチラホラ。

 あの人……寺井さんが吹聴していたんです。

 朝のログイン時の事を。

 自分でもクサイと思っていたセリフをよりキザに再現しつつ言った。

 『私たちの冒険はこれから始まるんです』と。

 なんですか、このやらせ演出。

 監督は誰だ、手を挙げろ、とっちめてやる!


 怒り心頭で肩で風を切らせていくと、幾人かの顔見知りが「オッ」と顔をあげる。

 全員の注目が集まる中……なぜか増えていく接続人数。まるで当時の街の人々が全員野次馬に成り下がったような感覚。

 あぁ、あの人最初からこれを狙ってたんだ!

 私を笑い者にしようと。

 でも、今はそんな時じゃない。


 妻がいつになく感情を乗せた視線を向けてきた。


「お久しぶりね、あなた」

「うん。でもそんなに昔だったかな?」


 やや緊張した心地。VR内だと言うのに鼓動が悲鳴を上げている。キリキリと胃が痛む。

 見守る観衆の中、先手を打ったのは妻の方だった。


「あのセリフがダメとは言わないけど、私は凄く恥ずかしかったです」


 うぐっ!

 どこからか放たれた矢が的確に急所を撃ち抜いた!


「それは悪いことをした。それでも君に言いたい。昭恵、私ともう一度一緒に暮らしてくれないか?」


 すぐに答えは来ない。

 共に世話になってる身。もう仕事のできない体で何を今更と思われるかもしれない。


「無理よ。私にはもう私の生活スタイルがあるもの。今更その全てを捨てて一緒に来いって言うの? 身勝手すぎる」


 帰ってきた返事は否定の色。

 それでも吐き出した言葉を飲み込めずに詰め寄る。


「ならばゲームなら、AWOならどうだ?」

「いいですけど、貴方はどうして私にそこまで執着するの?」


 本命は果たした。

 でも彼女の言葉はなおも私の心をえぐり込む。


「やり直したいんだ、過去を。それと新しい環境に君は絶対に必要だ。昭恵、私と新しい世界をみよう!」

「喜んで」


 周囲の人々がワッと騒がしくなる。

 例の犬面の人が過去最高潮に周囲を囃し立てている。

 あとで覚えてろよ。


「嬉しいです。私、貴方の生活に正直そこまで必要とされてないのだと思ってました。老後の話もお互いの趣味に口出ししないと言われた時、少し悲しかったんです。だから勝手に……」


 妻の頬には一筋の光が流れていた。

 どうやら想像以上に無理をさせていたらしい。

 これからは一緒に前を向いていきたい、彼女と共に。


 と、己の内で決着をつけていると、例の三人組が現れる。神保さん、寺井さん、永井君の三人だ。


「よくやったね、リーダー。これでクラン結成の時は来た」


 神保さんが、ポンと肩に手を置いてそのままログアウトした。

 それだけで今までのいい雰囲気がぶち壊しになり、空気が氷点下まで下がったように肌寒くなる。

 見れば妻の肩がワナワナと震えていた。

 怖い! ここまで怒りを露わにした彼女は初めて見る。


「あなた、今のお話もう少し詳しく?」


 笑顔はとても素敵なのだけど、背景に般若が出現していた。

 なんだったら抜身の包丁すら装備している。

 殺られる! そんな殺気と共に、その地は地獄と化した。


 訳を話して、それでも理解してくれた妻に頭が上がらない。

 そのあと、私の内なる抹殺リストに二人の男の名前が書き加えられたのは言うまでもないだろう。

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