その後スズキさんの過去について特に語ることもなく、メールで伝えた通りイベントについての情報収集を手伝ってくれた。
二つの鍵は固定だった様で、こう言うところもあのゴミ拾いと違うのだと確信する。
二人で同じところを探索するのは時間の無駄だと思い、以降は各所を分担で探し、パーティチャットと画像添付の交換をして他のメンバーを交えて情報交換をしていく。
私の見つけた場所、風景、そしてアイテム達は孫からフレンド、それを受け取った娘からも「よくこんなの見つけられたね」と言われた。
どうも思うんだが、彼らのゲーム的視点と私の視点は違うのではないか? 薄々は感づいていたが、彼らは最終的に自分に利益があるかどうかで損得勘定している様に思える。
逆に私は違う。今そこにある景色こそ大事なのだと入念にスクリーンショットを走らせる。
背景に泳いでいる魚群にだって意味があるかも知れない。そういった見識を持ってくれる人は思った以上に少ないなと思った。
そして少し遅れてスズキさんが情報を持ってくる。
彼……彼女は私が情報を出し終えるのを待っていたかの様に自分の持論を展開し出した。
流石小学校で教鞭を振るっていただけはあるな。説明がゲーム的認識で納得いくものだったし、それでいてロマンを求める私にも分かりやすく入ってくる。
孫が認めるだけはある。そして母親以上に懐いてしまうのもうなずけた。
彼女はその人望で持って今まで教師という役割を担ってきた。
しかし普段のスズキさんからはもっとオドオドとした感情が読み取れる。どちらが本当の彼女なのだろうか?
考えすぎて思考の坩堝にハマっていた。
[スズキ:ハヤテさん、どうされました?]
私からの反応が無くなったのを心配したのか、スズキさんが声をかけてくれた。こういう気遣いも持ち得てる。普段あまり喋らない彼女らしくない。それとも今は孫達の手前、無理をしているのだろうか?
[アキカゼ・ハヤテ:なんでもないですよ。ただ、自分と皆さんの認識は違うのだなぁと自覚していただけです]
思わず本音を漏らす。
[スズキ:そうですね、みんな違うからこそ自分では発見できないことに気づかせてもらえる。わ……僕は教鞭を握りながらも本当に多くのことを生徒から教えてもらいました。それは教師を辞めた今でも大切な宝物です]
[マリン:先生……]
[ユーノ:私達もいっぱい教わったよね、マリンちゃん]
[マリン:うん。だからお爺ちゃん、そんな先生を守ってね?]
やれやれ、何をいってるんだろうねこの子は。
そんなもの、男として当たり前のことじゃないか。
いや、それ以前の問題か。フレンドに危機が迫れば、それが特に親しいと思われた相手になら身を挺してでも守ってやるのが私という人間だ。
生憎と妻は強い人間だったので要らぬ世話だと突っぱねられてしまったが、それくらいは当たり前のことなのだ。
[スズキ:そこはマリンさんが心配するところじゃないでしょ? それに僕だって攻撃スキルを持ってるんだよ? これからの時代、女は守られてるだけじゃダメなんだから]
[マリン:はーい]
どこか投げやりなログが流れる。
それからも作業を続けながら他愛もない雑談が続いた。
それから数時間探索したが、スキル情報や上位スキルのかけらがスクリーンショットによって共有される以外の事柄は出てこなかった。
こう言うところも向こう血は違うんだな。
何か手がかりの一つでも束ねればと思ったが。
[スズキ:何か考え事ですか]
[アキカゼ・ハヤテ:少し気が急いていたみたいです]
[スズキ:そうですね。イベント、結構大規模だってマリンさんから聞きました。ハヤテさんが発見者だから、余計に責任を感じている、のでしょうね]
そうかも知れない。この人には何もかもが見透かされてしまうな。
[スズキさんから個人コールが送られてきました。受信しますか?]
