「やはりあれは蒼蓮兄さんの白龍だったのだな」
如昴が楓院の屋根の上に立ち、双眼鏡を覗きながら感嘆の声を上げた。
三日前、雪氏一行と合流した霖氏は、その足ですぐに紅葉山荘へ向かった。
休まずに飛び続け、一日半で到着。
宗主達はすぐに母屋へ向かい、各地から集まってきた烏良候の配下と共に軍議を始めた。
「それにしても、紅葉山荘は広いね……」
紅葉山荘は五つの村と三つの町を束ねた総称。
雷 梓睿はこの広大な邑の長としても民を護り支えているのだ。
「杏花は一人で歩いちゃ駄目だよ。迷子になるからね」
「ははは、笑える」
屋根の上で休む若者達は、目の前で刻一刻と変化していく自分たちの状況に飲まれないよう、事実を見つめるしかなかった。
他愛のない話が出来る今を覚えておきたい。
きっと、物事の見え方が変わってしまうだろうから。
「明日彼らは、皇宮に至るまでにある城郭都市の中でも、三番目に近い紀城に到達するらしい。城外に陣を組み、口火を切るのは私達静氏と、雷氏」
茜耀の声が初春の風に乗り、耳に届く。
「両家が喰いとめている隙に背後に回り、その背を討つのが最強の武人である兄上が率いる雪氏」
菫鸞が拳を突き合わせながら闘志を燃やす。
「そして、横腹を食いちぎり、二手に分かれて両翼を援護するのが天宮閣才子榜第一位が率いる霖氏と、烏良候の将軍率いる歴戦の猛者達」
杏花が瑞雲と頷き合う。
法霊武林軍総勢、五十万。
兵の数では敵わないが、戦力で言えばそうかけ離れてはいない。
「戦の直前だというのに、悔しいが、お前たちが駆けつけてくると思うとあまり怖さを感じない」
如昴が目を瞑り、微笑んだ。
「すでに生死を共にしているもの」
茜耀は空を眺めながら笑顔を見せた。
「莅月姉さんはどうしているの?」
「柔桑がついているから大丈夫よ」
莅月は音氏と鳳氏の侵攻が始まったと知らせが来た日から、ずっと泣いているという。
立ち上がれないほど憔悴し、今は柔桑がそばで支えているらしい。
「紅葉山荘まで着いてきたのは、きっと、まだ兄君のことを諦めていないからだと思う」
茜耀の言葉に含まれている感情があまりに悲しく、それに気付いた如昴がそっとその背に触れた。
「明日、起きた時にはもう今までとは違う日々が始まる。どんな結果が待っていようとも、私は今こちら側に立っていることを誇りに思う」
如昴の言葉に、全員が頷いた。
杏花は父から受け取った数珠に触れ、兄と弟が守る皇宮の方角を見つめた。
太陽が沈んでいく。
少しでも眠るために、杏花は白梅の薬棚から香を配った。
「これは入眠しやすくするだけのもの。人によってはすぐ起きてしまうかもしれないけれど、でも、少しでも休んで欲しいから」と。
湯浴み後、用意された部屋で布団に入り、目を瞑る。
香の匂いが部屋を満たし、心地良い。
杏花は沈むように眠りに落ちた。
翌未明。
「梅園、行くよ」
まだ空が藍色の内に、全軍紀城に向かって出発した。
冬の寒さが残る風が、眠気を飛ばし、頭を冴えさせる。
「じゃあ、私達はあっちだから。またね、杏花、瑞雲」
「うん。またあとでね」
琅雲と青鸞も短い会話をし、それぞれが目的地へ向かって歩みだした。
位置に着くと、風に乗って松明の臭いが漂ってきた。
空が紫から朱色へ変わろうとしている。
どこからか、大きくはないのに耳に響く呪詛のような声が聞こえてきた。
「お出迎えに感謝しよう、皇帝の犬共」
女性の声。
