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第2話 ボディーガードはくま


 人の行き交う雑踏を不躾に目配せしながらベンチに腰をかける男が一人。私だ。

 今絶賛不審者扱いされても免れない行為をしているのは、予定の時間になっても現れないジキンさんのせいでもあった。


 そんな折、周囲からざわつく声。声が悲鳴に変わり、人垣が割れ、そこから出てきたのは二足歩行する熊だった。

 胸には立派な三日月のエンブレムを浮き出させたツキノワグマである。


「や、おまたせしましたハヤテさん」

「くまくま。この人がとーちゃんのお友達くま?」

「そうだぞ、粗相のないようにな?」


 全長3メートルはありそうな巨体の横で、偉そうにふんぞり返るる我らがジキンさん。

 とーちゃんと言ってる時点で彼の息子さんかな?

 ギン君の時も思ったが、彼のご子息達はいちいちキャラが濃いなと実感する。ジキンさんの顔は薄味なのに、おかしいな。


「おや、今ハヤテさんの方から余計なことを考えていた念波を受け取りましたよ?」

「くまー?」

「そうやって威圧をかけるのはやめてくださいよ。失礼しました、これで良いですか?」

「本当なら許さないところですけど、ハヤテさんには言っても無駄なので許します」

「凄いくまー。とーちゃんが初手でゲンコツを落とさないところを始めてみるくまね」


 見た目の怖さに相待って、このキャラの緩さよ。


「ところでそちらの大きな方は?」

「息子です。こんな形して二児の父親なんですよ。口調はロールプレイって事で許してやってください」

「くまー。くまは森のくまって言うくま。さんをつけてちょうど良くなる感じにしたくまね」

「くま君ですね、私は先ほどジキンさんに紹介された通りハヤテ。アキカゼ・ハヤテです。以後よろしくお願いします」

「くま!? とーちゃんの知り合いだったくま? びっくりくまー」


 くま君は口元に手を当てて目を丸くした。

 行動がいちいち可愛らしいが、その瞳は野生の熊そのもので実際怖い。


「……彼は一体何を言っているんで?」

「その事でも相談があったんです。こいつはそのボディーガードに連れてきました。こんな見た目でも結構強いんですよ?」

「いや、ナリだけ見て強そうに思いますけど?」

「口調がこんななので案外舐められるんだそうです。本人談では」


 親指で後ろに佇むくま君を指し、なんて事ない風にいうジキンさん。


「こいつが入れる店はこの街にはないんで、外にいきましょう。こっちです。あ、ついでにパーティ申請も送っておきます」

「よろしくくまっ」

「はい、よろしくお願いします」


 ジキンさんから送られてきたパーティ申請を受諾し、メンバーの一員となる。

 会話はここからパーティコールとなり、ようやくジキンさんの行動の意図が掴めた。


「ハヤテさん、息子から聞いた話ですが、貴方狙われてるみたいですよ」

「ああ、検証班からですね?」

「知っていたんですか、人が悪いなぁ」


 ジキンさんは呆れたようにおでこに前足を乗せる。


「娘や孫からそういう人たちがいるって噂を少し。しかしくま君を用いる程の強硬手段を仕掛けてくるような人達なんですか?」

「わかりませんが、長男があんな風に落ち着かない顔で進言してきたことなんて奥さんが浮気を疑って探偵を雇った時くらいのものでしてね。

 あの時は大変だったなぁ。まぁ私と似たような女性を愛したあいつの考えの甘さが招いた結果ですから、そちらは気にしなくても構いません。けど、そのレベルの厄介さを匂わせてきましてね?」


 ジキンさんは鼻を鳴らしながらそう宣う。

 ご長男に対しての信頼が透けて見えますね。

 それにくま君の素の怯えようから普段どんな躾方をしてるのかよくわかります。なんですかこの人、人が良さそうな顔しておいて中身はカミナリ親父じゃないですか。それでよくレディファーストとか言えますね。


「おっと、そのジト目はなんでしょうねぇ? いえ、言わなくともなんとなくわかりますよ。きっと悪口を言ってるんだ。ハヤテさんはそういう目をしてる」

「とーちゃん、凄いくま。目を見ただけでわかるくま?」

「僕くらいになればね。お前もそういう目を養えよ? 仕事でも役に立つ」

「頑張るくま!」


 酷い言いがかりを見ました。

 それにくま君、こんな人に合いの手をを打たなくても良いんですよ? いくら親子と言えど。

 あと顔が怖いのでもう少し遠ざかってくださると助かります。

 ええ、そのくらいがちょうど良いです。

 近すぎると圧力に当てられて食べられそうになる錯覚に陥るんで、ええ、本当に勘弁してください。さっきから心臓が痛いくらいに響いてるのはきっと気のせいじゃないですよね。


 冷や汗をかきながらくま君と交渉する。

 くま君自体はすごく良い人なんですけどね、やっぱり見た目って大事なんだと思います。


 道中は道ゆく人からガン見されたりしましたが、くま君のインパクトが強過ぎて私が噂のアキカゼ・ハヤテその人であると気づかれないのは良いですね。

 ただ同時に「そんな熊放し飼いするなよ」という非難の目は飛んできますが。


「だいたいここで良いでしょうか? くま、周囲に威圧をかけておいてくれ」

「オッケーくまー」


 彼から放たれる威圧で周囲の木々から鳥が羽ばたいて行くんですが、それって本当に威圧ですか?

