ルィンヴェルたちと別れたあと、ボクは全速力で島へと向かう。
予想以上に波が高く、足元の海水を制御するだけで普段の数倍の魔力が必要だった。
それに加えて、波に流された船がそこら中を漂っていた。夜で視界が悪いこともあって、注意しないとぶつかってしまいそうだ。
やがてカナーレ島の南西に接近したボクは、半分以上水に浸かった港を横切って中央運河に入る。
普段でも水の多い中央運河だけど、今は大量の海水が流れ込んだ影響で、明らかに水かさが増していた。
増えた水は
「おーい! お嬢ちゃん! 助けてくれー!」
その時、街路樹に必死にしがみつく男性の姿が目に飛び込んできた。
「アランチーニ屋のおじさん!?」
見知った顔に、ボクは思わず声を上げる。
彼は腰まで水に浸かりながらも、流されまいと必死に堪えていた。
「ああ……店を片付けているうちに、まさかこんなことになるなんてな。さっさと逃げておけばよかった……」
おじさんは言いながら、濁流の一角を見やる。そこにはお店の残骸らしきものが沈んでいた。
「すぐに助けるから、頑張って!」
このままでは命が危ないと判断したボクは、即座に海魔法を発動。彼を巨大な水の腕ですくい上げる。
「す、すまない。助かったよ」
「ナギサちゃん、こっちも助けてー!」
おじさんを近くの屋根に避難させた直後、別の屋根にいる家族から声をかけられる。
「屋根の上は安全だから、もう少しそこで待ってて! 必ず助けに来るから!」
ボクは大声で言って、その家族の前を素通りする。
周囲を見渡してみると、同じように屋根の上や、建物の二階に避難している人が多くいた。
さすがに人数が多すぎて、ボク一人じゃどうにもできない。安心させる言葉をかけるのが精一杯だった。
……断腸の思いで中央運河を進み、ベルジュ商店の近くで路地へと上がる。
……上がったはずなのだけど、一面水浸しでどこが路地なのかわからなかった。
この頃になって、ボクは一抹の不安を覚える。
……もし、このままおばあちゃんの家まで水没していたら。
まだおばあちゃんに、ルィンヴェルとの関係を話せていないのに。もう会えなくなったりしたら……。
頭の中に溢れてきたそんな考えを、ボクは慌てて打ち消す。
「……大丈夫。おばあちゃんはきっと無事でいるよ」
そう呟いたあと、ボクは胸元にある海鳥のペンダントを握りしめる。
「……よぅしっ」
自らを鼓舞するように声を出し、ボクは水の上を全速力で進み始めた。
◇
水の上を駆けることしばし。ボクはおばあちゃんの家に到着した。
おばあちゃんの家の近くに水路はないのだけど……地形の関係なのか、一階部分はほぼ水没していた。屋根の上にも、人の姿はない。
「おばあちゃん!」
ボクは叫び、家の中へと飛び込む。
それから海魔法を駆使して一階を探し回るも、その姿を見つけることはできなかった。
もしかして、逃げようとして流されてしまったのかな。
「……ナギサかい?」
そんなことを考えた矢先、どこからか声が聞こえた。
「おばあちゃん、どこ!?」
それから耳を澄ますと、その声は二階から聞こえていた。ボクは階段を駆け上がる。
その階段も八割ほどが水没していたけど、二階にあるボクの部屋は浸水被害を免れていた。
「ああ、やっぱりナギサだったんだね」
……そこに、おばあちゃんがいた。
ずぶ濡れになっているけど、元気そうだ。
「おばあちゃん! 無事だったんだね!」
思わず飛びつくと、おばあちゃんは驚いたような安堵したような、感情の入り混じった顔をした。
「もう会えなくなるかと思った。怖かった」
たまらず胸の内を吐き出すと、おばあちゃんは優しくボクの頭を撫でてくれる。
「まだまだいなくなったりはしないよ。孫の顔を見るまでは死ぬもんか」
「……へっ?」
まさかのおばあちゃんの言葉に、ボクはしばし固まる。
「おばあちゃん、なんで知ってるの!?」
「そりゃ、あれだけ島で噂になってるからね。ナギサ本人からは、何の説明もないけど」
「あう……色々あって、挨拶しそこねてたんだよ……落ちついたら話すから、今は逃げよう! あの窓から……うわっ!?」
叫ぶように言った直後、家が傾いた。
階段から水が流れ込んでくると同時に、背後の本棚が倒れてくる。
「おばあちゃん、危ない!」
ボクは庇うようにおばあちゃんに覆いかぶさるも、倒れてきた本棚が頭を直撃。一瞬、意識が飛びそうになる。
「……ナギサ、大丈夫かい!?」
「だ、大丈夫。本棚、すぐにどけるから」
そう言って、流れ込んできた海水を海魔法で操り、本棚をどける。だけど、そこまでだった。
「あ、れ……?」
痛みからか、海魔法をうまく扱えない。おばあちゃんと一緒に、逃げなきゃいけないのに。
そうこうしている間に水量は増え、家の傾きは増していく。
こ、これはまずいよ。早く逃げないと……!
おばあちゃんに肩を貸して、必死に歩くも……うまく足が動かなかった。
窓はすぐそこなのに、すごく遠く感じた。
「お兄様! お二人とも、いましたよ!」
「……ナギサ! 無事かい!?」
――その時、ものすごく安心できる声が聞こえた。
二人とも、戻ってきてくれたんだ。