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第10話『地上人と異海人』


 一度広まってしまった噂は簡単には消えず、いつしかボクとルィンヴェルは島公認のカップルになっていた。


 ボクたちはそれを逆手に取り、噂が十分に広まったタイミングで伯爵様のもとを訪れていた。


「噂は聞いている。ナギサ君、異性との交流は人生を豊かにするぞ」


「お父様、こういう時は一番に祝福の言葉をかけるべきですわ。ナギサさん、おめでとうございます」


 その場に同席したシンシアが、まっすぐな笑顔でボクたちを祝福してくれる。


 嬉しいような恥ずかしいような、なんともいえない気持ちになった。


「しかし……書物で読んだことはあったが、まさか異海人いかいじんが実在していたとは」


 伯爵様は続けてそう言い、ルィンヴェルに視線を送る。


「お父様、あまりジロジロ見ては失礼ですわ。この方は親善大使である以上に、一国の王子なのですよ」


「……そうであった。これはとんだ失礼を」


 以前からルィンヴェルの身分を知るシンシアが、たしなめるように言う。伯爵様は深く一礼した。


「地上では、私はただの親善大使です。お気遣いは不要です」


 ルィンヴェルがそんな言葉を返すと、伯爵様は頭を上げた。


「私はアクロネシア王国の親善大使として、この島の人々と友好関係を結びたいと考えています。モンテメディナ伯爵、我々に交流の機会を与えてはいただけませんか」


 次に、ルィンヴェルが頭を下げる。それを見た伯爵様は一瞬驚いた顔をした。


「ボクからもお願いします!」


 それを見て、ボクも同じように頭を下げる。頭上からは考え込むような声が漏れ聞こえた。


「……わかった。他ならぬナギサ君の頼みでもあるし、できるだけのことはさせてもらおう」


 やがて伯爵様はそう言って、ボクたちに頭を上げるように促す。


 ボクは安堵しつつ、何度もお礼を言ったのだった。


 ◇


 その後、モンテメディナ伯爵様のはからいで何度か交流の場が設けられたものの……結果は芳しくなった。


 あれだけ興味を持ってくれていたはずの住民たちも、島民であるボクの色恋沙汰と、異種族との交流は話が別のようで、そこまで人が集まることはなかった。


 交流会のたびに試行錯誤を繰り返すも、参加者が増えることはなく……やがて年の瀬が迫ってきた。


 この時期になると島民たちは再臨祭さいりんさいの準備に追われることになり、交流会どころではなくなる。


 再臨祭は島民たちが水上教会に集まって新年を迎える年末の恒例行事で、それなりに観光客も集まる。


 中には長期滞在する人もいて、そんな彼らを狙って年末商戦が繰り広げられるんだ。


 そんな事情もあって、ボクの仕事も一気に増え、忙殺されていた。


『ナギサお姉さま、イソラお姉さまから配達依頼です!』


「ベルジュ商店のやつだね! ルィンヴェル、頼める?」


「わかった。行ってくるよ。ナギサも無理せず休むんだよ?」


「ありがとう! もう少しだけ頑張るよ!」


 ルィンヴェルはそう言うと、水路を戻っていった。


 あまりの忙しさに、最近はルィンヴェルにも仕事を手伝ってもらっていた。


 やっぱり男の子だし、重たい荷物も軽々と運んでくれるので、本当に助かっていた。


『ナギサお姉さま! 今度は船頭ギルドの方が来られました!』


「ブリッツさんだね! もう少ししたら戻るから、お茶を出してあげて!」


『……お酒がいいとおっしゃっていますが!』


「ダメ! お茶にして!」


『はい!』


 ちなみに、アレッタにも地上に来てもらっている。彼女がいることで舟屋を無人にしなくて済むし、その念話能力のおかげで仕事もスムーズに回る。


 この二人がいることでますます異海人の知名度も上がるし、一石二鳥だった。


 ◇


 ……そんなこんなで、あっという間に再臨際の日がやってきた。


