一つ試したいことがあった。
新たに覚えたスキル重力無視と特殊スキルの空歩。
これを組み合わせれば私は空を飛べるのではないかと。
少し人前で挑戦するには恥ずかしい。
やるならば森で。マナの大木に行くまでに少し練習しようと、外で待機していたロウガ君を巻き込んだ。
「アキカゼさん、なんというか好奇心が突き抜けてんな」
「はっはっは。褒め言葉と受け取っておくよ」
「皮肉だよ!」
私は今、護衛をしてくれてるロウガ君の馬車にロープをくくり、凧のように空を舞っていた。
ただこの方法、風の恩恵をそれなりに受けているので止めば落ちてしまうのが最大のデメリット。
落下してもHPダメージはさほどなく、空歩のおかげで頭から落ちずに来れている。
そのおかげもあってか、検証も順調なのだが反比例してロウガ君の機嫌は悪くなっていった。
「んで、これから例のところに行くんだろ? 一人で大丈夫か?」
「行けるところまでは一人でなんとかするよ。助けて欲しくなったら頼るから、心構えだけはしておいてください」
「そっか、すげぇな」
「ロウガ君は何か悩みでも抱えてるのかい?」
「ん、いや……俺にもそれぐらいの行動力が有れば何か変わってたのかもなってなんとなく思ってさ。別に今の待遇に不満があるってわけじゃないんだ。アキカゼさん見てたらさ、俺ももっと何か他のことやれただろって、そう思っちまう。今更ダセェな、忘れてくれ」
ふむ。向上心を持つことに年齢は関係ないと思うが。
彼も彼で自分の境遇を悩んでいるらしい。
しかし自分に待遇には満足している。難しい問題だな。変わりたいわけでもなく、無理に連れ出すのも厳しい。
ならば……やはり巻き込んで役割を与えれば案外化けるかも知れません。
彼は自分を変えたいとどこかで思ってる。けれど自分からは踏み出せない。誰かの命令を待ってるんでしょう。
現状でそれを指示してくれる人物がいない。
その役目、勝手ながら私が引き受けてあげましょう。
どっちにしろ巻き込むつもりでしたが、名目ができました。
これを機に彼も一皮むけてくれたら私としても嬉しいですね。
「じゃあ私と約束してくれませんか?」
「約束? なんのだ?」
「もし私が新しい発見をした場合、それを発表する役割です。そのためにはフレンドになっていただく必要がありますが、どうです?」
「唐突だな。なんで俺なんだ?」
「貴方はどこか今の自分に満足いってないように思ったからです。だから気分を変えるために別の仕事についてみたらどうかなって打診ですね。ちなみに君のお父さんも今の歳で新しいことに挑戦してますよ。挑戦することに年齢は関係ないんです。どうですか?」
「あの親父が? ……分かった。どこまでやれるかわかんないが、やってみる価値はあるかもな。しかしアキカゼさんの抱えてる情報ねぇ。ざっと思い出すだけでもヤバイやつしか浮かばないんだけど、本当に俺が扱って平気か?」
「それを踏まえての打診です。別にそれで有名になる必要もないし、成功させる必要もないんです。なにせ今の貴方は無名だ。気軽に自分の持ってる情報の感じで投げていけばいい」
「そう思えば気分はだいぶ楽になる。けど、その情報って表に出して大丈夫なやつなのか?」
「と、いうと?」
「俺も一応掲示板などで情報収集なんかはしてたりするんだが、どこまでまとめるかははっきり言って検証班程上手くねぇ。それに対抗するってんなら……」
「あ、対抗する必要とかないですよ」
「は?」
「単に私が今の掲示板事情に疎いのと、流れの早さについていけないので君にお願いしてるんです。それに検証班にも情報は流してますから、気負う必要は全くないです。貴方なりの解釈で大丈夫ですから」
「おい! 検証班も絡んでるなんて聞いてねぇぞ!」
「今言いました」
「このクソジジイ……」
「はっはっは。今の暴言は聞かなかったことにしてあげますよ。それでどうします? 引き受けてくれますか?」
ロウガ君にフレンド申請を投げかけながら問いかける。
彼は苦々しい顔ながらも受領してくれました。
「たまにはすべてを忘れて打ち込むことも大切ですよ? それではちょっと空の上まで行ってきます」
「余計なお世話だ、さっさと行ってこい。が、一応肝には銘じとく。引き受けた手前、なんとかしてやり遂げてみせるよ。期待しないで待っててくれよ」
「分かりました。では!」
ロウガ君は口調は悪いですが根は素直ないい子のようですね。
ジキンさんの教育には疑心がありましたが、まぁなんとかなりそうでよかったです。
体が軽すぎて何度か木から落ちそうになりましたが、空歩のお陰で事なきを得る。
これ、凄いです。孫の手前実用的ではないと言いましたが、あるとないとでは戦略に結構な幅ができるのではないですか?
