……その後、ボクとルィンヴェル、アレッタの三人は協力して人々を教会の屋根へと避難させる。
一人ずつ窓辺に来てもらい、ボクと手を繋いで海魔法の水柱に乗ってもらう。
無事に屋根の上へ送り届けたら、また別の人と手を繋いで……こんな動きを、三人で何度も繰り返した。
時々強い風が吹き、高波が襲ってくるものの……上手くタイミングを合わせれば海魔法は使用可能で、避難は順調に進んでいった。
やがて残り人数も少なくなってきた時、イソラの順番が回ってきた。
本来なら二階席に逃げていてもおかしくないのだけど、彼女のことだし、自分より他人の避難を優先したのだろう。
「悪いナギサ、イソラを頼んだ」
全身ずぶ濡れの彼女は、ラルゴのコートを羽織って震えていた。
合唱の最中に波に襲われたこともあり、イソラは聖歌隊の衣装のままだ。あの服はお世辞にも防寒性が高いとは言えないし、ラルゴも気が気じゃないだろう。
「まかせて! ラルゴもすぐに助けるからね!」
そう言ってすぐ、ボクはイソラを抱いて水柱に乗る。
そのまま屋根で待機していたアレッタにイソラを預けて、すぐに地上へと戻る。
続けてラルゴを救助し、最後に避難指示のために残っていた伯爵様を屋根に上げると、ようやく全員の避難が完了した。
「はぁぁ……なんとかなったぁ……」
自分も屋根に上がった直後、一気に気が抜けてしまう。
ちなみに屋根の上も風は強いけど、マールさんがクラゲ魔法で暖を取らせてくれていた。まるで暖炉の前にいるように、じんわりと温かい。
「これは……二十五年前の災害と同じか、それ以上だな。まさかこの時期に……」
マールさんの魔法に感謝していると、近くに立つ伯爵様が、ぽつりと呟いた。
その話は、ボクも聞いたことがあった。大嵐に見舞われたカナーレ島は、発生した高潮によって島のほぼ全域が浸水。多くの被害が出てしまったらしい。
まさかそれと同規模の災害が、冬に起こってしまうなんて。
「あの頃は私も若く、助けを求める人々のために何かできるはずだと、父に言い寄ったものだが……その父と同じ年になってみて、自分の無力さを痛感することになるとはな」
力なく座る伯爵様から視線をそらし、ボクは遠くに見える街を見渡す。
暗くてわかりにくいけど、あちこちに白波が立っていた。島の各地で、似たような高潮被害が出ているみたいだ。
「……なぁ、ナギサちゃん。お願いがあるんだが」
その時、屋根に避難していた男性の一人が申し訳なさそうな顔で言う。
「街のほうに、俺の爺さんがいるんだ。昨日から腰を痛めてて、教会には来ていないんだが……きちんと避難してるか、海魔法を使って確かめてきてくれないか?」
「お、俺んとこもお願いできないか。目の悪い妹が家にいるんだ」
「俺の家にも、婆さんが……」
時折波に洗われる街を見て、皆不安になったのだろう。次から次にそう懇願してくる。
「ちょっと待つんだ。ナギサだって、街におばあさんがいる。心配なのは、皆同じだ」
その様子を見て、ルィンヴェルが慌てて皆を静止する。
「ううん。おばあちゃんはきっと大丈夫だよ。おばあちゃんの家は海や水路からは離れているし、二階もあるから。だからボク……」
「……でもさ、おばあさんは足を怪我したって言ってなかった?」
皆を助けに行くよ――そう口にしようとした時、ロイが心配顔で言った。
「そうだけど、きっと無事に逃げてるよ……」
口ではそう言ったものの、胸の内でくすぶっていた不安が一気に大きくなった。
とたんに呼吸がしにくくなって、頭がくらくらしてくる。
次に脳裏に浮かんだのは、両親がいなくなってしまった時のこと。
……また、あの悲しい気持ちを味わうことになったら、ボクは……。
「ナギサ、落ち着いて」
全身が震え、思わず膝から崩れそうになった時、ルィンヴェルがボクを抱きしめてくれた。
「ナギサ、君はおばあさんを助けに行くんだ。街の皆は……僕がなんとかする」
「なんとか……って?」
「……助けを呼んでくる。すぐに戻るから、ナギサはおばあさんのところへ。大切なものの順番を、間違えちゃいけないよ」
そう言うとすぐに、ルィンヴェルはアレッタに声をかけ、二人は真っ暗な海へと飛び込んでいった。
「……皆、ごめん。マールさんもいるし、この場所は安全だと思うから。しばらく、ここで待ってて」
それを見送ったあと、ボクはルィンヴェルの言葉を信じ、屋根から海へと飛び込んだのだった。