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第31話 孫とダンジョンアタック⑤


 [ダンジョン・枯れた金鉱山B4]

 その場所四方を壁に阻まれた狭い部屋だった。

 部屋の対角線上には下へと降りる階段があり、それ以外は何もない。

 いや、あるか。壁に描かれた壁画こそが質問だ。

 しかし今までと違ってびっしりと書き込まれ、虫食い一つない。

 それ故に今までとあまりに違い戸惑いが強く現れる。


 この階だけ特別……なんてことはないだろう。

 何か意図があってこんな作りにしているんだろうなとは思う。

 しかしその意図がつかめない限りは足踏みをするしかない。

 パシャパシャとスクリーンショットに収めるも、4枚の壁画の言葉は同じような意味合いに捕らえられた。


 1枚目[答えは眼前にある]

 2枚目[答えは中央にある]

 3枚目[答えは現実にある]

 4枚目[答えは最奥にある]


 前や後ろ手前や中央。

 つまり部屋の中央に何かがあると言いたげにしているが、もちろんその場所にあるのはこの部屋に漂う空気だけ。つまり何もないことを意味している。


「何かわかった?」

「うーん、一応読み取れたけど、出題されている意味があまりにも理解不能でね。今読み取った文字をメールで送るよ。君達も一緒に考えてくれるかい?」

「うん、分かった」

「はい」

「分かりました」


 早速詰まってしまった質問に、私は藁にもすがる想いで孫達に画像を添付したメールを送信する。

 案の定、メールを受け取った子供達はちんぷんかんぷんと言った顔をした。私もそうだったからね。

 初めてちゃんとした、虫食いじゃない出題だったが、想像以上に手強い相手だと再認識する。


「うーん、なんだろう。この、バカにされてる感じは」


 マリンは過去に覚えがあるのか苛立たしそうな顔立ちで悩み始める。

 そこでユーノ君が声を上げた。


「あ、私分かったかもしれません」

「本当かい?」

「間違ってるかもしれませんが、いいですか?」

「もちろんだよ。今はどんな考えでも欲しいからね。みんなもこの質問の意味がわかったなら自分の考えを発表していこう」


 ユーノ君一人だけに恥ずかしい思いをさせるつもりはない。

 全員に同じことをさせると事前に言っておけば彼女も話しやすくなるだろう。


「では発表します。私はこれを写真に撮る前提で考えました」

「ほう。確かにぱっと見の文法は同じだ。古代語が読み解けなければそう思ってしまうのも無理はないね」

「はい、だからこの写真を合わせて1枚にしてみたんです」

「面白い発想だ。それでどうなったのかな?」

「新しい文字が浮かんできました。今その画像を送ります。アキカゼさんは解読後、私たちに送り返してもらえますか?」

「勿論、いいとも」


 送られてきた画像には『妖精』と記されていた。


「──妖精?」

「妖精がどうしたの、お爺ちゃん?」

「いや、解読した言葉が妖精だったんだ。なんでここにこの文字が記されているのかわからない。でも……いや、そうか。ここは妖精解放の関連場所だったか」

「もしかしてB1の声を聞けって妖精の声を聞けと言う意味なんでしょうか?」

「わからない。でもその可能性は高い。けどその前に5階に行ってしまおうか。考えるのは後にしよう」

「あ、お爺ちゃん。5階はボス部屋になってるんだ。だから探索はボス戦が終わってからになるけどいい?」

「それは勿論構わないけど、君達三人で大丈夫かい?」

「余裕♩」


 孫は胸を張りながら手に腰を当ててドヤ顔をする。

 では私はそんな孫の勇姿でも撮っていようか。

 たまには彼女をメインにスクリーンショットを走らせてみるのもいい。なんだったら次のブログは今回のことを載せてもいいし。

 そうこう考えているうちにボス戦へと流れ込む。


 私がパーティリーダーだから、私が足を踏み入れない限り戦闘開始の合図が出ないらしい。

 彼女達は戦い慣れている相手だろうが、私は初めての相手だ。


[クリティカル! モンスターの詳細データを獲得しました]


[エネミー:土精の怒り/スワンプマン型]

