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第17話 小さな隣人

 なんというか、スズキさんは不思議な魚?だ。

 オスかメスかの違いはその容姿から窺い知れないが、その愛嬌のある口調と妙なテンションの高さが不思議と心地よい。

 本当だったら今頃罪悪感からもっと雑な作業になっていたであろうクエストの解消は、彼のおかげでより高みに至れた。


 まず魚人の特筆すべきは水中でも視界が良好という点だ。

 手探りまさぐりの私とは違い、目視によって彼の手の中に本来ここに落ちているべきではないゴミが拾い集められていく。

 私なんかよりも余程このクエストを熟知しているような機敏さでそれこそスイスイと先に行ってしまうのだ。


 そしてあっという間にクエスト達成。

 そこにはジキンさんと何度も見た新しいシークレットクエストが私たちの前に飛び込んできた。私一人では達成不可能な結果に、やはりこのクエストはある程度人数を組んで挑む前提なのだと窺い知る。


[シークレットクエスト:地下水路内清掃を開始しますか?]

 YES / NO


「スズキさん、まだお時間余裕ありますか?」

「ええ、もちろん。むしろここからが本番では?」


 汚泥の中からプカリと頭を浮かせて会話を続けてくれるスズキさん。

 やはり通い慣れているのか、熟知の度合いが私の上をいく。

 まだこの先を知ってるような口ぶりに、いつしかジキンさんと共に駆け抜けたあの時のワクワクが蘇ってきていた。


「しかしここから先人間の身では辛いと思いますよ? 僕は魚人ですから水中でも呼吸ができますけど、ハヤテさんは人間でしょ? 最低でも水泳補正、水中呼吸、低酸素内運動のパッシブなんかを持ってないとキツイかもしれないですよ?」


 そんな彼の気遣いに、私は孫に一切戦えないスキル構成と揶揄されたスキル群により自信をつける。


「大丈夫です。水泳と低酸素内運動ならありますから」

「驚いた、貴方変わり者ですねぇ。僕の見た目で驚かなかっただけでなく、そんな無駄スキルまで持ってるなんて」

「無駄なんですか?」

「地上で暮らしてる人にとっては無駄の極致でしょう。でもこのクエストに限り有効です。僕は嬉しい、僕を嫌がらないで居てくれる貴方と一緒にこの先に行けることが」

「それは何よりです。ではその先に案内してもらえますか?」

「はい、こちらです」


 彼の案内に従ってシークレットクエストの場所へ案内される。

 そこは先ほどまでの水路が子供用プールに思えるほどの圧倒的な水深。深さ10メートルでは利かない周囲360度水、水、水。


 確かにこれは最底限のパッシブがなければ溺れ死ぬ。

 途中何度か息継ぎポイントを設けてもらい、私達はその場所にたどり着いた。


 地下水路。一見して街の地下なのかと思いきや、どうにもその趣が街の装いとは大きく異なる。上に建ってる街は、一度文明が滅んで一からやり直したようなファンタジー由来の何かがある。

 だがここは違う。発展した文明の足跡が如実に残されていた。


「ここは……」

「やっぱり驚きますよね。ここはかつてのアトランティス大陸の技術が使われてるかもしれないってもっぱらの噂がある場所です。掲示板では古代遺跡とか呼ばれてますよ。僕はその手のことにあまり興味がないのでよく知らないんですが、報酬が美味しいのでよく通ってるんです」

「やはり」

「お、ハヤテさんはいくつかイベントフラグ立ててる人ですか?」

「実は……」


 ここ最近の出来事を包み隠さず彼に伝えた。

 私と一緒にいるところを何人かに見られているし、私の知らない場所で彼女?に迷惑がかかると思ったらなんか嫌だった。


「なるほど、そんな事が。お辛い体験をしましたね」

「いいえ。無知が招いた結果です。すいません、こんなことを他人である貴方に伝えてしまって。ご迷惑でしたでしょう?」

「いえいえ、僕はこの見た目ですからね。懇意にしている人はあまりいないんです。近寄っても逃げられてしまうことの方が多いんですけどね……はは」


 彼の表情からはなんとも気落ちした雰囲気が漂う。

 こんな時、どんな風に声をかけてやれば良いのか。


「あの、よければフレンドになって貰えませんか?」

「えっ?」


 私の言葉に、今度はスズキさんの方が固まってしまう。挙動不審なまでに変な動きをしながら、意味がわからないという態度。


「えっ、えっ、なんで? 今ここに友情を深めるシーンなんてありましたっけ?」

「ご迷惑でしたか?」

「迷惑も何も、魚人とフレンド結んでくれるなんてこのゲームをやっていく上でのデメリットですよ? 僕地上では全然戦えないし! 動きだって鈍臭いし」

「私だって戦闘は一切できませんよ。全てのスキルをパッシブに張るような変わり者です。貴方と同じく先がない」


 握手するように手を差し出す。

 彼はそれを握ってしまって良いのか考えるようなそぶりをした。

 今までそのように接された事がないような、初めてそうされて戸惑うような視線を受ける。


「なんで、なんでそんな極端なビルドに!? わかんない、わかんない、まったくもって意味わかんない!」

「実は私は孫と一緒に遊ばないかと連れてこられた年寄りでして。しかし気持ちは若くとも頭がついていかない。どうせだったらここで趣味の続きをしようと思ってこんなスキル構成にしたんです」

「趣味……つかぬことをお伺いしますけど」


 私は呆けてる彼の横顔をパシャリと写し込む。

 目を隠すように手を広げていた。そういえば魚は急激な光に弱かったか。悪いことをしてしまったな。


「うわっ、何するんですか急に!」

「実は私は趣味で写真の方をやってまして。それがきっかけで今回のイベントを招いていました。今ならその映し出した情景をフレンド限定でお見せすることができます。どうでしょう? この爺の余生に付き合って貰えませんか?」

「だったらそうだって言ってくださいよ。あーびっくりした。目が潰れるかと思ったじゃないですか。でも、ハヤテさんは僕なんかをフレンドにして大丈夫なんですか?」

「何がです?」


 意味がわからない。誰かをフレンドにするデメリットなんて特にないだろうに。


「その、ハヤテさんにご迷惑をかけちゃわないかと」

「なぜスズキさんをフレンドにしてると私に迷惑がかかると思うんです?」

「だってほら、僕って基本生臭いですし、人間の皆さんは生臭いのはお嫌いでしょう? 魚人はみんな磯の匂いがするんですけど、僕はこんな場所を好んで探索するせいかヘドロの匂いがこびりついてまして、それで避けられてるっていうか」

「私は別に気にしませんよ。それにほら、私だって取り立てて何が得意ともいえない人間です。写真撮影が趣味の人間なんで懇意にしてくれる人の方が珍しいですよ。それに今は嫌ってほど注目を浴びてますから。だから貴方の近くが心地いい」


 そんな私に大きくため息を吐くようなモーションをとり、スズキさんは私の差し出した手をしっかりと掴んだ。


「本当に貴方は変わった人だ。でも、嘘をつく人間とも思えない」

「私は私の生きたいように生きる。ただそれだけの人間ですよ」

「なんですかそれ、ただのワガママじゃないですか」

「その通りだとも。君ももっとワガママに生きたらどうだい?」

「なんか急に肩の力抜けました。本当に貴方は変な人だ」

「よく言われます。身勝手な人だと」


 その会話の後、私はスズキさんと少しだけ距離が近づいた気がした。

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