「七綾道士……、か。歴史上の人物だと思っていたが、まさか敵対することになるとはね」
琅雲は苦笑しつつも、警戒したまま前方を注視している。
「私の腕を見せてやる。この傷跡は音宗主と鳳宗主と立てた『破れぬ誓い』。一種の呪だ。解除条件はお前たちを殺し、皇帝を亡き者とすること。ということで、死んでいいぞ、犬共」
始まった。
地を這うような僵尸の唸り声が響く。
圧倒的な人数差を個々の能力で埋めて挑むも、音氏と鳳氏の兵も精鋭揃い。
その時、百十万の兵の背後から二つの轟音がこだました。
「菫鸞だ!」
二十、四十、六十と、僵尸達が粉々に砕けていく。
敵の隊列が前後に広がった。
「行くぞ」
琅雲の合図に、霖氏と烏良候の軍が一斉に駆け出した。
杏花も梅園を攻撃態勢にして瑞雲と共に飛び出す。
「ほう! 分断する作戦か!」
七綾は嘲笑うように三叉鈴を鳴らした。
すると、法霊武林軍の足元から僵尸が這い出してきた。
「まあ、そいつらは武人ではなくこの辺りの農民だから強くはない。だが、お前達を足止めするくらい出来るだろう」
法霊武林軍の動きが鈍くなる。
杏花は数珠に触れ、空に向かって投げた。
「煉珠成兵ノ術」
数珠は粉々に砕け、地面に落ちたその欠片一つ一つが赤い鎧を着た武士となって現れた。
その数、千。
「僵尸を殲滅せよ」
紅玉の身体を持つ兵士たちは僵尸達が持つ武器では傷一つつかず、次々と敵を斬り伏せていった。
「……成兵術だと? もしやあの小娘、蓬莱の陰陽術師か」
鳳氏の兵が支える輿に乗った七綾が杏花に目を付けた。
「左様です」
佳翼がその隣で空から戦場を眺めながら答えた。
「そうか。お手並み拝見と行こう」
杏花は最大限の力を込め、呪言を放った。
「跪キ、頭ヲ垂レヨ」
口の中に血が混ざる。
しかし、その効力は絶大だった。
僵尸や敵軍の兵士の頭が地面にめり込む。
僵尸の中には頭がつぶれ、身体が静止した者も多い。
さらに、宙に浮かび観戦していた音、鳳、両宗主とその息子達まで墜落させることが出来た。
七綾は輿ごと地面に叩きつけられ、義眼が外れて転がって行くのを片目で見ている。
「強い、強いぞ、あの小娘!」
七綾は跳ね上がるように立ち上がると、杏花の姿を片目で捉え、口元を歪めた。
鳳親子は足をふらつかせながらなんとか立ち上がり、すぐに安全な場所へ退避。
音親子もそうしようと、隆誉がふらつきながら空へ浮かんだ。
「行くぞ、隆誠……。え?」
隆戦が弟の腕に触れる。
それは氷のように冷たく、目からは落ちた衝撃で血が流れていた。
それなのに、隆誠は一言も発しない。
「お、おい。どうしたんだよ」
慌てる隆戦を見て、再び輿に乗った七綾が言った。
「大丈夫だ。お前の可愛い弟は僵尸だからな。文字通り、もう二度と死なないさ」
七綾が高笑いする。
「な、なんだと……?」
隆戦が隆誠の首を見ると、そこには斬られた痕があった。
「お、弟を殺したのか! 戦が終われば返す約束だろう!」
「ああ、返すさ。だが、『生きたまま』なんて約束はしていないぞ」
嘲笑が遠ざかっていく。
隆戦は弟の身体を抱きかかえ、父の元へ急いだ。
「父上! 隆誠が……」
隆誉は騒ぐ隆戦に「黙れ」と言いかけ、その腕の中で表情一つ動かさないもう一人の息子を見た。
「隆誠……」
「あの女道士が隆誠を……、隆誠を僵尸にしやがった!」
隆誉は七綾が乗る輿に近付き、抜刀すると、その上部を斬り裂いた。
「おいおい、私は太陽が嫌いなんだ」
「ふざけるな! 息子を……、隆誠を殺したな!」
