雨で視界が悪い中、淡く光る羽衣が目に映った。
「あれ……、
「瘴気をまき散らしているのは誰なんだ。隣にいるのは……、
「
その時だった。
重なる唸り声。
「鬼だ……。それも、
霊力の無い身体では、数分ももたないだろう。
それでも、構えた。
「来世でも許嫁になれるかしら」
「お前たちは下がっていろ」
鬼が血の臭いにつられ、走り出す。
あまりに不利な戦いが始まった。
「おや、
「
親友二人は背中を合わせ、鼓舞しあった。
若くして宗主とならざるを得なかった二人が必死で隠してきた苦悩や焦燥、努力や涙の思い出が、走馬灯のように駆け巡る。
それが新たな思い出の為の布石となるよう、
「私のことはいいから!」
「
「あなたは立て直すのよ。
「それには我々の力が必要だろう。みんな、必ず生きてあの三人を助けに行くんだ」
血の臭いが濃くなっていく。
陽が落ちれば、鬼だけではなく妖邪の類まで集まってくる。
雨は強くなり、足元がぬかるむ。
鬼の
三人に襲い掛かる鬼の集団に、
白銀の光が横切った。
「
鮮やかな朱色の炎が鬼の硬い皮膚を焦がし、その動きを鈍化させる。
鬼の軍団と
「
「遅れてごめんなさい。
「父が皇宮を守り、ここへは
分け与えられた霊力はそこまで多くは無いが、全員の士気を取り戻すには充分だった。
その頃、
「この辺りに埋まっているか弱い遺体も、指輪の力を使って
「あ、また遺体が増えたよ。鬼にしちゃおう」
行軍に巻き込まれた人々が、次々と鬼に変えられていく。
「下衆野郎」
「良家の子供は悪意ある語彙力に乏しいね。その点、
「
「もちろん私だよ」
三人は前を向き、手を繋いだ。
この恐ろしい出来事を、乗り越えるために。
刹那、鬼を薙ぎ払う矛の切っ先が見えた。
「ゆ、
その隣には、
三人は言葉が出なかった。
廃帝は地上を俯瞰しながら言う。
「私の前に立ちはだかる羽虫共……。祥王、奴らは何者だ」
「あれは
「
その背には、
「
優しくてあたたかな母の姿が、そこにはあった。
「お師匠様方が元気に議論できるのは良いことよ」
鬼の軍団と死闘を繰り広げていた
「こ、これは……」
もちろん、
直後、轟音が鳴り響いた。
「反撃ですよ」
「
その上空を、稲妻のような白い龍が通り過ぎていく。
「
「お兄ちゃん!」
突如現れた白龍に、
「ここは式神封じの有効範囲内のはず……。何故あの龍がここにいる!」
「私は一度たりとも兄の白龍を『式神』なんて言ったことはないけれど。あの子は神龍。いずれ神となる龍の赤ちゃんだよ」
白龍が咆哮する。
「白梅は
絶望が、書き変わっていく。
「形勢逆転したつもり……」
「かはっ」
口から血があふれ出した。
「は? 無理なんだけど」
「
「自分の槍を使えば?」
そこへ、学友組が到着した。
「良いところに来られたようだ」
「そっちは頼むね」
際限なく溢れ続ける悪意に、友人達が果敢に立ち向かっている。
「私達も」
「あなたの相手は私」
「小娘、図に乗るなよ」
廃帝の合図に、翼を持つ異形の鬼の軍団が集まってきた。
「私に任せろ」
十体、二十体、四十体。
有翼の鬼達は正面から
有翼の鬼達は自身の身体が宙に浮いているのを、斬り落とされた首と共に落下しながら見た。
「この程度で浮つくな」
しかしそれは
「卑怯なことを言うけれど、あなたの身体となった
刹那、剣光が奔る。
それは廃帝の背を裂き、続けて斬り上げた刃はその右腕を斬り落とした。
「う、あ」
しかし、廃帝の目はまだ嗤っている。
皇宮を視界に捉え、口元を歪める。
「腕など、とうの昔に灰になっておるわ」
傷口から
