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第35話 空の上の歩き方②


 なぜあの時私は空から落ちてしまったのか?

 単純な話である。

 それはただのペース配分の悪さにあった。


「検証と言いつつ楽しんでしまったからなぁ」


 空の旅を、心のゆくままに楽しんだ。

 雲の上に歩き出した時、スタミナは50%を切っていた。

 これも原因の一つ。

 そしてどこかで甘えがあった。雲の上でも動かなければスタミナは回復するかもしれないと、確認もせずに歩き出した。

 それが落下のおおよその原因だ。


 私は風の流れに乗って、なるべく空歩を使わずにマナの大木へとたどり着く。いい加減にジキンさんファミリーを頼らずとも外に出歩きたいと思っていた。


 私なんかに付き合わずとも、もっと自分のために時間を使ってくれてもいいのにね。律儀なんだか心配性なんだか。

 まぁその気持ちは非常にありがたいのだが、やっぱり監視されてるようで気疲れはしてしまうから。


 途中、地上からプレイヤーに何度も指をさされたが気にせずに飛ぶ。どうせこちらには来れないんだ。わざわざその人のところまで降りてやる必要もない。

 降りたところで十中八九質問責めだろうし、そういうのに関わり合いになりたくないしで自分の目的を優先させた。


 マナの大木への登頂へは普段通り垂直移動で登る。

 これによってスタミナを100%回復させる狙いもあるが、もう一つ。


 それは……


 重力無視と空歩で頂上に登った時に聞こえなかったのだ、あの時の猫妖精のミーの声が。

 であればその理由もあるはずと休憩を入れながら垂直移動で上り切る。


[#*****__待ってたニャ__#]


