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第16話『おばあちゃんを救え』


 ルィンヴェルたちと別れたあと、ボクは全速力で島へと向かう。


 予想以上に波が高く、足元の海水を制御するだけで普段の数倍の魔力が必要だった。


 それに加えて、波に流された船がそこら中を漂っていた。夜で視界が悪いこともあって、注意しないとぶつかってしまいそうだ。


 やがてカナーレ島の南西に接近したボクは、半分以上水に浸かった港を横切って中央運河に入る。


 普段でも水の多い中央運河だけど、今は大量の海水が流れ込んだ影響で、明らかに水かさが増していた。


 増えた水は船揚場ふなあげばから運河沿いの家々に流れ込んでいるらしく、様々な家財道具が水に浮かんでいた。


「おーい! お嬢ちゃん! 助けてくれー!」


 その時、街路樹に必死にしがみつく男性の姿が目に飛び込んできた。


「アランチーニ屋のおじさん!?」


 見知った顔に、ボクは思わず声を上げる。


 彼は腰まで水に浸かりながらも、流されまいと必死に堪えていた。


「ああ……店を片付けているうちに、まさかこんなことになるなんてな。さっさと逃げておけばよかった……」


 おじさんは言いながら、濁流の一角を見やる。そこにはお店の残骸らしきものが沈んでいた。


「すぐに助けるから、頑張って!」


 このままでは命が危ないと判断したボクは、即座に海魔法を発動。彼を巨大な水の腕ですくい上げる。


「す、すまない。助かったよ」


「ナギサちゃん、こっちも助けてー!」


 おじさんを近くの屋根に避難させた直後、別の屋根にいる家族から声をかけられる。


「屋根の上は安全だから、もう少しそこで待ってて! 必ず助けに来るから!」


 ボクは大声で言って、その家族の前を素通りする。


 周囲を見渡してみると、同じように屋根の上や、建物の二階に避難している人が多くいた。


 さすがに人数が多すぎて、ボク一人じゃどうにもできない。安心させる言葉をかけるのが精一杯だった。


 ……断腸の思いで中央運河を進み、ベルジュ商店の近くで路地へと上がる。


 ……上がったはずなのだけど、一面水浸しでどこが路地なのかわからなかった。


 この頃になって、ボクは一抹の不安を覚える。


 ……もし、このままおばあちゃんの家まで水没していたら。


 まだおばあちゃんに、ルィンヴェルとの関係を話せていないのに。もう会えなくなったりしたら……。


 頭の中に溢れてきたそんな考えを、ボクは慌てて打ち消す。


「……大丈夫。おばあちゃんはきっと無事でいるよ」


 そう呟いたあと、ボクは胸元にある海鳥のペンダントを握りしめる。


「……よぅしっ」


 自らを鼓舞するように声を出し、ボクは水の上を全速力で進み始めた。


 ◇


 水の上を駆けることしばし。ボクはおばあちゃんの家に到着した。


 おばあちゃんの家の近くに水路はないのだけど……地形の関係なのか、一階部分はほぼ水没していた。屋根の上にも、人の姿はない。


「おばあちゃん!」


 ボクは叫び、家の中へと飛び込む。


 それから海魔法を駆使して一階を探し回るも、その姿を見つけることはできなかった。


 もしかして、逃げようとして流されてしまったのかな。


「……ナギサかい?」


 そんなことを考えた矢先、どこからか声が聞こえた。


「おばあちゃん、どこ!?」


それから耳を澄ますと、その声は二階から聞こえていた。ボクは階段を駆け上がる。


 その階段も八割ほどが水没していたけど、二階にあるボクの部屋は浸水被害を免れていた。


「ああ、やっぱりナギサだったんだね」


 ……そこに、おばあちゃんがいた。


 ずぶ濡れになっているけど、元気そうだ。


「おばあちゃん! 無事だったんだね!」


 思わず飛びつくと、おばあちゃんは驚いたような安堵したような、感情の入り混じった顔をした。


「もう会えなくなるかと思った。怖かった」


 たまらず胸の内を吐き出すと、おばあちゃんは優しくボクの頭を撫でてくれる。


「まだまだいなくなったりはしないよ。孫の顔を見るまでは死ぬもんか」


「……へっ?」


 まさかのおばあちゃんの言葉に、ボクはしばし固まる。


「おばあちゃん、なんで知ってるの!?」


「そりゃ、あれだけ島で噂になってるからね。ナギサ本人からは、何の説明もないけど」


「あう……色々あって、挨拶しそこねてたんだよ……落ちついたら話すから、今は逃げよう! あの窓から……うわっ!?」


 叫ぶように言った直後、家が傾いた。


 階段から水が流れ込んでくると同時に、背後の本棚が倒れてくる。


「おばあちゃん、危ない!」


 ボクは庇うようにおばあちゃんに覆いかぶさるも、倒れてきた本棚が頭を直撃。一瞬、意識が飛びそうになる。


「……ナギサ、大丈夫かい!?」


「だ、大丈夫。本棚、すぐにどけるから」


 そう言って、流れ込んできた海水を海魔法で操り、本棚をどける。だけど、そこまでだった。


「あ、れ……?」


 痛みからか、海魔法をうまく扱えない。おばあちゃんと一緒に、逃げなきゃいけないのに。


 そうこうしている間に水量は増え、家の傾きは増していく。


 こ、これはまずいよ。早く逃げないと……!


 おばあちゃんに肩を貸して、必死に歩くも……うまく足が動かなかった。


 窓はすぐそこなのに、すごく遠く感じた。


「お兄様! お二人とも、いましたよ!」


「……ナギサ! 無事かい!?」


 ――その時、ものすごく安心できる声が聞こえた。


 二人とも、戻ってきてくれたんだ。


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