 この日は朝から人々が水上教会に集まり、様々な行事が行われる。


 一方で島の宿という宿は予約で一杯らしく、ロイも朝から宿帳と格闘していた。


 イソラは聖歌隊に所属しているので、朝から教会に入り浸りのようだし、ゴンドラ乗りのラルゴは水上教会へ観光客を運ぶのに大忙しのようだった。


 そんなふうに幼馴染たちがせわしく働く中、ボクやルィンヴェル兄妹は暇を持て余していた。


 こういうイベントの時、届け屋の仕事が忙しいのは前日までと決まっている。当日は配達依頼もピタリと止まり、手持ち無沙汰になってしまうんだ。


 というわけで、若干の罪悪感を覚えつつも、ボクたちは朝からバザー会場に繰り出していた。


「わあ、すごいねぇ」


 寒い時期だというのに、中央運河沿いの道は熱気で溢れていた。


 毛糸の帽子にコート、そして手袋と、防寒対策はしてきたけど……この人の多さ。逆に汗をかいてしまうかもしれない。


「……これは、一度はぐれたら再会できないね。ナギサ、しっかりと手を繋いでおこう」


「うん」


 そう言って差し出されたルィンヴェルの手を、ボクはしっかりと握る。手袋越しでも、彼の体温が伝わってくる気がした。


「お兄様、アレッタも手を握っていいですか?」


「アレッタは念話があるから、はぐれても平気じゃない?」


 続いてアレッタが手を伸ばすも、ルィンヴェルは冗談っぽく笑う。


「むー、ナギサお姉さまが大切なのはわかりますが、最近お兄様が冷たいです。アレッタは傷つきました」


 それがわかっているのかいないのか、アレッタは頬を膨らませた。


「まぁまぁ、ルィンヴェルも意地悪しないで。アレッタ、ボクと手を繋ごうよ」


 そう言いながら、ボクは空いているほうの手を差し出す。アレッタは一転笑顔になって、その手を握ってくれた。


 それから三人で、バザー会場を見て回る。


 新年をお祝いするための料理を売るお店や、観光客目当てのお土産屋、この日のために島外からやってきたらしい露天など、様々なお店が並んでいて、見ているだけで楽しかった。


「あら、ナギサさん」


 その時、背後から聞き覚えのある声がした。振り返ると、シンシアが立っていた。


 高級そうなコートに身を包み、雪の結晶の模様が入ったマフラーを巻いている。


 その隣にはメイドであるマリアーナさんの姿もあって、ボクたちに一礼してくれた。


「ナギサさんも年末のお買い物ですの?」


「そういうわけじゃないけど……あ、シンシア、今年もお世話になりました」


「ふふ、こちらこそですわ」


 ボクはそう付け加えて、頭を下げる。シンシアも同じように挨拶を返してくれた。


 この挨拶だけは、身分関係なく行うのが決まりだ。


「あら、今日はアレッタちゃんも一緒でしたのね」


 挨拶を終えてすぐ、シンシアはアレッタを見る。そして口元に手を当てて、何か考える仕草をした。


「アレッタちゃん、向こうの広場で大道芸をやっているのですが、ちょうど特等席のチケットが二枚あるんです。わたくしと一緒に見ませんか?」


「え、いいんですか!?」


 続けてそう言うと、アレッタは目を輝かせる。


「もちろんですわ。地上の大道芸、見たことないでしょう?」


「ありません! ありがとうございます!」


 嬉々として言い、アレッタはシンシアに抱きつく。


 その様子を、ボクとルィンヴェルは呆気にとられて見ていた。


「それでは、アレッタちゃんをしばらくお借りしますね」


「う、うん……それはいいけど……」


 突然の展開に困惑していると、シンシアがボクの耳元に顔を近づける。


「せっかくの再臨祭、恋人と二人で過ごしてくださいまし」


 そしてそう呟くと、クスクスと笑いながら去っていった。


 ややあってシンシアの意図に気づいたボクは、一気に顔が熱くなったのだった。



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