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第42話 貧乏くじ


「エネルギーチャージ全開! お母さん! お腹ペコペコー!」


 全くこの子は何のエネルギーを充填したのだろうか。先程の千鳥足が嘘のように豪快になって私より前に行く。


「準備できてるわよ」

「わほー、煮込みハンバーグだー! 朝から豪勢~!」


 美咲は両手を持ってその場でジャンプしてしまうほどに喜ぶ。

 本当に、今の今で作ったにしては手が混みすぎている。

 私だって制作過程こそ知らないけど、あんな短時間でできるものではないと理解できるよ。


「お父さんはどうする? こう言うのもあるんだけど?」


 提示された皿にはブリの照り焼きと、サバの味噌煮込み。

 どちらもインスタントだと言う事を考慮したって完成度が高すぎる。私はゴクリと喉を鳴らした。


「そうだな、今朝はブリの気分だ」

「了解、封開けちゃうね」


 そんな朝の風景に待ったをかける声!

 美咲である。


「えー、あたしお爺ちゃんの分まで食べないよ? 一緒に食べようよ、お爺ちゃん!」


 うちのアイドルのお願い攻撃は強力だ。

 私の気持ちは大きく揺さぶられた。

 ブリ照りを捨てて煮込みハンバーグも捨て難くなってくる。

 そこへ由香里からの牽制が入った。


「両方食べた場合の総カロリーは850よ?」

「うっ、内訳は?」

「ブリ照りが210、煮込みハンバーグが640」


 驚いた。ほぼ三倍じゃないか! 確かにハンバーグだってお肉の合い挽きだ。それを特濃のソースで煮込めばそれくらいいくだろう。対してブリ照りだって美味しい部位を厳選しての参戦だ。

 甲乙つけがたい……。


「それで、どうする?」

「お爺ちゃん、一緒に食べよー」

「あ、ああ」


 私は断念して煮込みハンバーグを食べられる範囲でお裾分けしてもらうことにした。残った自分の分をわけたら喜ばれた。

 やはり孫に悲しい顔は似合わない。でも……ウップ。

 肉体維持の必要量を超えてまで食べるのはきつい。

 ここはブリ照りで我慢しておくべきだったかもしれないと早くも肉体が悲鳴を上げた。


 でも、まあ。食卓で美咲が楽しそうにしてるのが見えれて胸がほっこりしたのも事実である。

 孫パワー、恐るべし。私のお腹の張り具合も心なしか落ち着いてきたように思える。


 食事を終えると秋人君が部屋からやってきた。

 どうも私の持ち出した話題について話が出回っているらしい。

 誰経由からだろうか? 覚えがありすぎてまるで分からない。

 私は素知らぬ顔をしながら話を受け入れた。


「一応寺井さんからは情報統制については自信があるとお言葉をいただいたが」

「お、噂の大商事の社長さんからですね。それならば納得だ。でもきな臭いのは新聞屋と呼ばれる検証班の方で」

「先日誘った永井君なんかがどうもそっちと取引があるらしく、任せてくれたまえなんて余裕ぶってたけど、それとは違うのかな?」

「お義父さんの人脈……一体どうなってるんですか? あの群れることを嫌う一匹狼集団を纏められる人物とか。あの人物がそれをやって見せるなんて想像が付きません」


 やや呆れる顔をされてしまう。

 驚いてるのは私も一緒だよ。

 ただの友達が、勝手にすごくなってくんだから。

 神保さんだってそう、何? 人間国宝とか。知らなかったよ、私は。でも妻は勝手にライバル心むき出しにされても困るから黙っててくれたんだろうなー。きっとそう。

 彼女はそういう労いができる人間だ。

 私に通ってこない話題を厳選して統括してる。

 それで恥ずかしい目に合わされてきたこともいっぱいあるが、こうして知ったら知ったで対抗心剥き出しにするのが目に見えてるからね。

 なんせ神保さんとは当時妻の昭恵を奪い合った仲だったもの。

 対抗心を燃やすのだって目に見えていた。


 それからやや話し合って、それぞれの時間を潰す。

 由香里は主婦業に勤しみ、秋人君はこれから打ち合わせがあるそうだ。美咲は学校に赴き、私は桜町へと足を向けた。


 さぁ、皆はどのように動いてくれるだろうか?

 メンバーも私、ジキンさん、ダグラスさんの三人に、スズキさん、マリン、ユーノ君。が加わってくれれば6人。

 ここに永井君が加わって7人。あと3人、アテはあると言うだろうけど果たして……?



