翌朝、またしても機嫌の良い娘から私の好きなメニューで彩られた朝食が出される。何か申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらもそれをいただく。今日は煮魚だ。こうも連続して魚が続くとスズキさんに悪い気がしてしまうな。
「ところで由香里、向こうの方は少し進展あったのかい?」
「そうね、イベントの影響か近隣モンスターが強化されたみたいなの。今まで通用していた武器の強度じゃ全然歯が立たなくなってきているわね」
それは問題じゃないのか?
「でもその先の武器はもう発見されてるし対抗手段はあるから安心して。ただここを拠点としてるプレイヤーには少し手の届かないお値段にはなるけど」
ダメじゃないか。
「あ、ダメじゃないかって顔してる。大丈夫よ。私達が拠点にしているのはもっと先。五番目の町ファイヴェリオンよ。そこに至るまでに発見された武器やそのバージョンアップの系統があるわ」
「なるほど。昨日からの余裕の表情はそれがあるからか」
「うん。でも油断はしてない。初めての大規模EVENTだからむしろ気が引き締まってるの」
「それが昨日話してた三番目の町……確かサードウィルのことかい?」
サードウィルの悲劇。
ゲーム開始当初にそのEVENTを引き当てたクランは情報を独占したという。
しかしクラン内だけで回せる規模ではなかった。
あっという間に大量のモンスターが街を引き潰し、崩壊。
プレイヤーは中間地点である街を防衛できずに壊滅させてしまった。
この悲劇を掲示板で開示しながら、二度とこんなことは起こさせないようにと注意喚起をしているそうだ。
娘たちの気合いの入れようはそれはもう凄まじい位なのは、過去のこの事件をいまだに引きずっているからだろう。
特にここファストリアは新規ユーザーが憩いにしている街である。
防衛できませんでした、なんてことがあれば娘のクランは今後立ち行かなくなるだろう。だからこそこうやって心血を注いでいた。
そして同時に私のしでかしたことの大きさが‘今になって怖くなってきた。
「あの街があそこまで追い詰められたのは完全に油断しきっていたからなの。その当時、武器は4番目の町のさらにグレードアップ版まで至っていた。でも……」
「通用しなかった?」
「うん。きっとどこかにヒントがあったのかも。それを頑なに開示しなかったクランが悪いとは言わない。だってイベントが発生したのは午前中。一般人なら会社か学校に通ってる時間帯。その時間に街は襲撃された」
「だから今回は準備のしようがあると?」
「そうだね。それとお父さんがアップした昨日のブログにヒントがあったの。それを使用した武器で攻撃してもらったら、今まで通り倒せたそうよ。あの素材の精錬方法を知らなかったら今頃もっと苦労してたかも。だからありがとう」
「へぇ」
ブログにねぇ。思えばこのイベントの始まりもブログがきっかけだった。もしかしなくても、このゲーム内ではスクリーンショットが大きな意味を持つのかもしれない。
「薄々察しているとは思うけど」
「うん?」
「お父さんのブログってお宝の山だからね?」
「そうなのかい?」
「あ、自覚なかったんだ」
あるわけがない。だって好き勝手書いているんだもの。しかもフレンドにこんな場所に行ってきたんだよって自慢をしたくてスクリーンショットを撮ってきている。そこにそんな仕掛けがあるなんて知るものか。
「実はあのゲームにブログなんて時代錯誤の代物が残ってるのはお年寄りに親しみやすくするためじゃないの」
「別の目的があると?」
「うん。スキルってね、成長したり増えたりするの。そのヒントは実際に見てみるか、そのヒントが隠されたスクリーンショットによって伝達する。このゲームはそうやって公開していく事で発展し、前に進んでいくの」
「そうなんだ。それは知らなかった」
「特に今回の記事は未知の情報の山よ。なんせ獣人は水の中を嫌うもの。ドブさらいなんてなんの意味があるかと思ってた。このゲームの解析班は優秀だけど、事前に設定したスキルビルドは覆せない設計上、パーフェクトを達成してもその先を公開できなかった。
そこにあったのが身体的スペック差とスキルの差。スキルの設定はキャラクタークリエイト時にしかできないし、キャラクターをリセットするには少なからずお金がかかるし再度登録するには30日期間を開けなければならないため、そこから先の情報ってそれだけで価値があったのよ」
ただ、公開するかどうかは『どれほど求められた情報なのか?』に限るそうだ。
全てを詳にした所で『種族差やスキルビルド』に影響する情報をプレイヤーは求めていない。しかしその風景を見てきたことで得られる情報は欲しいと言うことだ。
なんとも身勝手さを感じてしまうが、ビルド骨子の影響と考えれば納得させられる話だった。
「ふむ、つまり私の無駄とされたスキル群が評価される場面もあるということか」
「そうだね、お父さんだからこそできるスクリーンショットだよ。それとお父さんにできた新しいお友達」
「スズキさんのことかな?」
「へぇ、スズキさんていうのね。ねね、その人もブログに誘ってもらえないかな? お父さんから声かければ絶対OKしてくれると思うの」
「ダメだぞ」
娘の企みを即座に理解し、その意味を知る。だから私は反対した。
「どうせお宝映像をたくさん持ってるとかそういう期待を込めてだろう? だからダメだ」
「ちぇー」
「あの人はどちらかと言えばあの場所でゆっくりしてたいだけなんだ。それでも誰かと接したいと思ってギルドにクエストをしに行ってる。けどあの人の姿は少々刺激的でね、心を病んでしまっている。そんな人に無理やりはダメだ。なんだったら私がフレンドを解消されてしまうよ」
「そっか。じゃあお父さんに引き続き頼んでもいい?」
「そういうことは自分達でしなさい」
「ふーん、そんなこと言っちゃうんだ。そもそも、これって誰が起こしたイベントだったかな〜? 私達はいつでも手を引いてもいいんだけどな〜?」
「ぐ、むぅ。仕方ない。なるべくそれっぽいのを見つけたら撮ってくるから。あまり意地悪な事を言わないでくれ」
「へへ、やったー」
娘の鋭い返しに、私は仕方なく首を縦に振らざるを得なかった。
それを聞いて喜ぶ娘は歳を感じさせない笑顔を見せた。
全く、いつまで経っても甘えん坊なのだから。
それをされて満更でもない私もまた、同類なのかもしれない。