スズキさんと泳ぐこと数分。
突如流れていた穏やかな景色が凍りつき、ガシャンと割れた。
このエフェクトは確か……
「ハヤテさん、僕の後ろに」
前に出るようにしてスズキさんが私を隠そうと手で抑えてくる。
「スズキさん、平気ですか?」
平穏を望む貴方が。
「水中は僕のテリトリーですから平気です。でもハヤテさんは……」
孫から聞いたのだろうか?
お察しの通り私は攻撃手段を持ち得ていない。
ここは大人しく引き下がっていた方が良いだろうね。
水中を泳ぐというよりただ流れているソレは、今まで遭遇してきたボール型ではなく人の形を模していた。
「知っているタイプですか?」
「いえ。僕はこの水域で戦闘は初めてです。逃げた方が得策ですが……」
ちらりと周囲を見渡せば、ゆっくりとだがこちらに迫る数体の影。
つまり向こう側から敵と認識されたのだ。
散漫な動きではあるが、どれほどの攻撃力を有しているのかわからない。それと同時に、戦闘において逃げたという行動をとったプレイヤーが今までにいないということが気がかりになっている。
「分かりました。精一杯サポートします」
「何を?」
困惑するスズキさん。
そういえばブログにはこの情報を記載していなかったね。
木登りすることに夢中でそれどころじゃなかったというのもあるし。
「スクリーンショットにはこういう使い方も有るんですよ!」
パシャリ、パシャリと対象に向かって連射し、そしてクリティカル。
情報を抜いた私はスズキさんに指示を出す。
[スワンプマン型の情報を獲得しました]
耐久:500
攻撃手段:取り憑き、捕食、擬態
特殊技能:成り代り
(捕食したプレイヤーのログイン権を一つ消費し、勝手に行動する)
※その際に生じるアイテムの紛失、所持金の減額は巻き戻しされません
[クリティカル! 弱点情報を獲得しました]
弱点:真水、聖水、真空
これはやばいですね。ボールはただの突進攻撃でしたが、こっちはログイン権を勝手に消費するタイプです。その上アイテムや残金を勝手に消費される面倒な奴です。これは連携を乱すパターンですね。
しかしどこまでそのプレイヤーに似せてくるのか分かりません。非常に厄介です。
「スズキさん、攻撃手段は?」
「水中戦闘は近接主体。それと水中時にのみ威力を増す水鉄砲があります。こちらは中距離で遠距離攻撃手段はないですね」
つまり単体戦闘に向くって意味ですよね。
対して相手は低く見積もっても4体。
多勢に無勢という奴です。
「スズキさん、残念ながら逃げた方が良さそうです。相手は格上だ。捕まればそれで終わってしまう」
「スクリーンショットで何を見たんですか?」
「モンスター情報と攻撃手段。それと弱点情報です。スズキさん、ここの海域を真水にする手段を持ち得てますか?」
「無いですね。僕のスキルは海中遊泳が中心です」
「ならば対処法はありません」
「ハヤテさんがそう言うなら従います。相手があの遅さなら振り切れるでしょう」
「はい、ではそういうことで」
手を繋ぎ、振り切ろうとバタ足の速度を上げた。
案の定、水中での動きの遅いスワンプマンタイプは振り切れた。
しかし逃亡した先でまたもや戦闘演出が入り、私達は戦闘フィールドに囚われた。
今度はボールタイプ。
しかし紫色の結晶を見に纏ったタイプで、強化型。
「この相手ならダメージは通ります。しかし強化型、特効武器は銀だそうです」
「そういえばマリンさんからこういうのをもらってました」
スズキさんはその武器をアイテムバッグから取り出す。
それは先が三つの別れた矛だった。
槍と言うよりは漁の為の銛に近い。
アイテムデータをスズキさんから貰うと、そこには『銀の矛』と書かれている。しかし彼女のスタイルは近接格闘。棒術とは道理が違う。
「スズキさんは棒術の心得はお持ちですか?」
「護身術程度ですね」
「ならば挑戦だけしてみましょう。向こうは水中戦闘はお手の物らしいですし」
私達を囲うようにして、ボール状のモンスターはそれなりの速度で牽制してきていた。
「攻撃パターンは私が予測します。スズキさんは対処をお願いします」
「はい!」
先制攻撃をしてきたのはボール型。
強化型は一体だが、他の二匹を統率しているようで、牽制攻撃は通常個体が行うようだ。これも新しい情報だな。あとで娘に渡しておこう。
「突撃姿勢、二体来ます!」
「この距離なら任せてください『水鉄砲』!」
スズキさんに向かう二つのボール型は、中距離位置に展開された水鉄砲に巻き込まれる形で消失した。
話で聞いた限りでは威力が上がると言うことだったけど、まさかそれがここまでの広がりを見せるとは思わなかった。
そもそも水鉄砲とは周囲の水を吸収して、それを圧縮放出するスキルだ。
水の中で一点集中した威力のものは、引きずられるようにして周囲の水域を引き込むのだ。
その攻撃が目標に当たらずとも、拡がった余波が泥でできた彼らの体をバラバラに引き裂いたのだ。
そこから察するに、あまり水圧の高いところにとどまれないのじゃないかと考える。
「スズキさん、底に向かいましょう」
「何故です?」
「彼らはきっと、水中じゃ本来の能力を扱えないのだと思います。それとさっきの水鉄砲の余波、あれだけでモンスターが消滅しました。きっと向こうにとっても予想外のことかもしれません」
「一理あります」
私達は海底に向かって突き進んだ。