個人的に? なんだろう。
コールを受け取り、普段の彼の声で「この後息抜きに少しお散歩しませんか」とお誘いが来ていた。
私はそれに二つ返事で返した。
パーティチャットからでは何かを悟られてしまうと思ってのお誘いだ。彼女にとっても思うところはあったのだろう。
早くも行き詰まった感覚と共に情報を娘に整理してから渡し、パーティは解散となった。
私は宮殿前でスズキさんと合流し、海底を何を探すでもなく歩いた。
「ようやく、ゆっくりとした時間が流れてくれました」
それが彼女の本音だろうか? 心底ホッとしたと言わんばかりの表情でスズキさんはそう溢した。
「はい。無理を言って付き合わせてしまってすみません」
でもどうしても、奥手なこの人を人の輪の中に入れてあげたいという思いが先行していたのも事実だ。
マリンと出会い、オドオドしていた彼女。
今思えばあれは知り合いに出会ってしまったときの反応だったのだろうか? 孫はリアルモジュールよりだ。髪は金にしていたが、造形はリアル準拠。胸は少し盛っていたがそれらも滑した革鎧に包まれている。
「良いんですよ。ただ、ハヤテさんの気持ちも伝わってきました。それを思えばずっとここでのんびり過ごすだけじゃダメなんだろうなぁ、とぼんやり考えていたんです」
スズキさん……
そこで彼女の本当の気持ちに私は気付いてしまった。
彼女は、この人は、きっと疲れていたんだ。
誰よりも他人の事を気遣ってしまう人だから、それが少ない生徒達の分まで背負ってしまうから、それでゲーム内に憩いの場所を見つけていた。
気を使いすぎてしまう彼女はとても恵まれた造形によって包まれている。だから周囲に人がよってきてしまう環境に身をおいていた。
だから今、彼女の姿は現実から程遠い形なのだと腑に落ちた。
「リフレッシュは必要ですもんね。私はこれがそのうちの一つでした」
スクリーンショットの構えをとる。
すると彼女は優しそうな雰囲気を纏った。
「わかります。僕は何もない人間でした。いえ、そういった趣味に没頭する時間がなかったんです。教師であった時は、それこそ生徒のことばかり考えてしまっていて。そこで出会ったのが今の旦那様なんです」
彼女は口調を変えこそしないものの、自分が女である体で話し始めた。結婚して、妊娠して、これから子供が生まれてくる。
でもどこか不安が過ぎる。そんな時はこの世界にログインして海の中を見て回るのだといっていた。
ゲームの中でどれだけ動こうと、現実に弊害はない。
けれど昔からの運動神経のなさが災いしてあまり激しく動く環境にいたくなかった。だから彼女は魚になり、海の種族の一員になったのだと語ってくれた。
「そうですか。私も実は仕事人間で、妻に言われて趣味を見つけたクチなんです。今ではすっかりこっちが楽しくなってしまいまして」
パシャリと景色を写し撮る。
その画像をスズキさんに見せた。
「そうだったんですか、奥様から?」
「はい。だからスズキさんにもきっとその時が来ますよ。旦那さんの事は慕っているのでしょう?」
「はい。僕には勿体無い人です。目を離すと勝手に無理をしてしまう僕を思ってこのゲームを勧めてくれて」
なるほど。ここでなら自分の特徴を隠せるからね。
「良い旦那さんですね。私は妻にそういった気遣いをしてやれない人間だった」
「その割にまっすぐ育ってるじゃないですか。パープルさん、娘さんですよね?」
「よくわかったね」
「マリンさんがお母さんと言っていたし、ハヤテさんも娘だと言っていましたよ。気付いてなかったんですか?」
「面目ない」
「それがハヤテさんの魅力なんだ。多分そう」
「朴念仁の私が?」
「気づかないフリをするのって相当に気を使わせているんじゃないですか?」
「そうですね」
でも。それでスズキさんとの仲が保てるのなら苦でもなんでもない。
きっと私はこの人のことが人間として好きなんだろうね。
女性としてとかどうかではなく、同じ見識を持つ仲間として。
「でも、私はそれをしてでも一緒にこの海底を解放したあなたと一緒にいたいと思いました。それが目的じゃダメですか?」
「中々に受け取りづらい言葉ですね。でも、」
彼女はそれ以降の言葉を飲み込んだ。
察して欲しいと言う顔で、微笑んだ。
「少し泳ぎましょうか」
「そうですね」
彼女に差し出された手を握り返し、私達は元来た道を引き返す様にして海を切る様にして進んだ。