 プレイヤーが何名か呼吸困難になってこっちを恨みがましく見てくるけど、本当に?


「さて、ハヤテさん。僕たちの家族はハヤテさんを非常に気に入ってくれています。そんな彼らの申し出は、ただ一つ。貴方の後ろ盾になれることだと誓ってくれました」

「後ろ盾、ですか? 非常にありがたいお話ですがなんでそこまで?」


 そこでようやく目を伏せ、ジキンさんは淡々と語りました。


「ロマン、ですかね」

「浪漫?」

「男だったらここぞというタイミングに状況を打破する新武器を持ってきてくれる情報通やサポーターをどう思います?」

「憧れますねぇ。少年探偵アキカゼの助手、早風トリマーなんかがそうでした。ピンチの時、強力なアイテムを持ってきてくれて、それで難事件を解決してくれるんですよね」

「そうです。そのトリマーの姿をハヤテさんに感じ取っているんですよ」

「ふむ。いえ、悪くはないですね。こんな私なんかがそのポジションに立って良いのか困惑してしまいますが」

「完全に名前負けしてますもんね。アキカゼハヤテは常に自信満々でどんな難事件も諦めずに解決して行く。そこへ当時の我々は強く心を打たれた」

「ええ、そうです。彼のあきらめない精神が私の社会に出てからの心の支えになったこともいくつかありましたね」

「息子達は貴方の背中を見て、貴方の力になりたいとそう願い出た。それで貴方の役に立てるならなんでも言ってくれとも」

「勿体無いお言葉です」

「息子達は少年探偵アキカゼを知りません。世代ではないですし、再放送もされてませんから。けれど、その意思を継ごうと闇雲に足掻いています。そんな彼らの申し出、受け取ってやってくれませんか? イベント限りのお付き合いだけにはしたくないんだそうです」

「そうですか。私なんかがどこまでお役に立てるかわかりませんが、是非そのお話を詳しく聞かせてください」

「ありがとうございます。息子達もきっと喜ぶ事でしょう」

「あ、でも。情報の優先順位は家族が先ですからね?」

「それもわかっています。彼らは力こそあれど、その力の使い道がわからず迷っていたんです。そこで貴方と出会い、確信したそうだ。

 ハヤテさんと一緒なら、きっとこの力も役立ててくれるだろうって。

 現にイベント後は彼らのクランは見直されたんです。

 PKの居る自分勝手なクランから、意外と高い戦力も揃ってて頼りになるクランだって」

「ありがたい限りです。何もしてないのに、私ばかりがこんなに貰いっぱなしで良いんですかね?」

「ハヤテさん……」

「なんですか?」


 ジキンさんは私の顔を見るなり頭痛を訴えるように額に手を置いて、唸った。


「我々日本人にとって謙遜が美徳とは言いますが、あれだけの騒ぎを起こして置いてなおかつあんな偉大な発見をしておいて何もしてないは度が過ぎますよ?」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。僕なんて貴方の知り合いだってだけで結構な数の迷惑メールがきてるんですからね?」

「へぇ」

「なんでしょうね、この人のマイペース加減は。いえ、それがハヤテさんらしいんですけど。くま、この人はこういうちょっと抜けてる人なんだ。真面目に付き合うと馬鹿を見るぞ?」s

「くまは付き合いやすいくまけど、とーちゃんがそう言うなら気をつけるくま」


 くま君は素直すぎて将来が心配になるなぁ。

 いや、これはロールプレイなんだっけ? 

 でもジキンさんの返しを見る限りでは素っぽいし、どっちだろうか?


 なんだかよくわからないうちに私に強力な後ろ盾ができてしまっていた。

 結局あのあとは予定どおりジキンさんのスキル上げに時間をとられ、ログアウトした。マリンには急用ができたと平謝りして、次のログインを埋め合わせに当てることで機嫌を直してもらったよ。


 娘にその事を報告したら目を丸くして驚いていたっけ。

 ありがたいんだけど、過剰に持ち上げ過ぎじゃないかなぁ?

 申し出はすごくありがたいけどね。

 私はもう少し身軽な旅が良いんだけどねぇ。

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