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第26話 悪友以上ライバル未満


 VR井戸端会議[接続人数:3人]


 相変わらず朝のログイン人数は少ないですね。いや、固定と言ってもいい。近づいてくる人影は、どうも私待ちだったようだ。


「遅いですよ笹井さん。神保さんはもういらしてます。打ち合わせをしてしまいましょう」

「すいません、遅れてしまいまして」

「ああ、いえ。ただ丁度今取り掛かってる金属の精錬に難儀してましてね? その件で何かがつかめそうでつかめない。真っ暗闇に囚われてしまっているんですよ」

「へぇ、あの神保さんがねぇ」

「あの、と持ち上げられても私なんて偶然で肩書を手に入れたくらいでまだまだ若輩者ですよ。先人と比べられて恐縮してしまうほどだ」

「らしいですけどね。笹井さん、一体神保さんは何の金属に着手してると思います?」


 ジキンさんこと寺井さんはニヤニヤとしながら聞いてくる。

 これはまともに返すとバカを見そうだ。


「わかりませんね。なにせそういった素材にはからきし興味を抱きませんもので」

「いつもいつも思うのですけどね、あなたの抱く興味対象はあまりにとっ散らかりすぎている。付き合わされる方は溜まったものじゃありません。もっと私や彼のように一纏めにして欲しいものですね」

「善処します。して、答えは?」

「あなたの起こしたイベントで配られた合金のインゴット化に着手しているようですね。ダークマターやアダマンタイトは出来たようですが、ヒヒイロカネが曲者だそうで」

「なるほどなぁ。うちの娘達のクランでも大変だといっていたっけ。でもその二つはインゴット化できるのか。これは娘達にいい報告ができそうだ」

「あ! これは今回のクランで開催するイベントの特集記事にするんだから例え家族であろうと気軽に喋っちゃダメですよ? 口の軽いあなたのことですから、すぐにでもお家にコールしようと思っていたでしょう?」


 本当に目敏い。しかしそう言って注意してくれるからこれは本当に価値の高い情報なのだと理解できた。

 私はどうもそこらへんの情報価値というものを分かっていないので指摘は大変助かるね。

 でも言われた通りに振る舞うのは癪なので知らんぷりしましょう。


「あはははは。何のことですかね? それよりも寺井さん」

「あ、この人話をすりかえましたよ。まぁ一応聞いておきますけど、何です?」

「寺井さんは伝言掲示板というものはご存知で?」

「ええ、知ってますよ。それが?」

「どうも私の妻がそこに私宛にメッセージを残しているらしいんです」

「ははぁ、別々に暮らすから気軽にコールできないと子供に愚痴でも溢したのですか? その光景が目に浮かぶようだ」


 本当に目敏い。というか、まるで自分もそうだったと言わんばかりの口ぶりだ。


「すると寺井さんも?」

「ははは、何のことやら。ここに来て読書と称して漫画ばかり読んでる笹井さんにだけは言われたくありませんなぁ!」


 この開き直り具合は図星ですね?


「場所はご存知で?」

「勿論です。連れて行ってあげましょうか?」

「お願いします」

「あ、私も行きますよ。少年探偵アキカゼですよね? 確かあの作品でも空想とはいえ精錬の方法が載っていた気がします。いまはそんな些細な情報でも吸収したいですから」

「えっと?」

「あなたが足繁く通ってたコミュニティ会館あるでしょう?」

「はい、目的地は二階の図書室でしたが」

「あなたの求めている場所の目的地は1階ホールの受付脇です」

「ええっ!?」


 灯台下暗しとはこの事か。

 道理でこの人が乗り気で案内してくれる訳だ。

 危ない危ない。

 何度も通ってるくせに見逃していたと、少年探偵アキカゼと比較して弄るつもりでしたね?

 とんでもないトラップを仕掛けてくる人だ。


「行かないのですか?」


 一人ブツブツと考え込んでいた神保さんが立ち止まり、言い争いに発展しそうな私と寺井さんを見比べて声をかける。

 お互いに顔を見合わせ、私達は競争ですよと我先に駆け出した。

 気持ちが童心に帰った気分になるが、ここは別にゲームの中のようにアシスト機能がついてないので駆け出したはいいが、道中で心肺機能が悲鳴を上げてホールに着く前に二人してへばった。

 それを見て神保さんは呆れた声を上げる。


「何してるんですか、いい歳した二人が」

「「負けたら悔しいので」」

「笹井君らしくないなぁ。いや、競い合えるライバルができたと喜ぶべきなのかな? 君は昔から一人で突っ走る男だった。その年になってようやくついて来れる人物が現れたという訳だ」

