「おはよう、由香里」
翌朝、部屋を出るとキッチンから生活音が聞こえてきて、ついでにと自分向けに配達された新聞を受け取りに玄関へ。
もう見なくなったよね、瓶に入った牛乳って。
それを腰に手を当てて一気に呷る。
うん、とても美味しい。今の世代達はなんでしないのやら。
そんなことを考えながらキッチンに戻って新聞を広げる。
由香里や秋人君は専用のホログラフを持ってるからそれで済ませてしまえるが、私ではそれを使いこなせないので選択肢は自ずとこちらに選ばれた感じだ。
これが世代差なのかと変にに納得してしまう自分がいる。
「おはようお父さん。昨日はあれからランクをあげられた?」
「あの派手な人と一緒にランクDまでね」
娘はふふふと笑いながらお父さんが他人を足蹴にするところを見たのは初めて見ると笑う。そう言えば私たちが同世代と呼べる人たちはいずれの分野においてもすごい人たちだ。でもね、彼らはとても自分勝手だ。昨日も振り回されてきたよ返すと、信じられないと目を見張られた。
目の前にお茶を配膳されるのでそれを呷ると。そこには豊潤な玉露の香りがあった。口持ちで冷ましながらと転がしていくと、笑みが出てくる。
「いい渋味だ。苦味の中にほのかな甘みもある。日本の心だねぇ」
「お父さんそれ好きだったわよね?」
「うん、しかしこの茶葉がレトルトと言うのがいまだに信じられない」
「あたしもこの生活になって長いけど、お母さんが長い間手間をかけて作り上げてたのさえ、一瞬で悪い気さえしちゃうわ。その分、外への移動が限られてしまったのよ。私や秋人さん、美咲はこの環境でも生きていける。でもお父さんは大丈夫かなって今でも心配。平気? 無理してない?」
彼女の質問を受け止めて、私は苦労してないことを話すとホッとしてくれた。その上で永井君の活動を褒め称えてやったら、賞賛が上がる。
手元でパチパチと手を叩いてくれた。
「あらすごいじゃない。やっぱりお父さんの世代は持ってるポテンシャルが違うのかしら?」
「どうだろう? あの人がキワモノであることは確かだよ。ああ、それと。昨日スカイウォークのスキルを獲得してね? 戦闘面での立ち回りが大きく貢献したよ」
「へぇ、あのパッシヴ一辺倒だったあのお父さんがねー、いまからどんな戦闘機動を見つけたのか楽しみだわー」
「由香里はあれからどんな事をしてたんだい?」
「んー、うちのクランも一気に流しれたから新規プレイヤー参入のお知らせの案内とか作ってたわ」
「人気、ねぇ」
「ちなみにお父さんの人気はウチよりあるのよ?」
「えっ?」
呆然とする。そんな私に由香里はくすくすと笑いを堪えて語りかけてきた。
「あたり前でしょうよ、イベントの上位発見をほぼ打ち抜いた上でこちらに手柄まで持たせてくれたのよ? 一体何者だと聞かれるのも面倒だから『身内』とだけ答えているけど、身内代表のマリンの活躍もあってか、ここ最近あたし達のクランにも注目が注がれるようになったのよ。
特に天敵とされた『漆黒の帝』との和解が一番の朗報よね。一般プレにとってのあの人たちってヤクザ業者みたいなもんだったから。それも一部のメンバーだけだったけど、あのクランも前回のイベントで相当イメージ変えられたんじゃないかしら?」
「それで私一人にあんなに気を回してくれたのか」
「ああ、用心棒業ね。ああ言うのの走りよ、あのクランって。ちょっと野生に帰りすぎていつ襲いかかれるかわからないリアルツキノワグマも居るけど」
「森のくま君だね。彼、喋りはコミカルなくせして対面した時の圧がすごいよね」
「そうそう」
「でも三児のパパさんだと聞いて、変に納得した。彼、ジキンさんの5兄弟の真ん中らしいんだ。上二人の世話と、下二人の世話をしてるうちに気遣い上手になってしまったらしい」
「へー、そうやって聴くと変な親近感が出てきちゃう。やはりそう言う裏情報って大事よ。彼のAWO内でのイメージってPKの方が圧倒的に強いから」
