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第14話『島を襲った悲劇 後編』


 ……その後、ボクとルィンヴェル、アレッタの三人は協力して人々を教会の屋根へと避難させる。


 一人ずつ窓辺に来てもらい、ボクと手を繋いで海魔法の水柱に乗ってもらう。


 無事に屋根の上へ送り届けたら、また別の人と手を繋いで……こんな動きを、三人で何度も繰り返した。


 時々強い風が吹き、高波が襲ってくるものの……上手くタイミングを合わせれば海魔法は使用可能で、避難は順調に進んでいった。


 やがて残り人数も少なくなってきた時、イソラの順番が回ってきた。


 本来なら二階席に逃げていてもおかしくないのだけど、彼女のことだし、自分より他人の避難を優先したのだろう。


「悪いナギサ、イソラを頼んだ」


 全身ずぶ濡れの彼女は、ラルゴのコートを羽織って震えていた。


 合唱の最中に波に襲われたこともあり、イソラは聖歌隊の衣装のままだ。あの服はお世辞にも防寒性が高いとは言えないし、ラルゴも気が気じゃないだろう。


「まかせて! ラルゴもすぐに助けるからね!」


 そう言ってすぐ、ボクはイソラを抱いて水柱に乗る。


 そのまま屋根で待機していたアレッタにイソラを預けて、すぐに地上へと戻る。


 続けてラルゴを救助し、最後に避難指示のために残っていた伯爵様を屋根に上げると、ようやく全員の避難が完了した。


「はぁぁ……なんとかなったぁ……」


 自分も屋根に上がった直後、一気に気が抜けてしまう。


 ちなみに屋根の上も風は強いけど、マールさんがクラゲ魔法で暖を取らせてくれていた。まるで暖炉の前にいるように、じんわりと温かい。


「これは……二十五年前の災害と同じか、それ以上だな。まさかこの時期に……」


 マールさんの魔法に感謝していると、近くに立つ伯爵様が、ぽつりと呟いた。


 その話は、ボクも聞いたことがあった。大嵐に見舞われたカナーレ島は、発生した高潮によって島のほぼ全域が浸水。多くの被害が出てしまったらしい。


 まさかそれと同規模の災害が、冬に起こってしまうなんて。


「あの頃は私も若く、助けを求める人々のために何かできるはずだと、父に言い寄ったものだが……その父と同じ年になってみて、自分の無力さを痛感することになるとはな」


 力なく座る伯爵様から視線をそらし、ボクは遠くに見える街を見渡す。


 暗くてわかりにくいけど、あちこちに白波が立っていた。島の各地で、似たような高潮被害が出ているみたいだ。


「……なぁ、ナギサちゃん。お願いがあるんだが」


 その時、屋根に避難していた男性の一人が申し訳なさそうな顔で言う。


「街のほうに、俺の爺さんがいるんだ。昨日から腰を痛めてて、教会には来ていないんだが……きちんと避難してるか、海魔法を使って確かめてきてくれないか?」


「お、俺んとこもお願いできないか。目の悪い妹が家にいるんだ」


「俺の家にも、婆さんが……」


 時折波に洗われる街を見て、皆不安になったのだろう。次から次にそう懇願してくる。


「ちょっと待つんだ。ナギサだって、街におばあさんがいる。心配なのは、皆同じだ」


 その様子を見て、ルィンヴェルが慌てて皆を静止する。


「ううん。おばあちゃんはきっと大丈夫だよ。おばあちゃんの家は海や水路からは離れているし、二階もあるから。だからボク……」


「……でもさ、おばあさんは足を怪我したって言ってなかった?」


 皆を助けに行くよ――そう口にしようとした時、ロイが心配顔で言った。


「そうだけど、きっと無事に逃げてるよ……」


 口ではそう言ったものの、胸の内でくすぶっていた不安が一気に大きくなった。


 とたんに呼吸がしにくくなって、頭がくらくらしてくる。


 次に脳裏に浮かんだのは、両親がいなくなってしまった時のこと。


 ……また、あの悲しい気持ちを味わうことになったら、ボクは……。


「ナギサ、落ち着いて」


 全身が震え、思わず膝から崩れそうになった時、ルィンヴェルがボクを抱きしめてくれた。


「ナギサ、君はおばあさんを助けに行くんだ。街の皆は……僕がなんとかする」


「なんとか……って?」


「……助けを呼んでくる。すぐに戻るから、ナギサはおばあさんのところへ。大切なものの順番を、間違えちゃいけないよ」


 そう言うとすぐに、ルィンヴェルはアレッタに声をかけ、二人は真っ暗な海へと飛び込んでいった。


「……皆、ごめん。マールさんもいるし、この場所は安全だと思うから。しばらく、ここで待ってて」


 それを見送ったあと、ボクはルィンヴェルの言葉を信じ、屋根から海へと飛び込んだのだった。


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