雅学二十日目、不凍航路の上空に巨大な白龍が現れ、あたりは騒然となった。
地面に影もないのに、空に浮かんでいる。
龍は太陽の光を透化出来るため、影ができないのだ。
唖然とした顔で空を見つめる門下生達をよそに、駆け寄る者が三名。
「どうもぉ! 星辰薬舗でーす!」
気の抜けた大きな声が降ってくる。
「お、お兄ちゃん!」
杏花は瑞雲と菫鸞と共に走った。
「おお! 杏花、元気かぁ?」
白龍から降ってきたのは声だけではなかった。
翡翠色の羽衣を纏った成人男性も一緒に、ゆっくりと地面へ降り立った。
「あ、雪宗主と……、琅雲じゃぁん!」
「お久しぶりです、蒼蓮兄さん」
糸目で笑い顔。
髪は杏花と同じく、一本の三つ編みに結い、背中に垂らしている。
深緑色の深衣がよく似合うこの男性は、星辰薬舗の若旦那、星 蒼蓮。
「白龍縮めますねぇ」
蒼蓮が「白龍、おいでぇ」と言うと、嬉しそうに目を細めた巨大な龍がシュルシュルと小さくなっていき、その体にくくりつけている木箱と共に降りてきた。
「お久しぶりです、杏花様」
杏花の身体の周りを一周し微笑む白龍は、とても神龍には見えない。
蒼蓮が生まれた瞬間にこの世界に現れた青龍の息子、白龍は、蒼蓮を寵愛し、付き従う龍神となる特別な存在。
蒼蓮と同じ二十一歳のため、龍からすればほんの赤子。
まだまだ甘えたい盛りだ。
「配達ご苦労様です」
青鸞と菫鸞は興味深そうに白龍を見つめている。
「いえいえ! 薬舗の激務から解放されるので、この仕事は大好きですぅ。……もしかして、そちらの美青年は……、瑞雲?」
「はい」
「杏花とはどうなったの?」
「一生守ることで合意しました。近々ご挨拶に伺います」
「お、おお……。杏花おめでとう! 兄より先に結婚するつもりなのは寂しいけれど、お前が幸せならいいや。あ、後で診察するからなぁ」
「あ、うん」
「では早速、薬房をみせていただきますねぇ。ちゃんとしたご挨拶は後でしまぁす」と、木箱を白龍に持たせ、待機していた不凍航路の侍医とともに歩いて行ってしまった。
「相変わらず、突風みたいな方だ」
「うちの兄がすみません」
杏花は苦笑しつつも、誇らしげな笑顔を浮かべた。
天才型の蒼蓮は、教わったことは一度で完璧に再現できた。
それが刀術でも、医術でも、薬術でも、仙術でも、陰陽術でも。
杏花にとって、自慢の兄だ。
「わあ、わあ、素敵ですね。ねえ、菫鸞」
「そうですね! 兄上」
雪兄弟は子供のようにはしゃいでいる。
「喜んでいただけて、白龍も気分がいいと思います」
「ご家族皆さん従者をお持ちなのですか?」
青鸞は好奇心に満ちた目で杏花に尋ねた。
「母は医仙なので従者はいませんが、父と私達兄弟にはそれぞれいます」
父、白蓮は金烏、玉兎という武神の御使いを従えている。
兄、蒼蓮は白龍。
杏花は梅園と呼ばれる三名の従者がいる。
刀術と医術を司る白梅、弓術と守護を司る紅梅、隠密と浮遊、そして災禍を司る禍津鬼神の青梅。
青梅の真名は杏花しか知らない。
弟、朱蓮は空狐と呼ばれる神の御使いである九尾の狐、鴉雛を。
「陰陽術師であれば七歳までに従者を得ることが出来ます」
「わあ、わあ、素敵」
「わくわくしますね、兄上」
雪兄弟は両手を合わせて跳ねている。
「単なる奴隷じゃねぇか」
隆戦が佳栄と取り巻きを従えてすぐ横を通って行った。
「僻まなくてもいいのに」
菫鸞は「困った奴らだなぁ」と可愛い顔を顰めた。
「まあ、陰陽術は法霊武林では邪術だから。気にしてないよ」
五人が話しているところへ、珍しい人物が近付いてきた。
「あの、素敵ですね。その、兄君の龍……」
勇気を出して話しかけてきてくれたのか、頬がとても紅潮している。
まるで寒い場所から暖かな室内へ移ったばかりの少女のようだ。