特にマリンみたいに空中を動き回るタイプはありがたいですよね。ちょっとスタミナが大食い過ぎるところに目を瞑る必要もありますが。
頂上に着く前に何度か木にしがみ付いてはスタミナ回復。
いかんせん、空中に浮いてる時はスタミナ回復が一切働かないんですよね。動いてないのに不思議です。でもじわじわと雲の呼吸が成長してきてますので、いずれ空を飛ぶのがデフォルトになりそうです。いいですねぇ、ワクワクが限界突破しそうですよ。
「着きました。時間的には記録更新てところですね」
ほぼ空歩により足場確保と蹴り上げ、自然風の流れでの移動で頂上へ。途中珍しい植物や鳥などを見かけたのでパシャパシャと撮影していきます。
もし落下してもスタミナが続く限り空歩がありますし、木にしがみつけばスタミナも回復します。
こんなにありがたいスキル、プレイヤーに使わせていいんでしょうか?
それとも妖精関連者の特権でしょうかね? 多分そうでしょう。そう思うことにしておきます。
雲の上に足を乗せると、低反発なクッションのような心地が足の裏に伝わった。
これは領主邸で味わった海のクッションを彷彿させるふわふわ感です。
ただ構成はやっぱり雲なので、一つの塊として存在してくれてはいません。
まばらだったり、飛行機雲のように糸を引いていたりと様々です。
こんな時に役に立つのが空歩ですね。
あって良かったなんてものじゃありません。これがないと無理だった。それほどの存在感。
いずれ空を飛ぶのも想定してるような特殊スキル。
地下ばかりに目を向けて入られませんね。
一体この真上に広がる青空、雲の向こうには何が隠されているんでしょうか?
スイスイと空を泳いで行く。
が、やっぱりスタミナが足りずにどんどんと落ちていきます。
雲の上に乗っかれればワンチャンあるんですけどね、なにせ一向に妖精の国にたどり着かないんです。
上に飛ぶのと前に進むのでは難易度のことなることにいまになって気がつく。
で、私はというと、セカンドルナへ真上から降りてきてしまうのでした。それはもう大勢のプレイヤーからこれでもかと注目を浴びながらね。
私を中心に距離を取るように出来上がる人垣から見知った声がかかり、一人のプレイヤーが飛び出す。
マリンだ。
「お爺ちゃん!」
「おやマリン。さっきぶり」
「うん、そうだけどお爺ちゃん、空から降りてきたように見えたけど?」
「ちょっと空の上をお散歩してたんだ。けれどスタミナが足りなくてね。道半ばで落とされてしまったんだよ」
「もうどこから突っ込んでいいかわからないよ〜〜」
「さて、少し目立ってしまったが、私は所用があるのでもう行くよ。ユーノ君やサクラ君はどうした?」
「え? あ、うん。ユーノはおうちの用事があるから落ちたけど、サクラ君はクランメンバーから狩りに誘われて行っちゃった。私もログアウトするところだったんだけど、掲示板で騒いでたから現場を見にきたら、その人物がお爺ちゃんなんだもん。びっくりしちゃったよ」
「うん、済まないね。でもプレイヤーは空に上がることができるんだとこれで証明されたね。マリンはもし空を自由に飛べるとしたら、どんなことがしたい?」
私とマリンが語りながら歩き出すと囲っていた人垣が徐々に割れていく。マリンの有名人パワーか、それとも娘たちの圧力か?
どちらかわからないけど非常にありがたいことだ。
騒ぎを立てるよりも、私の話を聞き逃すまいと耳を傾けているプレイヤーの姿が多く映る。盗み聞きとは感心しないねぇ。
でも興味の対象になってしまった以上、最低限のことぐらいは喋るつもりだ。
取得したスキル、パッシヴ特化、そしてセカンドルナに隠されたダンジョンの謎。それらの触りだけを伝えてマリンと別れ、私はスタミナが回復するのを確認してから空を飛んで再びマナの大木へと向かった。
マリンは何か言いたげに私を見送ってくれていたけど、帰ったらちゃんと説明しないとなぁ。