「あの見た目じゃ仕方ないよ。私も何度も捕食対象に選ばれたか分からない目を向けられたからね。それでも漆黒の帝初期メンバーとして大事にされてるらしい」
「金狼さんやギンくんにね」
「あれから随分と親しくなったんだねぇ」
「だって話を聞いていけば、あの人って私より年下らしいし、お嫁さんが同じ学校の同級生でびっくり! なんて出来事があってからすっかり仲良くなったのよ。常に奥さんには告げ口しないでくれって目で見られれば、なんだか可愛く見えてきちゃって」
「うん。秋人君は君に弱みを見せるタイプじゃないからなぁ」
「お父さんもよね? 秋人さん、いつも言ってたわ。僕はこの差をどう縮めていけるだろうかって。世代差だってあるのに、彼の中で葛藤があるみたい。お父さん、そう言う場所を見つけたら支えてあげて? もう距離を縮める必要なはいんだ。由香里はあなたを慕っているってお父さんの口から、ね?」
「そうだね、了承した。しかし彼は私の言葉を曲解するきらいがある。うまく受け止めてくれればいいが」
「そこなのよねー。私は確かにファザコンだったことは認めるけど、今は一人の男性を愛しているし、一子も授かった。だと言うのに彼は何をそんなに不服がってるんだか!」
「きっと彼は本当に今自分が幸せかを周囲と見比べてしまうのだろうね」
「なにそれ、しんじらんない!」
由香里の拳がキッチンのテーブルを叩く。全く響きもしないあたり、対して力も入れられてないのだろう。
「男というのはそういう一面を持つなんだ。私の場合は三人の娘に恵まれてそれどころじゃなかった。近所でも出会うと娘自慢ばかりしてくるおじさんだと言われるほどだ」
「秋人さんもそういうのでよかったのにー」
「彼も彼でそういう男だよ。美咲の画像を見るときの顔なんて昔の私そっくりだ。だからゲーム内で親公認ファンクラブ制作を受注以来した時は驚いた。娘の可愛さは独占したいとか思わないのだろうか?」
「ああ、それには一応布石もあって」
「布石?」
「うちの娘に限らずAWO内にはいくつかのアイドルユニットなんかがいるの。みんな可愛くてキラキラでしょ?」
ホログラフ上のデータを私に見せてくれた。
確かに可愛いが、どこか計算的だ。マリンの見るものを元気にさせる行動力とはどこか遠い気がする。
「確かに可愛いけど、これってテレビ局なんかのアイドルと同じで、視聴者稼ぎをしてく子達だろう? こんなのと一緒にされたくないね」
「あー、確かにそういう面もあるけど、この子達は全員素人よ。AWOプレイヤーと呼ばれるものだわ。その中でも華のある子だけで組ませたユニットなんかがこれね。スキルの得意分野が違うから、一緒に手を取り合う事はないけど、アイドルユニット化にはAWO運営からゲーム内紹介動画のオファーがもらえたり、アバターの特別衣装なんかも貰えたりして色々とお得なのよ。ユニット化を狙う子だって少なくないわ。このゲームって時間とお金をかければいくらでも派手に出来るし」
「へぇ」
「ちなみにマリンをアイドル化させる予定はないの」
「そうなんだ?」
「だって本人が望んでないもの。無理やりさせるもんでもないし、だから親公認のルールの元なら好きに談義してくれて構わない公の場がソレよ。ちなみに永遠のファン番号0000000は秋人さんなのよ?」
「それは私も立候補しなければ」
「そう言うだろうとおもって既に用意されてるわ。秋人さん、やっぱり同類の匂いを嗅ぎ分けるのが得意みたい。でも大丈夫、掲示板形式だから流れ早いらしいけど」
「私は会話についていかなくたっていいんだ。今日のベストショットを愛でてもらえれば、それでいい」
「一応どう言った類の画像?」
「向こうにログインしたら渡すよ。お寝坊さんが起きてきた」
アイドル談議に話を咲かせていたところにそのご本人が眠気まなこを擦ってご登場だ。
「お母さん、お腹すいたー」
「今用意するから先に顔洗ってらっしゃい。お父さん、頼める?」
「うん、引き受けた。さ、一緒に行こうか」
やや足取りの危ない我が家の