馬車での移動は非常にゆっくりとしたものではあるが、こちらでの操作はできずに勝手に目的地まで着く物のようだ。
ナガレさんの馬車に同行した時は自分で運転した訳ではないのでよくわからなかったが、出発前に選択肢で目的地を決めると勝手に馬が歩き始める感じだ。
「オクト君は馬車には乗り慣れてるのかい?」
「ええ。多人数で移動する際にはよくお世話になります。個人で借りれるやつもありますが、それだと人数が制限されますので僕たちは主に商業ギルドから借り入れて使ってます」
「個人用と商業でそんなに違う物なんだ?」
「自家用車と大型バスくらいの差ですね。今でこそバスなんて乗りませんが、こういった場所で乗り込むことに趣があるんですよ」
「なるほどね」
「と、見えてきましたね」
「そのようだ」
時間にして20分かかるかどうかというところで領主邸前までたどり着き、門の前で一旦止まった。
「さて、門はどのような反応をするんだろう」
それは一瞬のことだった。
地面そのものから熱源を感じ取り、何かを調べられてるような光の照射を受けていた。
時間にしておよそ数秒の出来事である。
視界が揺らいだかと思った次の瞬間、馬車は動き出していた。
門は閉じたまま、馬車が動く。
このままではぶつかってしまうと思った瞬間、目前に迫った重厚な門をすり抜けて私達は内側へと案内されていた。
御者台の横にいたオクト君が呟く。
「ホログラフ……この門は投影によってそこにあると思わされていたホログラフだったみたいです」
「それはおかしい。私達が調査した時、あの門はしっかりとした重さと硬さがあった。押しても引いてもびくともしない、そんな屈強さを持っていた」
「ならその説明は内側で聞いてみようじゃないですか」
「そうだね。素直に教えてくれるといいんだが」
馬車は勝手に動き、領主邸内の庭園を順路にしたがって周りやがて入り口へと寄せられた。
「降りろということかな?」
「でしょうね」
まず最初に私が降りる。馬車に変化はない。
次にオクト君が降りた。御者に人がいなくなったのを確認して馬車が一人でに動き出す。どうやら馬小屋に帰るようだ。
これは見た目こそ馬だが本当に馬なのだろうか?
ゲームだからか動物の匂いもしないことにそういう物だと思い込んでいたが、果たして本当にそうなのだろうか?
明らかに動物らしさのないその行動に疑問が尽きない。
なにせ出発から何から何までオートだったのだ。
まるで現実社会の技術がそっくりそのまま使われてるような既視感が私を襲う。
「お義父さん」
「ああ、今行く」
オクト君に呼ばれて我に返った。あぶないあぶない。うっかりここまできて考え事に集中するところだった。
呼ばれているのは私なのに、付き添いできてくれた彼に迷惑をかけてはいけないよね。
呼び鈴を鳴らすと玄関が一人でに開く。何かお化け屋敷のような歓迎方法に少しだけ戸惑いつつも私達は領主邸へと入り込んだ。
一歩入った先はエントランス。一階から二階に上がる上り階段が左右にあり、二階から一階の入り口が一望できる形になっていた。
そこにローブを纏った一人の男が備え付けられたソファに座り、腰を上げると来客である私たちに向けて声をかけてきた。
「ようこそ私の邸宅へ。弟から話は聞いているよ。なんでも家宝の解読をしてくださったとかで。一族を代表して礼を言わせてもらおう」
「こちらこそ。この度は謁見に応じてくださりありがとうございます」
「いや、なに。これくらいの事ぐらいはさせてくれ。来訪者は我々の技術にのみ焦点を置くが、貴殿らは違うようだ。長旅で疲れたろう、もてなしの準備をしている、好きな場所に腰を下ろしてくれ」
「お言葉に甘えまして失礼させて頂きます」
領主様の着席の言葉を聞いてからソファへ腰を下ろす。
「うおっ、おぉ……」
そのソファにまるで包み込まれるようにして沈むと、ゆっくりと浮上するように体が浮き上がった。
ああ、これは覚えがある。まるで水の中にいるような感覚に近い。
海底歩法を手に入れてからは感じなくなったが、人の体は水に浮く物だ。その時の浮き上がる感覚に近かった。
「ふふふ、驚いたろう。それは一見ソファのように見えて厳密には水なんだ。水をソファの形に押しとどめている物なんだよ。今の時代にとってはオーバーテクノロジーと言われているが、我々一族にとっては見慣れた物だ。存分に堪能していくと良い」
心底可笑しそうに一笑いすると、領主様は私に表情を綻ばせて語りかけてきた。オクト君は横にいるものの、存在を認められてないように私にのみ話しかけてくる。
これはあれか、許可証を一人持っていれば中には複数人入れるけど、領主は許可証を持った人としか会話をしない縛りでもあるのだろうか?
「これはまた遊び心にとんだ品ですな。一本取られました。しかし座っておきながら水に濡れないとは画期的ですね」
「これは異なことを。濡れてしまっては椅子としての機能を果たせないではないか」
「おっしゃる通りで」
軽いジャブの応酬ですっかりと口が回ってきたところで、中央に置かれたテーブルが開き、湯気の立つティーカップが迫り上がってくる。
私と領主の前にのみ。このことから察するに、やはりオクト君はカウントされてないことになっている。
どうも先ほどから無視されている気がしていたが、確定したようだね。フラグはやはり許可証を託された人物のみか。しかしパーティを組んでいれば侵入は可能のようだ。問題はこれをどう扱うかだが、正直私は秘匿しているであろうミスリル鉱石にはなんの興味もないんだよなぁ。
差し出された紅茶を領主様が飲むのを確認してから頂き、目をパチクリとさせた。
なんだこれは。まるで搾りたてのフルーツジュースのようにフルーティで、しかし紅茶特有の渋みがある。
一口ではわからないと二口目は目を瞑って舌の上で転がしてみる。
「おぉ、これは面白いですな。口の中で様々な味に変化する」
「来訪者になら受けてくれると思った。しかし空気に触れているうちは薄い味で、密閉空間でのみ味が変わるものなんだ。飲み込むタイミングが非常に重要でね。私は何度も悔しい思いをしたものだよ」
言われて気づく。確かに味が変化して面白いが、飲みたいタイミングがさっぱり分からず四苦八苦する。しかし数回飲み込めば不思議と口の中には紅茶特有の渋みだけが残った。残念な気持ちになりながら口をつけること数回。気づけばカップは空になっていた。
テーブルに置けば勝手に回収され、新しく紅茶の入れられたカップが迫り上がってくる。ここまで一切人の手はかからず、オートでなんでもできてしまっている。
広い屋敷に住んでいながら領主以外の人物が住んでいない理由はここだろうか?
「なかなか面白い品でありますが、少し残念ですな」
「ふむ。何故残念だと思う?」
「こういった品は大勢で分かち合うものだと思っているからです」
「しかしそれは出来ない」
「でしょうね。これはここから一歩でも出たら提供不可能になっている。領主邸特有のものだからですね?」
「そうだ。それと招かれざる客も本来なら許可していない」
領主様の視線がオクト君に刺さる。
どうやら全く無視されてるみたいでもないようだ。
「それも分かっています。そろそろ本題と行きましょう」
「そうだな。我が一族の恩人が何を望むのか。それを聞かねば話が進まない所だった」
「なに、簡単な事ですよ。私にこの領主邸の敷地内を自由に散策できる許可を欲しいのです」
私の発言に、先ほどまで温厚だった領主様の視線が、明らかに警戒を促すものに変わった。