「霓公子! ありがとうございます。後で直接白龍に言ってあげてください。とっても喜ぶと思います」
「え、え、お話ししてもいいのですか?」
顔がぱっと明るくなる。
まるで花が咲いたように。
「もちろんです」
若蓉と話すのは今日で二回目。
一度目は一昨日の午後、どこかの門下生にわざと肩にぶつかられ、転んだところを助けた時。
義弟の扶光が怒り、その門下生にくってかかろうとしているのを瑞雲と菫鸞が止め、杏花と莅月で若蓉を近くの椅子まで避難させた。
「星殿、私も義兄上と一緒に白龍と接しても良いでしょうか」
「大歓迎です」
扶光は若蓉の手を握り、「義兄上、楽しみですね」と微笑んだ。
(本当に、とても仲良しだ)
周囲は若蓉と扶光を比べたがるが、本人達はまるで気にしていないようだ。
常に一緒に行動し、扶光が若蓉を守っている。
ただ、少しその行動がいき過ぎているのか、若干話しかけづらいと思うこともない。
「あ、莅月姉さん!」
亜麻色の髪をなびかせながら、笑顔で駆け寄ってきた莅月。
「薬房を手伝っていたら、いきなり白い龍を連れた明るい男性が入ってきて驚いちゃった」
「うちの兄がすみません……」
「え! 杏花のお兄さんなの? あんまり、というか、似てないんだね」
「うちは兄弟三人とも似ていないんだ」
「そうなんだ。うちと一緒だ」
少し悲しげな表情で微笑む莅月は、遠くでたむろしている双子の兄の変化に戸惑っているようだ。
「杏花、診察の時間だぞぉ」
「お疲れ様」
蒼蓮が笑顔で戻ってきた。
「その前にみんなが白龍と触れ合いたいって。お兄ちゃんは雪宗主と霖宗主と話してきたら?」
「そうするかぁ。じゃ、白龍をよろしくぅ」
蒼蓮は白龍に「後で迎えに来るからねぇ」と言い、宗主達とその場を後にした。
「皆さん、白龍と遊んでくれるんですか?」
白龍はとても嬉しそうだ。
「鱗があるので少し硬いですが、鱗と同じ方向に撫でてくだされば、白龍はとても嬉しいです」
その場にいる皆が「え、撫でてもいいの?」と驚きつつ白龍に触れ出した。
「わあ、ひんやりしているんだね」
菫鸞は白龍に触れながらその体がどうなっているのか興味深く観察している。
「私達の手が熱すぎて痛くなったりしないの?」
莅月は心配しながらそっと撫でている。
「人間の体温なら何ともありませんよ。それどころか、溶けた鉄程度なら耐えられます」
「わ、すごいんだね」
莅月は安心したのか、白龍の頭を撫で始めた。
「瑞雲様は杏花様の夫になるのですか?」
「そうだ」
「じゃあ、白龍のことも大切にしてくださいますか?」
「もちろんだ」
瑞雲は周囲からは見分けがつかないほど微かに微笑んだ。
杏花は瑞雲の嬉しそうな表情に、幸せを感じて心がくすぐったくなった。
「そちらのお二人、もっと撫でていただいて大丈夫ですよ」
若蓉と扶光は子供のような笑顔を浮かべ、白龍に触れた。
そうして過ごしていると、白龍の髭が空に向かって持ち上がった。
「あ、蒼蓮様が白龍を呼んでいるようです。皆さん、また今度遊んでくださいね」
白龍は満足そうな表情で蒼蓮達が歩いて行った方向へ飛んでいった。
「可愛かったね」
若蓉が扶光に微笑みかけると、彼はまた義兄の手を握った。
「白龍に触れている義兄上がとても可愛らしかったです」
杏花は何とも言い難い違和感を覚えた。
(血が繋がっていないのだから、別におかしくはないけれど……)
扶光は若蓉を守っているというより、精神的に軟禁しているような、そんな印象を受けた。
杏花は試しに誘ってみることにした。
「霓公子、この後お茶しませんか?」
やっぱりだ、と杏花は思った。
扶光が一瞬攻撃的な視線を向けてきたのだ。
「い、良いですよ」
「じゃぁ、莅月姉さんも一緒に」
「私達は?」
