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第20話 徘徊型レイドボス


 ログインし、外へと歩くと私の前を遮るような巨体が!

 日差しを遮って現れた殺意のこもった視線が私の体を射抜いている。

 凍りつく時間。そしてやけにうるさく聞こえる心臓の男が、自分の死期を悟らせるようだった。


「出かけるくまー?」

「あ、ああ。くま君でしたか。今日もお付き合いしてもらえるんですか?」


 高鳴る鼓動を抑えつつ、なんともない風に構える。

 なんの準備もなく目の前にリアルのくまが突然現れたら誰だってびっくりするものだ。本人に悪気が一切ないのが尚更心臓に悪い。


「ついていくくまー。でもロウガから聞いたくまけど山の上に行くくま?」

「それが本日の目的ですからね。一緒にどうです?」

「木の上くらいなら登れるくまけど崖を登るのは無理くま。遠慮しておくくま」

「それは残念です。では目的地までお願いしますね?」

「くまくま」


 周囲から浴びせかけられる驚愕の視線を無視して私たちは進路を迷いの森の北側に取る。

 戦闘フィールドに入ってもくま君が軽く手を振るうだけでエネミーは霧散し、勢い余って飛び散った泥がこちらに飛んでくることもあった。

 事もなげに繰り出される残虐ファイトに冷や汗をかきながら私は目的地までたどり着く事ができた。

 そこは見上げた先に少し開けた足場があるくらいで連続した崖のような道とも呼べぬ断崖絶壁。


「それじゃあここまでくまね。ここを登ろうって思えるのがすごいくま」

「うん、いつも私のワガママに付き合わせてしまってすまないね」

「帰りはどうするくま?」

「家族にでも迎えに来てもらうさ」

「それじゃあくまは帰るくま。バイバイくま〜」

「うん、またね」


 一段登った崖の下でくま君がこちらに向かって手を振るう。

 のっしのっしとくま君が離れていく姿を見送り、ようやくひと心地つく。

 ふぅ。悪い人じゃないんだけどね。二人きりだと余計に心臓に悪い。いつ食べられるかとヒヤヒヤもんでしたよ。


 それでも、みんなに迷惑をかけて自由な時間を過ごす事ができている。この時間を大切に使わなければ。

 手を伸ばした先の岩を掴み、一歩又一歩と足場を駆け上がっていく。


「よっ、ほっ、はっ、ほっと」


 木登りとは違い、基本的には足場に困らない。

 まるで連続したミニゲームのような感覚である。

 一面、二面とクリアしていくたびに足場が少なくなり、少し背伸びしたり助走をつけたりしないと届かない足場があったりと頭を悩ませる要素もあった。

 面白い。純粋に登山を楽しむ自分がいる。

 それでも終わりは来るもので、どざえもんさんと登った山脈の裏側と同じく雲の上まで届く山脈とは違うようだった。


「ここで行き止まりか」


 残念という気持ちは然程ない。

 本命は別にあると知っていて、ただ登ってみたかったという自己満足を満たせた。それでいいのだ。謎を謎のままで残したままにしておくのはなんていうか後味が悪いじゃないか。だから何もないことを確認できてよかった。そう思っておくことにした。


「さて、せっかく来たんだしマリンにお土産としてスクリーンショットでも……ん、なんだ?」


 手を鉤括弧で括った視界の先、何かが一瞬横切った。

 つい先ほどまでは何もなかった景色が急に別のもののように思えて来る。陽光が照り返す山肌はモヤがかかっており、元来た場所がわかりづらくなっている。

 これもまた木登りとは違うものだ。木はロープをくくり付けて真っ直ぐ降りればいいが、山登りの場合は移動したルートによって下山するときの難易度が大きく変わるのだ。


「まさかまたしてもフラグが立ったか? いや、まさかね」


 パシャパシャとスクリーンショットを写していくも、やはりなんともない。


「やっぱり気のせ……い?!?」


 今度は私のいる場所、上空から陽光を遮るほどの影が落ちる。

 まるで山ほどにある巨体のような物体が真上を通っている。

 しかし真上を見ても私の目ではそれを捉えられない。

 スクリーンショットで覗き込むと、ようやくそれの全貌が見えてきた。


 最大望遠で最初に確認したのは水掻きだ。大きな大きなヒレのようなものも見える。

 ただひたすらに馬鹿でかいそれは魚のようなシルエットをしていた。


 目に見えないけど巨体で魚?

 そんなものがどうやってこの場所に生息しているのか。

 考えてもキリが無い。私は情報を収集するため可能な限りスクリーンショットを撮りまくった。

 すると……


[クリティカル! 空鯨グラジオのデータを獲得しました]

 耐久:5546932000

 攻撃手段:自己強化の咆哮、石化の魔眼、重力操作、ボディプレス

 弱点:なし

 備考:エンカウント型レイドボス

 挑戦条件:ナビゲートフェアリー解放後


 これはまた、とんでもない情報が出てきましたね。

 なんでこんなのが居るんでしょう。ここ、まだ二番目の街ですよ?

 運がいいのか悪いのか、まだ挑戦条件を満たしてなかったので敵視されませんでしたが、一応娘に報告を入れておきましょうか。

 さらさらとメールに画像とクリティカルで抜いた情報を添付して、送信っと。


 それを受け取ったのかすごい速さで娘からコールがかかってきた。


『ちょっとお父さん、何あれ!?』

『そんなもの私が知りたいよ。ただ挑戦条件はまだ未解決らしいから安心してくれ』

『それで安心できるんなら苦労しないわよ。あー、知りたくも無い情報がどんどん手元に集まって来るわー』

『難儀だね。前まではあんなに情報を欲しがってたというのに』

『ちょっと知ってたら得意になれる範囲のならね』

『私の情報はお気に召さないと?』

『ちょっと理解するのに脳が理解を拒むくらいには大きな爆弾ばかりで処理が追いつかないのよ』

『いっそこれを今度のブログのネタにしようと思うんだが良いだろうか?』

『ああ、マリンから聞いたけど検証班の子フレンドに入れたんだって?』

『うん。将来ジャーナリストになるって大きな目的を持ってるようだったからね。彼女なりの答えが聞けると思って誘った。だから私が誘った彼女が私から手に入れた情報をどのように扱うか非常にワクワクとしているよ』

『あんまり苛めないであげてよ? マリンと同じでまだ中学生の女の子なんだから』

『心得てるよ』

『心得てて不用意にこんな爆弾落として来るから心配してるのよ!』


 その言葉を最後にパープルからのコールは途切れてしまった。

 少しからかいすぎてしまっただろうか。

 でも否定の言葉はなかったので次のブログのネタはこれに決まりだな。

 ハズレと思った今回の登山にもこう言った隠し要素が残されてるからバカにできないんだ。

 マリンの方も何か見つけただろうか?


 お昼のログインは時間いっぱいまでブログを書き込み、マリンと連絡を取り合って帰り道の護衛をしてもらったりした。

 彼女は私のブログを見て、今日の探索だけで諦めてちゃダメだよねと次の探索ももう少しやる気を出すぞと元気一杯答えてくれた。


 他の子達の書き込みを待ちつつ、私もログアウトした。

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