佳翼と佳栄が目を見開き、二人を見た。
「さっきお前の長子にも言ったが、生きたまま返すなんて約束はしていないぞ」
隆誉の刃が七綾の喉元に迫る。
「いいのか? 私が死ねば、僵尸共はただの屍に戻る。そうすれば、すべての企みが露と消え、破れぬ誓いを立てた我らは死ぬことになるぞ。呪で死なずとも、法霊武林軍に殺されるだろうなぁ。さあ、どうする?」
間違った者と組んでしまった。
しかし、それも後の祭り。
もう引き返す道はない。
「必ず皆殺しにしろ」
「もとよりそのつもりだ。音宗主」
隆誉は七綾から離れると、隆戦から息子の身体を受け取った。
「父上、どうなさるのですか」
「あの女が趕屍の術を解けば、紅珊瑚の鏡で隆誠を生き返らせることが出来る。これ以上身体に傷がつかないよう、どこかに……」
隆戦の目の前が赤く染まった。
何かが目に入ったのだろう。
痛い。
袖で拭う。
やっと視界が開けたと思ったら、父が弟の身体を抱きしめながら落下していくのが見えた。
「父上!」
隆戦が急降下しながら二人の身体を受け止め、草むらに降ろす。
「ち、父上……」
隆誉の身体には、白い刃の槍が突き刺さっていた。
戦場から聞き覚えのある声が聞こえた。
「遅れてごめん!」
それは欒山 霓氏の兵三万を率いて飛んできた若蓉と扶光だった。
「無事だったんだね!」
少し掠れているが、杏花の喜ぶ声が聞こえる。
戦いへ向かっていく若蓉に「すぐ戻る」と言い、扶光が隆戦に近付いた。
「槍、返してもらうよ」
嘲笑。
何の遠慮も無く父親の身体から引き抜かれる槍。
血が噴き出す。
扶光の足元が血で赤く染まった。
何も出来ずただ茫然とするしかない隆戦の耳に顔を寄せ、扶光は囁く。
「付く側を間違えるからこうなるんだよ」
扶光は音親子の姿を嘲笑いながら飛んでいった。
隆戦は父の懐から滑り落ちた紅珊瑚の鏡に触れ、「こんな物のために……」と、涙を流した。
だから気付けなかった。鏡が父親の血を吸い尽くそうとしていることに。
一方戦場では、思いがけない援軍の存在に、法霊武林軍は沸き立った。
「どこで何をしていたかは、これが終わったら話すね」
「わかった。会えて嬉しいよ、若蓉兄さん」
「私もだよ」
槍を使い戦場を駆ける若蓉は、以前とは違って見えた。
自信があり、溌溂としている。
そして、髪にはあの簪。
瑞雲も気付いたようだ。
しかし、今はそれどころではない。
杏花は手足が折れても動き続ける僵尸の頭を斬り落としていった。
「白梅、紅梅。怪我人を集めて重体、重傷者から順に手当てを。これ以上、可哀そうな僵尸を増やすわけにはいかない。一人でも多く助けて」
杏花は双子に全仙力の三分の一を渡した。
「文句は後で聞くから」
双子は泣きそうな顔をしながらすぐに行動を始めた。
「青梅……」
青い光が杏花の前で煌めいた。
「おや? 陰陽娘を狙ったつもりだったが……。なかなかやるな、青年」
七綾は弾かれた剣と自分の手を見ながら嗤った。
「なぜ狙う」
瑞雲は杏花を守るように剣を構え、女道士を睨みつけた。
「邪魔な奴は見ればすぐわかる。この場において最も厄介なのが、その陰陽娘だ」
七綾の剣が杏花に向く。
「お前の相手は私だ」
「悪いが、美男子に興味はないんだよ」
七綾は杏花に斬りかかろうと向かってきたが、それらをすべて瑞雲が剣で受け弾き飛ばした。
「顔も良くて腕も立つ。お前、よく嫉まれるだろう」
七綾は愉快そうに顔を歪めた。