「菫鸞と瑞雲は霓二公子を連れて鍛錬でもして来たらいいよ」
「良いもん、鍛錬好きだもん」と、菫鸞は瑞雲と扶光を連れて武闘場へと向かって行った。
おそらく、杏花の意図を汲み取ってくれたのだろう。
扶光は何度も振り返り、「後で迎えに行きますから」と若蓉に告げた。
「仲が良いんですね」
「はい。扶光が養子に来てくれた時からずっとああやって守ってくれて……。大事な義弟です」
「ねぇ、名前で呼び合わない?」
莅月の提案に、杏花と若蓉も頷いた。
「じゃぁ、莅月姉さん、若蓉兄さん、中庭へ行こう」
杏花が二人の手を取り、歩き出した。
ちょうど中庭には他に人がおらず、一番よく景色が見られる場所を確保できた。
椅子に座り、一番に口を開いたのは意外にも若蓉だった。
「お、お二人はいつ仲良くなったのですか?」
杏花は「紅梅、お茶の準備をお願いしてもいい?」と召喚しながら若蓉を観察し始めた。
「えっと、雅学が始まって一週間経った頃だっけ」
「そうそう。莅月姉さんが滝のところで落下しそうになっていたのを助けたんだ」
「あの時は、どこの貴公子が抱きかかえてくれたんだろうってときめいちゃった」
「私でごめん……」
「貴公子よりも、もっともっと嬉しかったよ」
杏花に向かって優しい笑みを浮かべる莅月を、若蓉は羨ましそうな表情で見ている。
「杏花の羽衣姿は本当に綺麗で格好良くて……。抱きかかえた私に向ける視線も、こう、表現が難しいのだけれど……、慈愛というか、とにかく優しいの。若蓉もどこかから落下すれば杏花が助けに来てくれるよ」
「え、ええっ」
「莅月姉さん、変なこと吹き込まないでよ」
杏花が若蓉を見ると、彼も杏花の方を見ていた。
「……若蓉兄さん、もし良ければ抱えて飛ぼうか」
「い、いいよ! そんな……、め、迷惑だろうし。それに、あの、霖二公子が……」
「瑞雲は大丈夫。私の紳士的振る舞いについてはもう気にしていないみたいだから」
杏花は立ち上がり、若蓉に手を差し出した。
「あ、じゃぁ……」
杏花の手に手を重ね、若蓉が立ち上がる。
「では、失礼」
若蓉の身体がふわりと浮いた。
「あ、わあ……」
すでに杏花の腕には若蓉が横たわっている。
「上昇し、少し円を描くように飛びながら着陸するから。しっかり抱かれていてね」
「は、はい……」
太陽が傾き、地平線を目指して沈み始めている。
杏花は天空目指して飛び上がった。
「綺麗だ……」
若蓉は涼やかな風を肌に感じながら、目の端に揺れる翡翠色の羽衣と橙色に染まりかけている空の色を眺めている。
「寒くない?」
「大丈夫。杏花が、その」
「今日は体調が良くて。体温がまともなの」
杏花が微笑みかける。
若蓉の目が精巧な硝子細工のように煌めいた。
「では、ゆっくりと降りて行きますよ、公子」
莅月が言っていたのはこのことか、と、若蓉が感じた瞬間には、すでに頬は今までにないほど熱を帯び、夕陽を背負い飛び続ける貴公子に見惚れてしまっていた。
扶光よりも美しい人は知らなかったのに。
風が二人の身体の周りを巡り、その音が空からの祝福のように聞こえる。
気付けば、地面はすぐそこ。
ふわりと着地した杏花から向けられた笑顔は、二度と忘れることはないだろうと、若蓉は羨望を覚えた。
ゆっくりと地面に足を着け、自分よりも背の低い、可愛い女子の杏花を心から格好いいと感じた。
「お疲れ様。さぁ、温かいお茶で冷えた身体を癒さないとね」
「本当に、素敵な体験をありがとう」
「またいつでも」
莅月が「素敵だったでしょ」と若蓉と感想を共有している。
そこへ、蒼蓮と二人の宗主がやってきた。
杏花は雪宗主と霖宗主に作揖すると、蒼蓮に視線を向ける。
「杏花、診察の時間だよ」
「わかった。じゃぁ二人とも、また後でね」
