ルィンヴェルと二人っきりになったボクは、手を繋いだままバザー会場を歩く。
最近は忙しくて、こうしてゆっくりと過ごす時間もなかったし。シンシアの気配りに感謝だ。
「ナギサ、そろそろお昼だし、何か食べる?」
「うーん、せっかくだし、普段食べられないものがいいけど……どこのお店も行列ができてるね」
飲食店が並ぶ一角にやってくるも、ちょうどお昼時ということもあって、ほとんどのお店に行列ができていた。
ボクはルィンヴェルと一緒なら並ぶのも苦じゃないけど、彼自身はどうだろう。
そんなことを考えながら視線を泳がせていると、全く人のいない屋台が目についた。
「おや、お嬢ちゃん。久しぶりだな」
すると、店番のおじさんから声をかけられた。明らかに元気がない。
「あれ? おじさんは確か……」
屋台に近づきながら、ボクは記憶の糸をたどる。そして思い出した。
「ああっ、アランチーニ屋のおじさん! カナーレ祭りの時もお店出してたよね?」
「覚えていてくれたか。あの時は儲けさせてもらったし、今回もと意気込んだんだが……見ての通りだ」
おじさんは店頭に並んだアランチーニを指し示しながら、ため息をつく。全く売れていないようだった。
「えぇっ、おじさんのアランチーニ、すごくおいしかったよ!? なんで売れてないの?」
「どうしてだろうなぁ。たぶん、見た目が悪いんだろ」
言われて、ボクは周囲を見渡す。
左右のお店には、ウサギをかたどった可愛らしい形のお菓子や、見た目の豪華さを全面に出した料理が売られていた。茶色一色のアランチーニは、見た目の華やかさで負けている。
「そんなぁ。食べてもらえたら絶対おいしいのに」
この屋台のアランチーニは、ボクがルィンヴェルとの初デートの時に食べた、いわば思い出の味だ。それが全く売れないなんて、すごく悲しい気持ちになる。
「ご主人、この店のアランチーニ、二つもらえるかい? できたら、揚げたてで」
その時、ルィンヴェルがそう注文していた。
「あ、ああ。まかせときな!」
おじさんは一瞬、虚を突かれたような顔をしていたけど……すぐに我に返り、調理を始めた。
それからしばらくして、揚げたてのアランチーニがボクたちに手渡される。
「ほいよ。こっちがミートソース味で、こっちがカレー味だ。どっちもチーズ多めだぜ」
「ありがとう。ナギサ、前と同じように、半分にしよう」
品物を受け取ると、ルィンヴェルがそう言って自分のアランチーニを二つに分ける。
……それと同時に、濃厚なミートソースとチーズの香りが辺り一面に広がった。
「おいしそう。いただきます」
ボクは挨拶をしてから、もうもうと湯気を立てるアランチーニにかじりつく。
「ひゃうっ……!」
予想はしていたけど、とんでもなく熱い。
だけど、すごくおいしい。冬に食べる揚げたてのアランチーニは最高だった。
「……なぁ、あの料理、すごくうまそうじゃないか?」
「そうだな……待つのも疲れたし、あれにするか」
はふはふと息を吹きかけながらアランチーニを堪能していると、周りの行列の中からそんな声が聞こえた。
「おっさん、それ、俺たちにも売ってくれ」
「こっちは三つだ」
次の瞬間には行列が崩れ、別のお店に並んでいた人たちが次々におじさんの屋台へと並び始めた。
呆気にとられるボクを尻目に、ルィンヴェルは満足そうな笑みを浮かべる。
そしてボクの手を取ると、人波から脱出するように、足早に歩き出したのだった。
◇
その後も、ボクとルィンヴェルは色々な店を見て回る。
「ナギサ、変わった仮面を扱っているお店があるけど、あれはなんだい?」
「夜になったら、中央運河沿いの広場で仮面舞踏会があるんだよ。そこでは皆がこの仮面をつけて、身分に関係なく踊るんだ」
「へぇ、変わったイベントだね」
「なんでも、創造神エレファト様は踊り好きらしくて。一年の締めくくりに、人の姿になって人々の踊りに混ざるんだって」
「なるほどね。仮面をつけていれば、神様が混ざっていても気づかれないというわけだね」
「そんな感じ。飛び入り参加もできるから、ここに売ってるのは観光客用の仮面だよ」
「じゃあ、僕もひとつ買おうかな」
「え、ルィンヴェル、舞踏会に出るの?」
「そのつもりだけど……ナギサは出ないの?」
「……ボクはその、踊り苦手だし」
「海上パレードの時は楽しそうに踊っていた気がするけど」
「あ、あの時は一人だったし。舞踏会ってなると、相手に合わせないといけないでしょ?」
「そこは僕がエスコートするよ。せっかくだし、一緒に出よう」
「う、うん……わかった。ルィンヴェルがそう言うのなら」
ボクは頷いて、売られていた仮面の一つを手に取る。まさかの展開だった。
◇
仮面舞踏会までまだ時間があるということで、ボクたちは露天巡りを続ける。
「……あ」
その時、とあるお店の前でボクは足が止まる。
そこは聖王国からやってきたという銀細工師が出しているお店で、様々な種類のペンダントを扱っていた。
その中のひとつに、ボクの目は釘付けになってしまった。
翼を広げた海鳥をモチーフにしたペンダントで、理由はわからないけど、すごく惹かれた。
「……それ、欲しいの?」
「え?」
思わず固まっていると、ルィンヴェルが優しい声色で訊いてくる。
ボクは反射的に値札を見る。銀細工だけあって、かなり高かった。
「う、ううん。高いし、いいよ」
「顔に『欲しい』って書いてある。一年間頑張ったナギサに、僕からのプレゼントってことで」
笑顔でそう言ったあと、ルィンヴェルは店主さんに声をかける。
女性の店主さんはボクたちのやりとりをずっと見ていたらしく、口元を緩めながら対応してくれた。
「はい」
「あ、ありがとう……」
やがて箱に収まったペンダント受け取るも、ボクは嬉しい気持ちと同時に、申し訳ない気持ちが湧いてきた。
「やっぱり、ボクだけもらうのは悪いよ。何かお返ししなきゃ」
そう口にして、ボクは並んだ銀細工たちを見渡す。
ルィンヴェルに似合いそうなもの、何かないかな。
……その時、イルカをモチーフにしたペンダントが目についた。
「こ、これなんかどう? ルィンヴェルに似合いそうだけど」
「イルカかい? 確かに異海人の世界では、イルカは愛と力の象徴だけど……」
「ふふ、彼女さん、お目が高いですね」
そんな会話をしていた時、店主さんが笑顔で会話に入ってきた。
「え、どういうこと?」
「先程の海鳥のペンダント……モラッカ鳥をモチーフにしているんですが、あの鳥はイルカと仲が良いんです。一緒にいるところを目撃されることも多いんですよ」
……言われてみれば配達の途中、イルカと一緒に泳ぐ鳥を見たことがあるような気がする。あれがそうなのかな。
「じゃあ、これください」
偶然とはいえ、相性の良い生き物同士を選んだことが嬉しくて、ボクは声を弾ませる。
「ありがとうございます。お二人もお似合いのカップルですよ」
店主さんはそう言いながら、ペンダントを箱に入れてくれた。
それをルィンヴェルに渡したあと、これってペアグッズになるのかな……なんて、今更ながらに考えたのだった。