瑞雲に背中を預け、杏花は青梅に仙力の三分の一を渡し、半分を霊力に変え、菫鸞、青鸞、琅雲、瑞雲に送った。
(身体には、戦うのに充分な量はある)
「お前には敵いそうもない。でも、味方は無限に増やせるんだ。なんてったってここは戦場だからな」
七綾が三叉鈴を鳴らそうと手に持った瞬間、瑞雲の剣がそれを斬り、破壊した。
「おい……、お前、なんてことを! これは父上が趕屍匠合格の祝いにくれた……、大切な……」
七綾の長い髪が逆立ち、その身体から赤煙が立ち昇った。
「皆殺しだ」
七綾の怨念に呼応し、その手に紅珊瑚の鏡が飛んできた。
「起尸鬼ノ法。僵尸共、自我を持った鬼と成れ」
鏡が太陽の光を反射し、閃光を発した。
次の瞬間、僵尸達の身体が膨らみ、頭からは角が生え、筋骨隆々とした鬼へ変化した。
「死ね」
数は大きく削ったものの、先ほどまで戦っていた僵尸とは比べ物にならないほど強い敵が出現した。
「剪紙成兵ノ術。盾と成れ」
杏花は人形の紙に仙力を込め、黄色い甲冑を着た武士に変化させた。
その数は三千。
「黄色い武士はあまり強くないから、盾として利用してください!」
「充分だよ! 息を整えられる!」
菫鸞の明るい声が聞こえた。
刹那、白い光と共に輝く蝶が舞い降りた。
その蝶は法霊武林軍の肩にとまったかと思えば、身体の中へと入って行った。
何故か杏花の身体には一匹も寄り付かない
「な、なにこれ。めちゃくちゃ力が沸いてくる」
菫鸞と青鸞は頷き合うと、同時に鬼に殴りかかった。
一撃で十体の鬼が地面に沈んでいく。
他の兵も同じく覚醒し、一気に優勢となった。
「どういうことなの……?」
杏花は上空を見た。
すると、そこには若蓉の姿があった。
「この蝶は……、まさか」
背中で、七綾の断末魔が聞こえた。
「くそ! また、届かない、のか」
ゆっくりと地面に倒れ込み、赤煙が身体から抜け、鏡へと吸い込まれて行く。
鬼たちは活動を止め、人形のように固まり、灰になりはじめた。
「勝った……?」
各所で「勝った、勝ったんだ!」と歓声が上がる。
琅雲と青鸞、菫鸞が駆け寄ってきた。
と、その直後、法霊武林軍の面々が地面に膝をつき、息も絶え絶えに苦しみだした。
「瑞雲! みんな!」
杏花は急いで白梅を呼ぶと、二人で戦場全体に布瑠ノ陣を展開した。
「みんな……、みんな……」
少し遠くでは、茜耀と如昴も苦しそうに倒れかけている。
杏花は残っている全仙力を注いだ。
「杏花!」
「お、おにい、ちゃん」
戦況を白龍の上から見ていた蒼蓮が朱蓮と共に飛んできた。
「み、んな、霊力、を、失いかけ、て、る。自己、治、癒、能力、が、間に、合、わない」
「杏花……。もうやめろ。あとは朱蓮と俺がやる。白梅は怪我人の治療を……」
蒼蓮の目の前、妹が口から血を流し、瞳を明滅させながら横に倒れ、気絶した。
「まずい。このままじゃ……。白梅そのまま朱蓮と布瑠ノ陣を続けろ」
蒼蓮は懐から黒い小瓶を取り出すと、中から金色に発光する丹薬を取り出した。
「持ちこたえろ、杏花」
蒼蓮はすぐに杏花の胸に丹薬を乗せ、招魂ノ陣を敷いた。
丹薬は杏花の中へと入り、その光は一瞬で全身を駆け巡る。
「息をしろ、杏花!」
蒼蓮の声が、凄惨な戦場に響き渡った。
「杏花……、杏花……」
涙を流しながら顔を覗き込むのは、瑞雲と菫鸞。
身体を包んでいるのは、愛しい人の腕。
「な、何があったの? みんなは?」
「大丈夫。星兄妹弟のおかげで、みんな助かったよ」
菫鸞が涙を拭い、微笑んだ。