莅月と若蓉に見送られ、雪宗主が用意してくれた客間へと向かった。
「何を話していたの?」
「お二人が雷宗主から密書を受け取って。その内容のことをね」
客間へ入り、お互い向かい合うように座った。
蒼蓮が右手で杏花の手首に触れ、左手から伸ばした霊力花でその身体を包む。
「……いつも通り、あまり良くはない。ただ、修練は続けているみたいだな。霊力の調和も、仙力の流れにも澱みがない。合格点だ」
普段の兄。商人としての口調ではない。
「霊力で戦ったんだって?」
杏花の肩が跳ねた。
「挑発に乗るな。吐血だけで済んだのは幸運だったと思え。白龍のおかげで俺はすぐに駆けつけられるけど、もし間に合わなかったら? お前が倒れたら悲しむ人達がいることを忘れるな」
「わかった」
蒼蓮の瞳が青く光る。
怒っているというよりは、杏花の軽率な行動を悲しんでいるのだろう。
「もうしない。挑発にも乗らない」
「そうしろ」
杏花の身体を包んでいた延齢草の霊力花が蒼蓮の左腕へと戻っていく。
解放された手首をだらりと下げ杏花はため息をついた。
「なんだなんだ、お兄様じゃ不満か」
「違うよ。どうせ薬が増えるか成分が強力なものに変わっているか……。そうなんでしょ?」
「その通り。父さんと母さんも、特に朱蓮がお前を心配している。お姉ちゃんはいつ帰ってくるのって、ほぼ毎日聞いてくるからな。もちろん俺も心配している」
「あはは。ありがたい」
蒼蓮は苦笑しながら、白龍の口から大きな薬箱を取り出した。
「増えてはいないが……。まあ、劇薬ってとこだな。この薬は霊力の弱い人間が飲めば錯乱する。こっちは心臓発作。で、これは一週間くらい眠ったままになるだろうな。だから酒類は厳禁だぞ。飲み物は必ず確認してから飲め。酒を盛られたら身体が痺れて感覚が鈍るからな」
とても薬とは思えないようなものが詰まった瓶を、それぞれ二本ずつ、計六本受け取った。
「これは朝晩。これは昼だけ。わかっているだろうが、必ず空腹時に飲めよ。それと……」
蒼蓮は真紅の小瓶を取り出し、杏花に見せた。
「緊急用だ。どうしても自分の力では抑えきれず、さらには二時間以内に俺が駆けつけられない場合にのみ、一錠服用しろ」
「白梅を呼べ」と言われ、杏花は白梅を召喚した。
「蒼蓮様」
「この小瓶は白梅が管理するんだ。他の薬もどうせ白梅が杏花に飲ませているんだろうとは思うが、この小瓶に入っている丸薬だけは簡単に杏花に飲ませるな。あくまで緊急用。無理も無茶もさせないでくれよ」
「かしこまりました。杏花様では取り出すことのできない、私専用の薬棚にしまっておきます」
梅園はそれぞれ積載量の違う小神域を持っており、その中には様々なものが収められている。
白梅なら医術道具や、百味箪笥などの薬術関連のもの。
紅梅は一番積載量が多く、杏花の着替えや、日用品、携帯食料、簡易的な衛生用品、体調を整える白い衣『霊仙衣』の替えなどをしまっている。
青梅に関しては積載量が殆ど無く、『帳』という存在感を消す術に使う大きな布を持っているだけ。
「杏花、必ず無事でいろ。お兄ちゃんとの約束だ」
「うん。約束する」
蒼蓮は大きく息を吐き出し、「まったく、うちの妹は……」と微笑んだ。
「ねぇ、さっきの密書の話は?」
「ああ、なんとなんと、音氏の密偵が扶桑に向かっているそうだ。もう到着しているんじゃないか?」
「え、なんで?」
頭に家族、街の人々、芍薬楼が思い浮かんだ。
「音公子はお前にコテンパンにされたことが相当悔しかったんだろうな」
「嘘でしょ⁉︎ そんなくだらない理由で?」
怒りを通り越して呆れてしまう。
「んなわけないだろ。音氏は元から残りの神器をどこの家が持っているのか探りに息子たちを送り込んだんだよ、不凍航路にな」
「どうして?」