 文字が視界に入り込んだ。姿は見えず、網膜にそっと映り込む。やはり自力登頂がフラグの一つになっていたか。

 しかし相変わらず妖精の姿は見えない。

 ただ意味を持たぬ文字が私を導くようにある場所へと煌めいていく。


「会いに来たよ。さぁ、私を導いてくれ」


 私の声に呼応するように、木の枝がねじれ、空間を湾曲させながら道を作り替えていく。

 階段のように並べられた葉っぱの螺旋階段は出発した時の雲よりも高く私を導き、一つ上のステージへと押し上げる。


 そうか、スタート地点から違うのだ。

 あの時は頂上があの場所だと思ったが、よくよく思い返せば私は階段で上にあがっていた。

 それじゃあ辿り着ける場所へ辿り着けるはずがない。

 木の枝は途切れ、やがて雲の上へと差し掛かる。


 第一歩は緊張しつつも、一度感じたことのある押し返すような感触。大丈夫だ、少し上の雲だからといって乗れないわけではないようだと安堵する。

 もう片方の足を乗せ、私の体は雲の上へと全体を載せた。

 柔らかく押し返される。

 トランポリンのような強力に弾むものではないが、布団の上に足を乗せたような感覚は心地いい。


 雲の上を歩く際、私のスタミナはジワジワとだが減っていた。

 やはり立ち止まってもスタミナの回復はしないようだ。

 低酸素内の運動だからというのもあるのだろうが、これは早急に雲の呼吸を取らねばならないだろう。


 ならば歩き回るのは得策ではないか。

 雲の分厚そうな場所へと座り込み、アイテムバッグから食事を取り出す。

 しかしその時、雲の上に載せた水筒が勢いを増して真下へと吸い込まれていった。

 ほんの少し目を離した瞬間の出来事である。

 しまったなぁ。


「これ、重力無視の影響を受けるのって私のアバターだけかな?」


 確証はできないが多分そうだろうと考える。

 仕方ないのであぐらをかいてその中央にアイテムバッグを置いて中身を取り出す。

 お茶を入れた水筒はさっき落ちてしまったしなぁ。

 これは参った。


 少しパサつく何かのお肉を厚切りにしたサンドイッチを飲み込むのに少々時間はかかったが、なんとか消費したエネルギーは回復した。

 視界に映ったのは80%の文字。

 徒歩移動しかする予定はないのでこれでも十分だ。

 ただ日光が近いのも原因なのか、喉が相当渇いた。


 まずは雲の呼吸を覚えてしまおう。

 そうと思えば雲の層が厚い場所をメインに散歩をする。

 まだ冒険するのに装備が足りないからね。

 飛んだり跳ねたりするのはスタミナに余裕ができてからでもいいだろう。


 気がつけば随分と時間が経っていた。

 代わり映えしない景色の散策は時間の経過が早い。

 雲の上を歩けるとはいえ、風によって流れる雲はいつまでもその形を止めているわけでもない。

 気を抜けば落下の一途。油断は禁物であった。


 空を見上げながら目を細める。

 雲の地平線の向こう側。太陽が降りたのとは反対側に星空が映り込む。あまりの素晴らしさにスクリーンショットを数枚撮ったほどである。


 こんなにも近い距離で星を見るのは学生時代に行ったプラネタリウムか天体観測の時以来だ。

 今はもうそう言った施設はどんどんと閉鎖していってしまっている。嘆かわしいね。

 まぁ現実で見れなくてもこっちで見れるからと言われて仕舞えばそれまでなんだけど。


 よっこいせと腰を持ち上げ、散策の続きを始める。

 太陽はすっかり雲の上からは見えない位置。

 夜の帳は雲の上を星空で染め上げる。

 ログアウトまでの時間は刻一刻と近づいてくる。

 もう少し、あと少しだと思うんだけどなぁ。


 ピコン!

[スキル雲の呼吸を獲得しました]


 うん、良かった。時刻は丁度ログアウト予定10分前。

 次回ログインは今回よりも色々とやれることが増えそうだ。

 でもその前にメニューをチェック。

 うん、やっぱりもう一つのスキルも伸びているか。

 今回取得したのは雲の呼吸。

 しかし空に関した呼吸はもう一つあった。


 空の呼吸[96/150]


 これの成長理由はやはり自然風による滑空だろうか?

 思い当たりがあるのはそれくらいだ。

 空歩に頼っていたおかげで雲の呼吸より成長は悪いが、それでも他の呼吸系よりも伸びはいい。

 もしそうならばこれを得た時、滑空時にスタミナが回復していくのだろうか?

 今からワクワクが止まらなくなるな。


 と、その前にブログのネタをまとめておこう。

 ああ、時間がない。


[ログイン時間のタイムオーバーを確認、強制ログアウト処置を施します]


 ーーブツッ

 私の意識はそこで途切れ、再び意識を覚ました時は自室だった。

 やれやれ。この強制ログアウトシステムは何度味わっても後味が悪いなぁ。

 あとちょっとぐらい居させてくれても、なんて思ってしまうあたり、相当にハマっていると自覚する。


「これじゃあ美咲のことを強くいえないか」


 ボリボリと後頭部を掻き、VRマシンから身を起こす。


「お爺ちゃん、おかえり!」

「お帰りなさい、お父さん」

「お義父さん、お帰りなさい」

「うん、ただいま」


 自室から出れば新しい家族が私を迎えてくれる。

 丁度夕食の時間だったらしい。

 秋人君はホログラフの新聞を眺めながら由香里と雑談を交え、美咲は何かの情報をまとめるように目の前の端末とにらめっこしていた。

 鼻をつく匂いに美咲が恥ずかしそうにしながらお腹の虫を鳴らした。娘が柏手を打ち、程なくして食事が始まる。


 秋人君は配りきれなかった激辛カレーを頂き、他三人は肉汁が溢れるチーズインハンバーグに舌鼓を打つ。

 食後はいつも通りの近況報告会。

 美咲の発表に秋人君と由香里は楽しそうに微笑み、私の発表には苦笑いで答えた。

 なんだろうねぇ、娘達のこの評価の差は。

 情報的には大差ないだろうに。


 私の発表だからってオーバーにしてるだけならいいけど、やっぱり悔しいなぁ。

 ちょっと拗ねながら自室に篭ってブログの情報をまとめる。


 私としてはフレンドさんが驚いてくれれば大儲けだからね。

 スズキさんからはどう思われるだろう?

 ジキンさんはまた変なことやってるだなんて愚痴ってくるだろうなぁ。

 マリンはあんまり変なことしないでって言ってくるだろうし、ユーノ君は静観を決め込むかな。


 ああ、今から誰がなんて書き込みをしてくれるのか楽しみだ。

 ブログを上げるのが待ち遠しいよ。


 壁に置かれた時計を眺め、ログイン時間を調整する。

 そういえば強制ログアウト処置をした場合、いつもよりログインするのに時間制限がかかるんだっけ?

 主に再ログインにかかる間隔がひろがるんだ。

 普段時間内にログアウトしてしまうのであまり世話にならなかったが再ログインまでのクールタイムが無情にも私のやる気を削いでくる。


 それまでどこかで時間を潰すかなぁ。

 今の時間だと永井さんとかログインしているだろうか?

 私は逸る気持ちを抑え、VR井戸端会議へと意識を飛ばした。

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