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第十三集:祝い

 祝うどころではなかった新年。

 しかし、それ以上の喜ばしい出来事が二つ待っていた。

 一つは三日前に蓬莱国ほうらいこく天皇と大秦国だいしんこく皇帝から届いた聖旨。

 太監たいかんの総監自ら運び、読み上げる役目も務めてくれた。

 聖旨にはこう書かれていた。

 「蓬莱国ほうらいこく星辰せいしん王府 星辰せいしん王が息女、シン 杏花シンファ群主ぐんしゅに、『杏薬玄女しんやくげんにょ』の称号を与える」と。

 称号を与えるに至った理由なども様々記されていたが、恥ずかしいほどに褒め讃えている内容だったので、杏花シンファはまったく覚えられなかった。

 そして、本日。

 正装に身を包んだ瑞雲ルイユン杏花シンファが、シン家両親の前に座って並んでいる。

 挨拶を済ませ、いよいよ本題に入る。

 瑞雲ルイユンが口を開いた。

「生涯を歩む中で、険しく足元の見えない道も、凍てつく風が吹き荒れる時も、杏花シンファ殿と共にいられるのならば、それらすべてが私にとって光輝くあたたかな花道となるでしょう。私は杏花シンファ殿の家となり、一生をかけて守ってまいります。星辰せいしん王殿下、桃薬天女とうやくてんにょ様、杏花シンファ殿との結婚をお許しいただけますでしょうか」