「私はごめん被りたいのですがね、ですがいつのまにか巻き込まれてしまうんです。この人はそうやって他人を巻き込むのがお上手だ。私には制御できる自信がない」


 声をハモらせて言い合う私達を、神保さんはクツクツと肩を揺らして笑う。それに対して寺井さんは苦虫を噛み潰した表情で唸った。

 人をまるで迷惑行為の達人のような言い様に少しだけ腹が立つ。

 が、事実なので私は口を噤む事しかできなかった。


「うん、なんとなく君たちは似たもの同士のようだ。笹井君は私達の世代の中ではなかなかにやり手でね? 優秀なのだが、残念な事に彼のやる気についていける人物がいなかった。ところが寺井君は文句を言いながらもしっかりとついていっている。これは貴重な人材だよ、笹井君」

「そうなのですかねぇ。ただのお節介焼きなだけだと思うのですが?」

「お節介を焼いてくれるだけマシと思えばいい。私の周りにはそういった人物は寄り付かなかった。純粋に羨ましいよ。私のライバルと言えばもう故人ばかりだ。生きて話ができるというのはそれだけ貴重なんだ。覚えておくといいよ」

「肝に命じておきます」

「あれ、これって私は褒められてるんですかね?」


 目をパチクリさせて寺井さんは戸惑う。


「多分そうだと思いますよ。神保さんは昔からこんな人なんです。同年代の中でも子どもらしくない、大人びた思考をしていて浮いてましたから」

「酷い言われようだ。後で昭恵さんに報告しておこう」

「ちょっと、陽介さん、それだけは勘弁してくださいって!」

「ははは、冗談だよ」

「冗談に聞こえませんよ、もぅ!」


 寺井さんとはこんなにも言い合えるのに、昔の自分を知ってる神保さんには頭が上がらない。

 特に妻である昭恵を取り合った仲で、今でも連絡を取り合う。

 と、いうのも陽介さんの奥さんが妻の同級生なのだ。

 だから家族ぐるみでよく一緒にご飯を食べに行ったりしている。

 その結果もあってお互いの子供同士の仲がいいのはいい事なのかどうか。


「それじゃあ私達は図書室に行ってるよ。君は連絡掲示板だろう?」

「寺井さんは?」

「また一から読み直しするのもいいかと思いまして」


 私に感化されて少年探偵アキカゼを読むつもりですね?


「変な折込癖つけないでくださいよ?」

「データ化してあるので大丈夫ですよ。そんなところだけ心配性なんだから」


 二人が階段を登っていくのを見送りながら、私は妻の書き置きを画面を下にスクロールして探す。


「あった。これか」


 最新の日付は一週間も前だ。

 丁度イベント真っ最中の時。そこに記されていたのは、私が娘に迷惑ばかりかけてないか心配だという愚痴だった。

 彼女は昔から私を大きな子供扱いしてきた。

 言い返せないほど子育てを放任してきたので、私は彼女に頭が上がらないのだ。

 スクロールしていくうちに、彼女の懺悔の言葉を見つけてしまった。


 それが私の意思を聞かずに今回の引越しを決めてしまった事だ。

 彼女としては私と会話をしてもすぐには頷いてくれないだろう事、その他諸々の事情が記されていたが、その多くは私についての心配だった。

 彼女は心配性なんだ。私に負けず劣らず心配性で、言葉だけでも私を思ってくれる態度に胸が熱くなる思いだった。


「会いたいな。あって話がしたい」


 コールでの連絡がつけにくいからこその伝言掲示板。

 私は最新の日付に妻に当てて今の気持ちを書き記した。


 『お昼に会いに行きます。何時ごろログインしていますか?』


「これでいいかな?」

「お、終わりました?」

「ええ。神保さんは?」

「とっくにAWOにログインして行きましたよ。これだ! って言ったきり勝手に落ちて行きました。笹井さん以上に自分勝手なんですからびっくりしました。私は一応ログアウトする前に一声かけようと思いまして」

「そうですか」


 やはりこの人は私に丁度いい人のようだ。

 普段は小憎たらしいのに、機微に聡いのが憎みきれない理由だろうか?

 妻に紹介したら驚かれるかな?

 彼女はいつも私の人付き合いに気を遣ってくれていたからね。


「寺井さん、お昼はこちらにログインしますか?」

「うーん、昼は孫との憩いのひと時に当ててるんですが、どうしてもというんならログインしてあげても良いですよ?」

「じゃあやっぱりいいです」


 なんだろう、そのニヤついた顔を見てたら紹介するまでもないな、という感情が浮き上がってきた。

 彼は「なんて自分勝手な人だ」と憤慨していたが、ひとしきり笑うと「実にあなたらしい」とニヤリと笑ってログアウトしていった。


 何というか、彼とは馬が合うが友達以上、ライバル未満の気がしてならないんですよね。

 陽介さんの言葉を疑うわけではありませんが、あの人は、悪友ポジションだと思うんです。


 だからでしょうかね、こんなに毎日が楽しいのは。

 妻と離れ、軽いホームシックにかかるかどうかというかというところでの出会いに、感謝しても仕切れないでいる。


 さて、私も落ちないと。

 午前中は特に用事がないのでマリンに付き合うとして。

 その前にコールを入れておこうか。

 私はVR井戸端会議から出ると、AWO内にいるであろう、孫に向けてコールを飛ばした。

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