[接続人数:3人]


 はい、お決まりのメンツですね。

 朝はこの固定メンバーしか居ないようです。


「おはよう御座います、お二人とも」

「おはよう笹井さん」

「おはよう笹井君。メンバー集めは順調かい?」

「残り3人てとこですね。永井君が2人連れてきてくれたら残り一人。神保さんからも誰か紹介してくださいよ」

「私は一人で生きてる人間だからなぁ。息子達のクランから引っ張って来るのはダメなんだろう?」

「うちも余さず身内で固まってます。孫なんてそこでエース張ってますよ。今更引き抜きされても困るでしょう」


 神保さん、寺井さんと続く。

 と、話は一旦脇に置いて。


「そう言えばクランのイベントの目玉の方は完成してます?」

「インゴット化については75%てところです。後は寺井君の達筆がどこまで若者受けするかでしょうか?」

「え、そこで僕に振られるんです?」

「そこで僕が来た!」


 いつの間にやら増えていた接続人数。

 そして姿を現したのは誰であろう、時の人である永井君だった。


「おや、この時間に接続してるなんて珍しい」

「もう、誘ってくださいよ。僕ばかり仲間外れにして!」

「そういう訳じゃなかったんだけど」

「そう言えば永井さん」

「はい?」

「ところで君、執筆に自信は?」


 何やら勝手に大慌てになった永井君を嗜めるように寺井さんが凄む。


「実は私リアルでこういう仕事についてまして」


 手渡されたのは名刺。

 そこにはライトノベル作家 風動雷という名前が書かれていた。


「あれ、君そんな仕事してたっけ?」


 確か前聞いた時はフリーのジャーナリストとかなんとか。


「まあ、副業と言うやつです。私はRP勢である傍、とある人物像を作り上げていた。それが今執筆中の作品『大綱の時』です」

「あ、それうちの娘が読んでますよ。一度アニメ化されたそうで、主人公の熱苦しさだけ受け入れられれば後はハマるって。そうか、その作者さんだったか」


 神保さんの声に振り返る。


「え、すごいじゃないか。アニメ化までしたんだ?」

「自作アニメなのですごくはないですよ。制作会社も自分のプロダクションです。でも私はそれを手掛けることによって今の作品を大きく昇華させた。売る目的ではないアニメ。それが大綱の時です。どうぞよろしくお願いします」

「ちょっと、さらっと宣伝してかないでください」

「いいじゃないか笹井さん。つまり君は文章を書ける人間であると、そう言うことだろう?」

「はい、お任せください!」


 寺井さんと永井君が熱い握手を交わす。

 その心の内はどこまで自分の分担を減らすかの探り合いだろうけど、より絆が深まってくれるならいいか。

 永井君も、結構押しの強い人間だからね。


「そう言えば永井君」

「うん?」

「クラン発足についてあともう一人くらい用立てて貰える?」

「となると?」

「君には息子さん孫娘。その他にもう一人くらい選んでほしい。頼める?」

「普通に男ばかりで集まらずに女性部にも声をかけたらどうです?」

「「「あっ」」」


 全員の声がハモった。

 いくら趣味のことと言え、奥様をAWOに誘うのを失念していたとは。


「でも桜町三丁目AWO女性部はすでに発足されてるみたいですよ? うちの妻も、確か笹井さんの奥さんも参加されてるみたいです。クランとかじゃなく、リアルの延長線上の付き合いですけど」


 寺井さんの素知らぬ顔と狸親父みたいに腹の立つ独白が三人を我に返す。


「じゃ、じゃあ寺井さんがお誘いして……」

「私が妻にお願いできる立場の人間だとでも?」

「もう、どうしてこんなところで卑屈なんですか!」

「ちなみに僕のところも妻に愛想をつかされてる」

「私のところもですね。仕事に時間を傾けすぎて、構ってやらなかった男ですから」


 なんで趣味人というのは、こう、禄でもない人物しかいないんでしょうか!


「ちなみに聞くまでもなく笹井さんもですよね?」


 寺井さんの質問に、私は黙って項垂れた。

 なにせ勝手に山に行ってる間にあれこれされてしまった男だもの。不甲斐ない男が四人。

 傷をえぐりあっている場合じゃないと、ここは協力の手を取った。


 つまり誰が女性部に声をかけるか。

 誰が一番傷を多く受けずに済むかの言葉の応酬がかけられるのはすぐそこまで迫っていた。

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