 瑞雲ルイユンは平伏し、杏花シンファもそれにならった。

瑞雲ルイユン杏花シンファ。どんな時でも、どこにいても、二人が幸せならば、それが一番嬉しい。友と、そして家族と助け合いながら生きていこう。それが私達からの願いだ」

 瑞雲ルイユンと一緒に顔を上げる。

瑞雲ルイユンくん。杏花シンファをよろしくね」

 涙を浮かべる両親の姿に、杏花シンファまで泣けてきてしまった。

「はい。どんなことがあっても、私の帰る場所は杏花シンファ殿であり、杏花シンファ殿が愛するものすべてを大切にいたします」

「大袈裟だなぁ」

 杏花シンファは涙を浮かべる瑞雲ルイユンの目元を拭った。

 泣きながら笑っているのか、笑いながら泣いているのか、杏花シンファは自分でもわからなくなっている。

「さあ、お祝いの食事に烏良ウーリィァン候の屋敷に行くぞ」

「え、うちで食べるんじゃないの?」

「それが、この間の飲み会で今日のことを話したら、『我が屋敷の昌容しょうよう殿を宴席に使うと良い』って」

「え、でも」

「まあ、身内だけの食事だから大丈夫」

 と、白蓮バイリィェンは思っていたが、屋敷では盛大なもてなしが待っていた。

星辰せいしん王殿下、桃薬天女とうやくてんにょ様。杏花シンファ群主のご婚約、まことにおめでとうございます」

 建物を揺るがすほどの低く大きな声が重なって響き渡った。

 昌容しょうよう殿へ入ると、琅雲ランユン蒼蓮ツァンリィェン朱蓮ヂュリィェンだけでなく、かつて烏良ウーリィァン候の配下として戦っていた大将軍達まで待っていたのだ。

 もちろん、その軍師や将軍達も。

 総勢、三十人はいるだろうか。

 もっと驚いたのは、青鸞チンルゥァン菫鸞ジンラン如昴ルーマオ茜耀チィェンイャォ柔桑ロウサン、そして莅月リーユェも待っていたことだった。

「二人ともおめでとう! さぁ、こっちに座って! 若者はこっちの席だよ」

 菫鸞ジンランに手を引かれ、二人はみんながいる席へと腰を下ろした。

「兄上達は杏花シンファのご両親、蒼蓮ツァンリィェン兄さん、烏良ウーリィァン候とかと呑むんだって。私達は楽しく可愛く過ごそう」

菫鸞ジンランお得意の可憐な笑顔に、みんなが笑顔になる。

「あなたが朱蓮ヂュリィェンね。とっても可愛い。柔桑ロウサンも小さい頃は可愛かったのだけれど」

「姉上、私は今でも可愛いですよ。ねえ? 如昴ルーマオ兄さん」

「あ、ああ。そうだな」

 茜耀チィェンイャォ莅月リーユェ朱蓮ヂュリィェン鴉雛あすうを気に入ったようで、ずっと話しかけている。

 朱蓮ヂュリィェンも初めて見る美人な女性二人に驚きつつ、楽しく会話しているようだ。

「祝言はいつ挙げるんだ?」

 如昴ルーマオは、次々と運ばれてくる料理が綺麗に配置されるよう気を配りながら、瑞雲ルイユンに尋ねた。

義母上ははうえが日取りの候補を出してくださる」

「で、お兄ちゃんと義兄上あにうえが決める」

 如昴ルーマオ菫鸞ジンランは「え?」と同時に声を出した。

「ほら、あの」

 杏花シンファが言葉を濁すので、菫鸞ジンランが詰め寄り「どういうことなの?」と端麗な容姿を惜しみなく披露して聞いてきた。

「わ、私の父は蓬莱国ほうらいこく天皇陛下と大秦国だいしんこく皇帝陛下の兄弟分って話は以前したでしょう?」

「うん。それ、詳しく聞いてみたかったんだよね」

「実は、私も気になっていた」

「私も」

 菫鸞ジンランだけではなく、如昴ルーマオ瑞雲ルイユンも気になっていたようだ。

「何度も何度も聞かされてきたから覚えてる。たしか三十年前。まだ皇帝陛下が親王殿下で、天皇陛下が東宮だったとき……」

 白蓮バイリィェンの祖父は、東宮の教育係である太傅たいふであった。

 白蓮バイリィェンと兄、瑾蓮ジンリィェンは、父親が有名な陰陽術師であったため、あまり一緒に過ごすことが出来ず、いつも祖父と東宮御所へ。

 未来の天皇である東宮、陽悠はるひさと共に勉学や武道に励むうちに、三人は親友となり、常に行動を共にするようになった。

 社交的な二人とは違い、白蓮バイリィェンは内向的。

 可愛い弟として、とても大事にされて育った。

 そんなある日、大秦国だいしんこくへ遊学に行くことが決まった陽悠はるひさは、父である天皇に頼み、親友二人の同行を許してもらった。

 精霊船せいれいせんに乗るのも、外国へ行くのも、何もかも初めてだった三人。

 乗船し部屋が与えられると、行ってみたい場所や、やってみたいことなどを毎日夜遅くまで話し合った。

 一週間後、無事に首都へ到着した三人は、太傅や護衛の将軍達に連れられて、まずは大秦国だいしんこく皇宮へ行くことに。

 蓬莱国ほうらいこくとは雰囲気の違う建物、服装、食べ物の数々に、三人はずっと好奇心を掻き立てられていた。

 皇宮へ着くとすぐに謁見を許可され、大秦国だいしんこく皇帝の前へ。

 陽悠はるひさが皇帝に招いてもらった礼や学びたいこと、訪れたい場所などを淀みなく話し、その姿に皇帝もとても満足していた。

 会話の終わりに、皇帝は一人の男児を紹介した。

 「朕の息子の中で、君たちと一番歳の近い皇子だ。仲良くしてやってくれ」と。

 それが後の大秦国だいしんこく皇帝となる禮睿リールイだった。

 自己紹介の時、「はるひさ? きんれん? はくれん? 大秦語だいしんごでは何て読むの?」と言われ、陽悠はるひさが「私の名はこのまま呼んでもらえると嬉しい。二人は瑾蓮ジンリィェン白蓮バイリィェンだ」と教えた。