 耐久:600/600

 攻撃:溶解、振動、取り込み、スタンプ

 耐性:土属性、風属性

 弱点:水属性、火属性


「マリン、気をつけて! どうも普段とは違うモンスターのようだ。一見スワンプマン型のようだが、前回のイベントの強化型のような性能をしている!」

「どういうこと? ここのモンスターはランダムだけど性能はセカンドルナ準拠のはずだよ?」

「わからない。ただ、耐久が600にネームの前に土精の怒りと表記されている。もしかしたら中途半端に問題を解いた我々へのお仕置きモンスターなのかもしれない」

「まさかボス戦にそんな仕掛けがあったなんて!」

「でも耐久600ならなんとかいけるよね?」

「僕も戦闘に参加するよ。アキカゼさん的にはこれから何戦も想定しているみたいだし」

「本当だったらアキカゼさんを戦いに巻き込みたくなかったけど」

「大丈夫。危なくなったら私は壁にでも張り付いてるよ。これでも垂直移動にはちょっとした自身があるんだ。君たちに迷惑はかけないさ」

「そう言うことでしたら問題ないでしょう。マリンちゃん、いくよ」

「うん、お爺ちゃんには指一本触れさせないんだから。斬って、斬って切り刻むんだから。『アクセル』、『スライスⅢ』」


 マリンの言葉に怒気が込められる。

 手にしたナイフがキラリ光が覆われると、その身体がブレて消える。


「誘導は任せて。ユーノちゃんは詠唱を!」

「うん!」

「光よ集え『ライトニング』、『ライトニング』、『ライトニング』!」


 サクラ君の短い詠唱で三つの魔法が彼の手元から放たれる。

 それはスクリーンショットの光よろしく、強烈な閃光を三度浴びせかけた。

 どういった原理でこちらを視認しているか知らないが、一時的に動きが鈍る。


「ユーノ君、敵さんの弱点は水属性と火属性だ!」

「ならちょうど良かったです」


 彼女の目の前で手にしていた本が一人でに捲れていく。

 これはいつぞや見たサポートスキルだったか。

 彼女がロープの裾をはためかせ、差し出した右手から極光が生まれる。


「炎よ舞い踊れ『ドラゴンランス』!」


 龍の形を模した炎が螺旋を描き、エネミーの土手っ腹に風穴を開ける。しかしそれでも耐久を削り切ることはできなかったようだ。

 ノタノタとしながらも動き辛そうにしている。

 人形と言えど、体の中心を崩されてはバランスを取りようがあるまい。


「マリンちゃんに水の加護を『ウォーター』」

「ありがとうサクラ君。火の属性を付与されたエネミーの弱点は水だって相場がついてるもんね。その体で全部捌き切れるかな? 『水鳥乱舞』、二連ッ!」


 サクラ君の援護で、マリンの短剣に水色の光が宿る。

 その短剣でバレエでも踊るように短剣がスワンプマン型を切り刻む。

 二連と言う言葉の通り、一連の動作を切り返し行うことで累積ダメージを大きく取ろうと言うことなのだろう。

 だがまずい、相手のエネミーが大袈裟な予備動作をした。


「全員、その場でジャンプだ!」


 私の声かけと同時に全員がジャンプした瞬間、足元の地面がぐらぐらと揺れた。いくつかの床板が底の見えない穴の奥に消え去り、落ちたらおしまいだろうなと言う感情を植え付ける。


「何? なんなの? こんなの知らない。どう対処すればいいの?」



 今のマリンからは先ほどまでの余裕の表情は抜け落ちていた。

 まるで買い物中に母親を見失ってしまった幼子のように、不安げに周囲を見回していた。

 打つ手がない。定石が通用しない場合、今の世代はここまで脆くなるのか。だがそんな彼女を励まそうとかけられる声もある。ユーノ君だ。

 自分も怖いだろうに、賢明にマリンを励ましている。サクラ君に至っては自分に何が出来るかを考えていた。


「落ち着いてマリンちゃん。大丈夫だから。次で仕留めるから!」

「次波が来るぞ!」


 ドシンッと大きく床が揺れてまたもや床板の一部が大穴の底へと音もなく落ちた。

 もしかしなくてもこの状態、長引けば足場が全て抜け落ちるかもしれない。だから最悪の事態になる前に私はこの状況を打破できる人物へと歩み寄る。



「マリン、落ち着いてよく聞くんだ。このボス戦、早く終わるかどうかはマリンにかかってる」

「私に?」

「そうだ。今から作戦を言う。出来るか?」

「うん、やってみる……」


 所在なさげに動くその両眼を私に向け、彼女は私の言葉を聞き入れ、気を持ち直した。余裕なんてもうない。勝てる見込みもあるかもわからない。それが通用するって確証もない。

 けど、やらずに失敗を待つのだけは嫌だと、マリンは自分の足を突き動かした。


「『アクセル』『アクセル』『アクセル』ッ!」


 自身に速度強化を促すサポートスキル、それを三回連続でかける。

 己の限界を超えた移動速度で、攻撃の隙間を縫うように仕掛ける。

 ボスエネミーが両腕を振り上げた!


「やぁあああああああああ!」


 マリンの短剣はボスエネミーではなく、衝撃を与えていた地面を撃ち抜いた。

 振動を与えるべき場所はくり抜かれ、力を込めた腕はその場所へと嵌ってしまう!


「ユーノ!」

「これで、トドメ!『ドラゴンランス』二連!」


 詠唱を終えていたのか、ユーノ君の掌から極光が二連続で発射する。

 その直後に足から崩れ落ちた。どうやら今の詠唱速度を実行する上で相当の無理をしていたらしい。座り込んだ場所で肩を置きくゆらしながら深呼吸をしている。


[グォオオオオオオオオッ!]


 ボスエネミーが崩れ落ちていく。

 そして崩れ落ちた先で何か光るものを残した。


 ポーン

[スキルのかけら+10を手に入れた]


「これは……」

「ハズレボスにしては結構美味しい、かな?」

「次は間違えない。だよね、マリンちゃん?」

「もち! それとありがとうね、お爺ちゃん。私戦闘中なのに自分を見失っちゃってた。でもお爺ちゃんのおかげで自分を見失わずに済んだ。だから、ありがとう」

「誰でもはじめて挑戦するのは怖いからね。でも二回目は怖くないだろう?」

「うん。それでどうするの? もう一回ボス部屋行く?」


 マリン的にもスキルのかけらは美味しいらしい。

 ユーノ君やサクラ君もスタミナを回復させ次第再挑戦する気満々の様相だ。


「いや、一度戻ろうか。そろそろお昼ご飯の時間だ。この続きは午後にでもどうかな? 勿論、二人の都合がよければだけど」


 ユーノ君とサクラ君は顔を見合わせる。

 どうやら思いは同じようだ。


「「あの、お昼も参加お願いします!」」


 声を揃えて言う二人に、私はありがとうねと答えた。

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