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第15話『異海人として』


 僕は妹のアレッタとともに、冬の海に飛び込んだ。


 目指すは我が祖国・アクロネシア王国だ。


 冬の海は冷たいとナギサは言うけれど、僕たち異海人いかいじんは海水温の差をそこまで感じない。


 むしろ、海底の地形や潮の流れによって生じる渦潮のほうが、はるかに危険だ。


「アレッタ、大丈夫かい?」


「はい! 平気です!」


 それこそ、地上近くの海は吹き荒れる風の影響を受け、荒れに荒れていたけど……少し潜れば、そこは穏やかないつもの海だった。


 強力な風の力も、海の奥深くまでは届かないということだろう。


「……これでは、我が国は地上で起こっている惨事など、知る由もないだろうな」


 そう口にしながら全力で泳いでいると、やがて王国が見えてきた。


「殿下、それに姫様も。どうされました?」


 血相を変えて城門にやってきた僕たちを見て、兵士たちが驚きの声を上げる。


「非常事態だ。今すぐに父上にお会いしたい」


 短く伝えると、彼らは一礼して道を開けてくれる。


 感謝の意を伝えるのもそこそこに、僕とアレッタは王宮の中へ飛び込んだ。


「……どうした。戻って来るとは聞いておらんぞ」


 そのまま謁見の間へ駆け込むと、息を切らす僕たちを見ながら、父上は目を見開く。


 左右に控える兵士たちも、一様に困惑顔をしていた。


「現在、地上は突如発生した嵐に襲われ、カナーレ島は高波の被害を受けています」


「なんと……それは気の毒に」


 神妙な顔で伝えると、父上は同情の言葉を口にした。


「それで、お前たちは避難してきたというのか」


「いえ。地上の者たちを救うため、助力をお願いに来ました。父上、この国の兵を私にお預けください」


 そう伝えるも、父上は明らかに渋い顔をした。


「地上人にとって、冬の海は冷たい。彼らが海に落ちれば、わずかな時間で死ぬのです。父上は友好関係を結ぼうとする者たちを、見捨てようというのですか?」


「そ、そう言われてもな……それこそ、地上の者たちとの交流事業はうまくいっておらんそうじゃないか。信頼関係も築けておらぬ者たちのために、我が国の兵を危険にさらすのか?」


 畳みかけるように言うも、父上からそんな言葉を返された。


 地上との交流が進まない責任は僕にもあるし、それを言われてしまうと……返答に困る。


「お父様、ひとつよろしいですか?」


 その時、アレッタが口を開いた。


 予想外の人物からの発言に、その場の視線が彼女に集まる。


「わたしが地上で暮らした時間は短いですが、皆さん、すごく良くしてくれました。初めて見る料理に、聞いたことのない物語……お友達も、たくさんできました」


 無数の視線を受けてもなお、凛とした口調でアレッタは続ける。


「そのきっかけをくれたのは、ほかでもないナギサお姉さまでした。今、お姉さまは大好きな島の皆を守ろうと、必死になっています」


 一歩前に出て、アレッタは父上を見据える。普段のあどけなさが嘘のような、鋭い視線だった。


「このまま何もしないなんて、アレッタにはできません。それは、恩を仇で返す行為です」


 また一歩、アレッタが玉座に近づく。


「わたしも、大好きな人たちを守りたいのです。そのためには、たとえ一人でも地上に戻ります。命など、惜しくありません」


「む、むう……」


 やがて、父上の眼前までアレッタは近づく。その眼力はすさまじく、父上は気圧されていた。


「……父上、人々が手を取り合うには、きっかけが必要だと思うのです。今がその時ではありませんか?」


 そろそろ頃合いと、助け舟を出すように言う。父上の視線が僕を捉えた。


「断れば……お前はどうするのだ?」


「アレッタともに地上へ向かいます。地上には愛する者がいますので」


「……ええい、すっかり地上に毒されおって」


 はっきりとそう伝えると、父上は観念したように項垂れる。


「わかった。兵を出す。だが、我一人では決めきれん。ここは立候補制にするとしよう」


 それから父上は顔を上げると、謁見の間に立ち並ぶ兵士たちを見渡す。


「貴公らに問う。我こそは地上に馳せ参じるという者は、挙手せよ。拒否しても構わぬ」


 高らかにそう宣言すると、兵士たちはしばし顔を見合わせ……一人、また一人と挙手していく。


 ……最終的に、その場にいた全員が手を上げた。


「貴公らの思い、確かに伝わった。これは騎士団の総意としよう。我も地上へ向かう。早急に準備せよ」


 父上はそう口にし、玉座から腰を上げる。


『――やりましたよ。お兄様』


 その時、そんなアレッタの念話が聞こえた気がした。


 我が妹ながら、なかなかの策士っぷりだ。


 これは僕より、彼女のほうがこの国の指導者に向いているかもしれないな。


 心の中で呆れ笑いをしつつ、僕も地上へ戻る準備を始めたのだった。


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