 禮睿リールイの案内で赴いた場所はどこもとても美しく、白蓮バイリィェンにとっては初めて見る薬草など、心が躍る体験ばかりだった。

 四人はすぐに打ち解け、大人の見よう見まねで義兄弟の契りを交わした。

 楽しい日々を過ごしていたある日、四人は「皇宮から一番近い山だから」と、わずかな護衛だけ連れて出掛けて行った。

 川遊びや木登り、枝を使っての剣術など、その場で出来る遊びに夢中になっていると、気付けば陽が落ちかけ、空が橙から紫へ変わっていくところだった。

 「帰らないと太傅達に怒られる」と、四人は護衛を連れて帰路につくも、運が悪いことにその日は新月。

 本来は弱いはずの小鬼たちが力を得て鬼となり、跋扈していた。

 四人の前に五体の鬼が立ちはだかった。

 護衛の数は三人。

 しかし、着いてきたのはただの人間の護衛。

 何の術も使えず、あっさりと倒されてしまった。

 「陽悠はるひさ、守りの陣を。白蓮バイリィェン、行くぞ」と、瑾蓮ジンリィェンが言うと、二人はすぐに動いた。

 陽悠はるひさは「四方拝ノ陣しほうはいのじん」と唱え、自分と禮睿リールイを護る結界を。

 白蓮バイリィェンは「金烏きんう玉兎ぎょくと、あいつらを倒すんだ」と指示し、瑾蓮ジンリィェンは「黒天梟こくてんきょう。好きにやれ」と、神の御使いみつかいである巨大なふくろうを召喚した。

 禮睿リールイは、目の前の三人が冒険譚に出てくる英雄に見えた。

 鬼が武器で殴りつけてきてもびくともしない結界。

 風のように飛びながら鬼を引きちぎっていく大きな梟。

 煌めく刀で鬼を斬り伏せていく二人の武人。

 数分と経たず、すべてが片付いた。

 「飛んで帰ろう。黒天梟こくてんきょう、倒れている護衛を掴んで運んでくれ」と瑾蓮ジンリィェンが指示したあと、四人はその梟の背に乗って夜空へ飛び立った。

 星々が瞬く輝きも霞むほど、禮睿リールイにとっては親友三人こそが光に見えた。

「と、こんな感じ。だから伯父と父は皇族でもないのに王爵おうしゃくを授かり、それぞれ明星王と星辰せいしん王に冊封され、今でも四人の絆は繋がっている、らしい」

 三人の青年男性はこの話が羨ましかったのか、「義兄弟の契り……」と呟いた。

「とっても素敵な話だったぁ。あとで兄上にも話してあげようっと」

「素晴らしい話だった。だが、この話がなぜ、兄君とリン宗主が祝言の日取りを決めることと関係あるんだ?」

 杏花シンファ瑞雲ルイユンの手を握り、「ごめんね」と言い、話し始めた。

「義兄弟の契りを結んだって言ったでしょう? ということは、私には父方に伯父が三人もいるってこと。贈り物の量はどうなると思う? 可愛い弟分の娘が結婚するんだよ? うちの両親だけじゃさばききれないよ」