「どうやら、鏡の破片を全部持っているらしい」
「え」
鏡のかけらは四方に飛び散ったはず。
偶然でそれらが揃うわけがない。
「音氏はずっと昔から神器を狙って各武門を監視していたってこと?」
「だろうな。鏡の器が不凍航路にある、と、鏡が飛来するに至った地点を割り出したんだろ。でも実際にはもう盗まれているし。そこまで知らなかったのだから、盗んだ奴とは今のところ手は組んでいないんだろうよ」
「でも、じゃぁ……、なんで扶桑に?」
「現在御史台を仕切っている御史の綾侯殿の孫が、音氏の配下にあたる良家の娘を娶っている。家族の何気ない会話や、祖父を訪ねて皇宮へ行った夫から、蓬莱国との繋がりや星辰薬舗のことを探ったんだろうな」
「陛下も側近とはいえ官僚の孫の嫁にまで干渉しないし、調べることもないだろうから仕方ないね。扶桑のみんなは大丈夫なの?」
「おいおい我が妹よ。扶桑の領主が誰だか忘れたのか」
「あ……、そうか」
扶桑領主、烏良氏は八代に渡り北の国境線を守ってきた一品軍侯の家系であり、領主本人も三十年前まで前線に立ち、その武勇を示していた武人である。
さらに、その身体には星家同様、扶桑発祥の五葉族の血が流れている。
「すでに烏良侯には父さんが警告している。音氏が何人密偵を送り込んでこようとも、俺たちの誕生日くらいしか調べられないさ」
「心配いらないってことだ」
「その通り。じゃぁ、俺は帰る。雅学最終日に迎えに来るから、可能な限り健康でいろよ」
「うん。ありがとう」
二人は客間を出て宗主達がいる部屋へ向かった。
「お、兄妹の会話は進みましたか」
琅雲が立ち上がり、微笑んだ。
「次は朱蓮も一緒にいらしてください」
青鸞も腰を上げ、もう帰ってしまう蒼蓮に名残惜しそうな視線を向けた。
「また来ます。弟は飛べるのに高所恐怖症で……。なんとか言いくるめて連れてきますねぇ」
「ふふ。お待ちしております」
四人で外へ出ると、杏花の友人達が待っていた。
「お見送りしようと思って」
菫鸞が瑞雲と扶光の腕を掴み、その横に若蓉と莅月が目を輝かせながら立っている。
「菫鸞は白龍が見たいだけでしょう」
「兄上、それを言ってはいけませんよ」
あたたかな笑い声が広がっていく。
「では皆さん、私の可愛い妹をよろしくお願いしますねぇ!」
勢いよく舞い上がった白龍の身体へ向かい、蒼蓮は地上へ手を振りながら飛んでいった。
「杏花」
少し寂しそうな杏花の横顔。
瑞雲はゆっくり近付き、隣に立った。
「これくらいで揺らいでいたら、お嫁になんていけないよ」
微笑む杏花の手を握り、瑞雲はみんなには聞こえないほど小さな声で言う。
「お互いがお互いの居場所であれば、それがどこでも構わない。離れて過ごさなくてはならない日があっても、私は杏花が安全で幸せならば、それでいい」
本心なのだろうけれど、瑞雲の目は正直だ。
切ない目が、あまりに可愛い。
「私のこと大好きだね」
「当然だ」
幸せそうに微笑む二人を見つめ、莅月は心から羨ましいと感じた。
莅月が幼い頃から恋をしている静 柔桑は、とても優しくて楽しくていつも笑顔にしてくれるのだが、それは何も莅月が特別だからではない。
柔桑はどんな女性も笑顔にする。
誰の特別にもならず、なろうともせず。
「いいなぁ……」
莅月がそう言った瞬間、誰かの声が重なった。
振り返ると、それは若蓉だった。
いつの間にか扶光が若蓉の手を引き、まるで隠すように立ちはだかっていた。
とても悲しそうな目で若蓉を見つめている。
そして、莅月は次の視線にとても驚いた。
扶光が、杏花と瑞雲を殺意のこもった目で見たからだ。
瞬きほどの時間。でも、目撃するには十分だった。
秋風が通り抜ける。
まだ冬の気配はしないのに、それはやけに冷たく、痛みを伴った。