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第12話『再臨祭の夜 後編』


 やがて夜になり、中央運河沿いで仮面舞踏会が始まった。


 無数の明かりに照らされる広場で、仮面をつけた男女が幻想的な踊りを披露している。


 ちなみにボクはというと、広場の端っこに隠れるようにしていた。


 踊りの衣装はシンシアが貸してくれたんだけど、いざとなると怖気づいてしまう。


 目の前で踊っている人たちは息もピッタリで、腕に自信がある人たちばかりのよう。ボクの出る幕はないような気さえする。


「そろそろ、僕たちも踊ろうか」


「う、うん……」


 同じように仮面をつけたルィンヴェルに声をかけられ、ボクはおずおずと頷く。


 それから楽曲が切り替わるタイミングで、広場の中央へと向かった。


「えっと、右手を組んだら、左手は男性の右肩に……」


「……ナギサ、緊張してる?」


「そ、それはもちろん……」


 思わず声が漏れると、ルィンヴェルは苦笑する。


 衣装を用意してもらう間、シンシアからダンスの基本的な動きは教わったのだけど……それが身についているかと言われると、全く自信はなかった。


「僕に任せてくれたらいいから。ほら、始まるよ」


 ルィンヴェルがそう口にした直後、音楽が流れ始めた。


「まずは前進ステップで……右足を前に。次の足は横に出して……あ」


 シンシアから習った内容を必死に思い出しながらステップを踏むも、ルィンヴェルの足を踏んでしまった。


「ご、ごめん」


「いいよいいよ。もう一回やろう」


 小さな声で謝るも、彼は励ますように笑顔を見せてくれた。深呼吸をして、再びステップを踏む。


 ……今度は足がついていかず、危うく転びそうになった。


「あう……」


「はは……ナギサは色々と考えすぎだね。ステップより、カウントを意識したらいいよ。ワルツは終始3カウントだから覚えやすいし」


「カウント……」


「そうそう。暗いし、誰も足元なんて見ていないよ。気楽に、楽しく踊らないと」


「わ、わかった。いち、にい、さん……」


 楽しく踊る……ルィンヴェルからそう言われて、ボクは肩の力が抜けた気がした。




 ……その後はルィンヴェルからアドバイスをもらいつつ、少しずつ踊りに慣れていく。


「……あ、ごめんなさい!」


 それでも、気を抜くと隣で踊っている人の足を踏んでしまうことがあった。


 舞踏会が始まってかなりの時間が経つし、広場には人も増えてきた。


 踊り手同士の間隔もおのずと狭くなるし、注意しないといけない。


「……なんだか手狭になってきたね。せっかくだし、僕たちのダンスホールに行こうか」


「へっ? どこに?」


 もっと思いっきり踊りたいなぁ……なんて考えていた矢先、ルィンヴェルがそう口にした。ボクは思わず聞き返す。


「こっちだよ。ついてきて」


 言うが早いか、ルィンヴェルはボクの手を取ったまま広場を抜け、運河のほうへと進んでいく。


 困惑していると、彼はそのまま柵を乗り越え、運河へと身を投じた。


「うわっ!?」


 一瞬驚くも、ルィンヴェルはすぐに海魔法を発動。ボクたちは二人一緒に、海の上に立つ。


「ほら、ここが僕たちのダンスホールさ」


 和やかな笑みを浮かべる彼に言われ、周囲を見渡す。


 黒い絵の具を落としたような海面に月の光が反射し、時折キラキラと輝いていた。


 かと思えば、運河のわずかな波に反応するように、夜光虫たちが淡い光を放つ。


 そこには、昼間とは全く別の世界が広がっていた。


「それじゃ、改めて」


 ルィンヴェルがボクの右手を優しく握り、まっすぐな視線を向けてくる。


 ボクは頷いたあと、彼の右肩に手を添え、身を委ねた。


 ……やがて、ボクたちは海上を滑るように踊りだす。


 すると、先程までとは明らかに感覚が変わる。


 不思議とルィンヴェルの次の動きがわかり、それに備えることができていた。


 それと同時に、すごい安心感を覚える。


 音楽に合わせて舞い、体を回転させ、ステップを踏む。


 誰にも邪魔されない海の上で、二人っきりで踊る。それこそ、ボクとルィンヴェルにしかできないダンスだった。


 そのあまりの楽しさに、広場の人々がボクたちのダンスに見入っていることなど、全く気づかなかった。


 ◇


 しばらくすると仮面舞踏会も終わり、ボクとルィンヴェルはアレッタと合流し、三人一緒に水上教会へと移動する。


 ボクたちは海の上を駆けてきたけど、本来この場所への移動は船だ。教会の周囲は、数え切れないほどの船で埋め尽くされていた。


 明かりを灯した無数の船が並ぶ光景は神秘的な光景であると同時に、どこか厳かな雰囲気を醸し出している。


「圧巻だけど……少し、風が強くなってない?」


「そうかなぁ? 波もそこまでないし、大丈夫だと思うけど」


 首を傾げるルィンヴェルにそんな言葉を返し、ボクは重厚な扉を開ける。


「あ、ルィンヴェルやアレッタも来てくれたのね」


 教会内に足を踏み入れると、礼拝堂の入口にイソラの姿があった。


「イソラお姉さま、ステキな衣装ですね!」


「ありがとう。これ、聖歌隊の正装なの」


 小走りでアレッタが近づき、瞳を輝かせながら言う。


 今日のイソラは一部に青の刺繍が入った白のロングガウンを身に着けていた。


 そのオレンジ色の髪もアップにまとめられ、ガウンと同系色の帽子の下に隠れている。


「イソラの歌、どれだけうまくなったか楽しみにしてるね!」


「ふふ。最近は仕事が忙しくてあまり練習できてないから、期待しないでね」


 イソラはそう言って笑うと、会釈をして隣の部屋に入っていった。どうやら、あそこが聖歌隊の控室になっているようだ。


「……すごい人の数だね。皆何をしているんだい」


 ずらりと並ぶ会衆席と、それに座る人々を見渡しながら、ルィンヴェルが訊いてくる。


「今年一年無事に過ごせたことを、創造神エレファト様に感謝するんだよ。ほら、あれがそう」


 言いながら、ボクは礼拝堂の天井を指差す。


 そこには巨大なレリーフ画があって、海と太陽を示すシンボルの間に、美しい女性の姿が描かれていた。


「なるほど。エレファト様は女性なんだね。青い髪をしているし、どことなくナギサに似てるような気がするよ」


「へっ? さ、さすがに神様に似てると言われるのは……嬉しいような、おこがましいような……」


 ルィンヴェルのまさかの発言に、ボクはしどろもどろになる。


「おーい、ナギサたち! ここ、空いてるぜ!」


 その時、聞き覚えのある声がした。


 見ると、会衆席の最後列にラルゴとロイの姿があった。


「二人とも、来てたんだ。家族と一緒じゃないの?」


「うちのオヤジが教会に来ると思うか? 家で酒飲んでるよ」


「僕のとこも来てないよ。宿が忙しいんだって。代わりに祈ってこいって言われた」


 二人の隣に腰掛けながら尋ねると、そんな言葉が返ってきた。


「そっか。まぁ、ラルゴはイソラ目当てだもんね?」


「そ、そうだよ。悪いかよ」


 ボクが意味深な顔で言うと、ラルゴはばつが悪そうに鼻の頭を掻いた。


 ……ちなみに、ボクのおばあちゃんは少し前に足を痛めたらしく、教会には来ていない。


 今日はおばあちゃんの代わりに、エレファト様に一年の感謝を伝えておこうっと。



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