 瑞雲ルイユン菫鸞ジンランは一生懸命考えているようだが、如昴ルーマオだけは顔を真っ青にした。

「あ、姉上の婚姻はとても大変だった……。祝言で来賓が居る間、両親は目が回るほど忙しくて、全てが済んだ後、二人は丸一日寝込んだんだぞ」

 瑞雲ルイユンは、少し距離のある席で蒼蓮ツァンリィェン達と楽しそうに話している琅雲ランユンを見た。

「兄上も寝込むだろうか……」

「わからない。でも、ごめんね」

 杏花シンファの謝罪に、瑞雲ルイユンはもう一度兄を見た。

 次第に夜も深まり、招かれた若者たちは領主屋敷に用意された部屋へとそれぞれ案内され、宿泊することになった。

「兄上達はまだ話すの?」

 菫鸞ジンランはまだ部屋にはいかず、杏花シンファ瑞雲ルイユンと共に庭園へと出た。

イン氏とフォン氏に対する法霊武林ほうれいぶりんの姿勢を考えなくてはならないのだと思う」

 あの法霊武門ほうれいぶもん襲撃から数週間経つというのに、イン氏もフォン氏も姿をくらましている。

 四大法霊武門ほうれいぶもんから人員を出して探すものの、煌風こうふう藤陵とうりょうの城や屋敷は欒山らんざん同様もぬけの殻。

若蓉ルォロン兄さんと扶光フーグゥァン兄さんも、どこへ行ってしまったの……」

 あの時、杏花シンファ達を助けずに逃げることもできたはず。

 何故そうしなかったのだろう。

 そして、どうしてあのかんざしを使ったのだろう。

 神器かもしれないものを持っていると露見させるような行為を、扶光フーグゥァンがさせるだろうか。

「あのかんざし……。蝶の飾りがついていた」

 考えが声に出ていたようだ。

 前を歩いていた二人が振り向いた。

「蝶の……、かんざし? それって、神器の一つ、蝶舞の簪ちょうまいのかんざしのこと?」

「あ、いや……。ちゃんと見たわけじゃないからわからないんだ」

 憶測で若蓉ルォロンが疑われるのは避けたい。

 ただ、ジン 宇津ユージンの調査では、若蓉ルォロンは貴い血筋だということがわかっている。

 神器は何者かによって盗まれたと言われているが、開け方も、入口がどこにあるかもわからない密室に侵入出来るとすれば、皇族かその関係者になる。

 それに、神器を呪物にするために使われた生体組織が誰のものなのかもわかっていない。

扶光フーグゥァンが同年代じゃないって言うのは聞いてる?」

「ああ。兄上から」

「私も。実際は何歳なんだろうね。見た目からすれば、青年期であることは間違いなさそうだけれど」

「何のためにニー氏の養子になったんだろう」

「たしかに。年齢を隠し、名家の宗主を騙して潜り込める才能があるなら、もっと選べたのに。ニー氏も大きな武門ぶもんだけれど、財力ではレイ氏が一番だし、歴史と伝統ではジン氏が一番。武力で言えばうちが一番で、剣術と蔵書数で言えばリン氏が一番。ニー氏は門下生の数が一番って言うだけで、それ以外に特徴は無いはず」

 菫鸞ジンランは池にいる鯉を眺めながら続けた。

「ただ、貴い血筋っていうのがひっかかる。何代前の、誰の皇統なの?」

「皇統……」

 初めて若蓉ルォロンの調査結果を聞いた時は、扶光フーグゥァンの正体を知ることに躍起になっていたため、皇統のことまでは気にしなかった。

「それを調べれば、何か、もっと重要なことに繋がる気がする。扶光フーグゥァンの正体とか、残りの神器の行方とか」

「私もそんな気がする。でも、今はイン氏とフォン氏の動向も気になる」

「報復に備える必要がある」

 瑞雲ルイユン杏花シンファを見つめながら、心配そうな顔をする。

 螢惑けいこく山で杏花シンファが吐血したことを、まだ引きずっているのだろう。

 杏花シンファ瑞雲ルイユンの手をとり、そっと握った。

「たしかに。失った兵力を補充するために身を隠している可能性もあるものね」

 考えることはたくさんある。

 考えなければならないことも。

 考えたくないことも。

「あ、雪だよ」

 菫鸞ジンランは手のひらを空に向け、「私、扶桑ふそうがとても好きになったよ。これからはもっと来るね」と微笑んだ。

「私も好きだ」

瑞雲ルイユン扶桑ふそうを好きなのは杏花シンファがいるからでしょう?」

 菫鸞ジンランに言われ、瑞雲ルイユンは頬が桃色に染まる。

「ふふ。私も同じ理由だから、すぐわかるよ」

「二人とも、ありがとう」

 この穏やかな時間がずっと続けばいいと願う。

 神でも、星でもなく、大切な人達に。


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