「私が纏う怨念がどれほどのものだと思っておる」
廃帝は地上を見た。
鬼に守られながら口から血を流す我が子を手元に引き寄せた。
「ち、ちち、うえ」
「お前を愛している。共に生きよう、祥王」
赤煙が
廃帝の右手薬指に、
「私の血だ。私の、私の全てを感じる」
赤い蝶が舞う。
鮮血のように、赤い蝶。
「霊力も、命も、両方頂こう」
蝶は群れを成して
このままでは、愛する人達を、すべて失う。
「やめて……、やめて」
稲妻は蝶を貫き、消していく。
「やめてと、言っているでしょう」
黒い
「
純白の、曼殊沙華に似た
「あなたは私と殺り合いましょう」
「心弱き者か。浮かんでは消える死への欲求がこうも美しいとは。見事だ、小娘」
廃帝の言葉に、
「これは死への欲求じゃない」
十合、二十合、三十合と、斬り結んでいく。
「じゃあなんだというのだ」
五十、六十。
白と赤の閃光が空に奔る。
「共に生きるという、愛しい人への誓いの証」
「迎えに行く」
「そんな不確かな戯言で何が証明できる。何を誓えるというのだ」
百、百二十。
「守りたい人を守れるよう、強くあるために、努力し続けるっていう誓いと証明」
百五十、百七十。
「ここで死に、全ての誓いを放棄せよ」
百九十。
「私は諦めない。誰のことも、自分のことも」
二百合目、廃帝の剣が
そして、その勢いを止めることなく、
「みんな! その指輪、全員で壊して!」
学友組は頷き、全員の武器を指輪に突き立て、霊力を纏わせた。
「
金属が破裂する音が突風のように響き、その音波は鬼達を消し去っていった。
赤煙が廃帝から漏れ出し、滝のように地面を染めていく。
「これで、あなたの身体はすべてこの世から消え去る。もう、形を留めてはいられないでしょう」
「そんな……」
「あなたの人生は悲惨だった。でも、息子や弟の子孫の生涯まで巻き込む必要はなかったんだよ」
刀に力を込め、突き刺す。
そのまま捻り、頭蓋骨を破壊した。
「終わった……」
でも、落ちなかった。
複数の腕が、身体の下にある。
「おいおい、まだ怪我するつもりか」
「あなたの方が重傷だわ」
「みんな血だらけだね」
「まずは休憩だよ。甘いものが食べたいな」
そして、
「おかえり、
「ただいま、みんな」
ゆっくりと地面へ降りていく。
地上では
「みんな、無事で、よかったぁ」
その後、
「お母さんはお父さんのところだよ」
まだ子供でありながら、姉の友人を守るために命がけで戦った。
相当疲れただろう。
「つまり両親は皇宮にいる、と。ほら、みんな並べ! 治療するぞ」
「お前たちも例外じゃないぞ」
弟達に駆け寄ろうとしていた
学友組は輪になり、同時に地面へとへたり込んだ。
「さすがにもう無理。おとなしく手当てされたい」
身体が武器の
「
「こっちの台詞だよ」
「……心配したんだよ」
「さっきのは?」
「あれは、
「お寺でのことだよ! どうして霊力を封じるなんてことしたの? 私がそれを望むとでも?」
「だって、
「そんなの、私も同じだもん」
二人は緊張の糸が切れたように泣き出した。
「二人とも
「私も怖かった」
「え、あ、どうしよう。えっと、あの、ごめんね。捕まって本当に、ごめんね」
「私も、その、ごめんね。でも、ほら、腕に
「
「三人で解決しておけよ。私達はそろそろ治療される順番が来たようだから」
「二人とも、これからは安全に過ごしてくれ」
「うん。そうする。絶対」
「私も。お嫁さんらしくする」
でも、と、二人は
「
「同罪だね」
三人は顔を見合わせ、笑いだした。
夏の夕陽が大地を照らす。
これからの日々を、あたたかく彩るように。