「瑞雲、もう、泣かないで」
「もう無茶はしないでくれ」
「うん。約束するよ」
杏花は身体を起すと、周囲を見渡した。
兄と弟、そして白梅が手当てをして回っている。
紅梅と青梅はその手伝いをしているようだ。
朱蓮と目が合った。
「お姉ちゃん!」
朱蓮の声に、蒼蓮が顔を上げた。
「おお、目が覚めたか」
二人が側にやってきた。
「お姉ちゃん」
朱蓮は我慢していた涙が滂沱と流れだした。
「心配かけてごめんね。でも、私……」
「もう大丈夫だ。ただ、もう」
「さっき瑞雲と約束したよ。もう無茶はしない」
「そうしてくれ。心臓に悪い」
悲しげな瞳で微笑む兄の言葉が、胸を締め付ける。
「じゃぁ、俺たちは治療の続きをするから。お前もそれなりに回復したら手伝ってくれ」と言い、蒼蓮は泣き続ける朱蓮をなだめながら連れて行った。
「音氏と鳳氏はどうなったの?」
「捕まって、雷氏と静氏が紅葉山荘の牢に収容しに行った。鳳氏にかけられていた『破れぬ誓い』の呪は解けたと」
「そっか……。鏡は?」
「兄上達が頑張っているけれど、怨念を吸い過ぎて封印も破壊も難しいんだって。邪気が強すぎてそもそも触れないし」
三人で話していると、若蓉と扶光が近付いてきた。
「杏花! 目が覚めたんだね。良かった……」
若蓉が跪き、杏花の手を握ろうとするのを、菫鸞と瑞雲が遮ったように杏花には見えた。
一瞬、若蓉は瑞雲と菫鸞を瞋恚の目で見た。
「ねぇ、若蓉。さっきのは何ていう術?」
菫鸞が聞く。
すると、若蓉は扶光と顔を見合わせ、答えた。
「実はこれ……、蝶舞の簪なんだ」
三人は簪と若蓉の顔を交互に見た。
「ずっと持っていたの?」
杏花の問いに、扶光が口を開く。
「義兄上もつい最近まで知らなかったんだ。欒山の北にある寂れた山寺へ逃げていた時、そこに所蔵されている書物に目を通して偶然わかったんだよ」
また嘘か、と杏花は思ったが、確証はない。
「もしかしたら、この簪ならあの鏡を破壊できるかも」
若蓉は扶光を伴って琅雲達の元へ向かった。
「あれ、どう思う?」
菫鸞が視線で兄弟を追う。
「あの蝶は私達の霊力を吸い、一時的に強化していたように思う」
「私もそう思う」
「だから私にはとまらなかったの……?」
杏花の言葉に、二人が顔を見合わせた。
「若蓉は蝶を操作できるってこと?」
菫鸞と瑞雲が杏花を見た。
「わからない。でも、私のところには一匹も来なかった」
「杏花の霊力のことはみんな知っている。もちろん、若蓉も。そういうことなのかも」
琅雲達の方で動きがあった。
白い閃光が空まで届き、何かが砕け散る音がこだました。
「うそ、本当に破壊出来たの?」
菫鸞が「ちょっと見てくる」と走って行った。
そして数分後、険しい顔をして戻ってきた。
「どうだった?」
「吸ってた」
「吸ってた?」
菫鸞の言葉に、杏花と瑞雲は困惑した。
「吸っていたの。あの簪、鏡の怨念を」
「え……?」
「驚いちゃったよ。でも、兄上達が『すぐに杏花達のところへ戻りなさい』って。顔には出していなかったけれど、二人ともかなり動揺していたよ」
三人はあまりの衝撃に言葉が続かなくなった。
それぞれ冷静に考え、三人は同じ考えが頭に浮かぶ。
「神器は怨念を吸って強化される……?」
「それってまずいよね」
「まだ一つ見つかっていない」
初春の冷たい風が吹く。
しかし、まったく春の気配を感じない。
この冷たさは気温のせいなのか、悪い予感のせいなのか、三人にはわからなかった。