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第9話『ルィンヴェルは親善大使!?』


 その翌日、正式に親善大使に任命されたルィンヴェルとともに、ボクは久しぶりに地上へと戻る。


 彼をおばあちゃんに紹介しようとしたものの、ちょうど不在だった。


 日を改めることにして、ボクらは二人一緒に舟屋に帰り着く。


「ど、どうぞ。好きなところに座って」


「ありがとう。お邪魔します」


 二階の居住スペースにルィンヴェルを案内し、テーブルに向かい合って座るも……どうも気恥ずかしい。ボクは意味もなく、視線を泳がせる。


「あ、あのさっ……」


 ルィンヴェルと同時に声を出し、そのままどちらも押し黙る。


 幾度となく、彼と一緒にこの場所で過ごしたはずなのに……今はなんともぎこちない。


「……まいったね。こんな空気になるなら、アレッタについて来てもらうべきだったかな」


「あ、あはは……」


 困り顔で頭を掻くルィンヴェルを見ながら、ボクは苦笑いを返すしかなかった。


 ちなみにアレッタは当初「わたしもご一緒します!」と、ついてくる気満々だったのだけど……マールさんが全力で押し留めたんだ。


「お、お茶入れるねっ」


「あ、手伝うよ」


 再び訪れた沈黙に耐えられず、席を立つも……ルィンヴェルも同じようについてくる。


 慣れた手つきで茶葉やポットを用意していると、ふと彼の手に自分の指が触れてしまった。


「あ、ごめんっ……」


 反射的に手を引っ込めるも、すごく今更なことに気づく。

それこそ、キスまでした関係なのだし。手が触れたくらいで何だというのだろう。


 ずっと心臓がドキドキ鳴ってるし、ボク、どうしちゃったのかな。


「お茶は僕が淹れるから、ナギサは座ってていいよ」


「う、うん。ありがとう……」


 苦笑いを浮かべるルィンヴェルにお礼を言って、ボクは席に戻る。


 それから彼に見えないように、静かに深呼吸をする。お、落ち着かないと。


「お茶を飲んだら、今後のことを考えないとね」


「こ、今後のことっ!?」


 唐突なルィンヴェルの発言に、ボクはしどろもどろになる。


「ちょっとナギサ、変なこと考えてない?」


「気のせいだよっ」


 全力で否定するも、その声は明らかに動揺していた。全く隠せていない。


「そ、そういうのは……夜になってから。今は真面目な話をしよう」


 ルィンヴェルはそう言って、淹れたてのお茶をテーブルに置く。その顔はわずかに赤かった。


 それから咳払いをひとつして、彼は真顔になる。


「多くの人の助力があって、僕はまたナギサと一緒にいられることになった。その代わり、地上にいる間は親善大使としての仕事をしなければならない。地上人と異海人いかいじんの友好のために、まずは何をするべきだろうか」


「そうだね。まずはルィンヴェルの……異海人たちのことを、もっと知ってもらう必要があると思うんだ。以前ロイも言っていたけど、異海人について地上の人は何も知らないから」


「なるほどね……モンテメディナ伯爵に事情を話して、説明会でも開いてもらうかい?」


「それもゆくゆくは必要な気がするけど、何か違う気がするなぁ。せっかく一緒に暮らしてるんだし……そうだ。こういうのはどう?」


 そこまで話して、ボクはある考えに行き着く。


「……ナギサ、それは本気かい?」


 それをルィンヴェルに伝えると、彼は目を見開いた。


 少し……ううん、かなり恥ずかしいけど、今後のためだし。頑張らないと。


 ◇


 ……その日の午後、ボクとルィンヴェルは街に繰り出した。


 ……しっかりと、手を繋いで。


「あー、うー」


「……ナギサ、顔が赤いけど、大丈夫かい?」


「今すぐ水の中に飛び込みたい気分。顔だけじゃなく、全身が熱いよ……」


 島の大通りをルィンヴェルと一緒に歩いていると、それだけで無数の視線を感じる。


 カナーレ島では、ボクもかなりの知名度があると自負している。そんなボクが男の人と手を繋いで歩いている……なんてことになったら、噂好きの島民たちが放っておくはずがない。


 改まった場じゃなくて、できるだけ自然にルィンヴェルに興味を持ってもらおう……そう思っての行動なんだけど、正直、やりすぎたかもしれない。


「ナギサちゃん、その男の人は誰だい?」


 そんなことを考えていた矢先、一人の女性が声をかけてきた。


 彼女は島でも噂好きで有名なリズおばさんだ。


「えっと、この人はね……」


 待ってましたとばかりに、ボクはルィンヴェルとの関係や、彼の身分について話して聞かせた。


「そうかいそうかい。ついにナギサちゃんにも彼氏がねぇ。これは皆にも教えてあげないとね」


 言うが早いか、リズおばさんは小走りで去っていった。


「うん? ナギサ、そいつは誰だ?」


 その背を見送っていると、今度は鍛冶屋のお兄さんから声をかけられた。


 同じように、ボクは彼にもルィンヴェルとの関係を説明した。


 ……そんな感じに、十人以上の島民と話をしたあと、ボクたちは舟屋へと戻ってくる。


 色々と恥ずかしかったけど、ボクとルィンヴェルの関係を広めることには成功したみたいだ。


 二人同時に息を吐き、作戦の成功を喜んでいると……舟屋の扉が勢いよく開かれた。


「ちょっとナギサ!」


 誰かと思えば、イソラだった。オレンジ色の三つ編みを振り乱し、すごく慌てた様子だ。


「ナギサたち、いくらなんでも、人前でキスするなんてやりすぎよ!」


 そして目を白黒させながら、そう口にする。


「え、何の話?」


 ボクはルィンヴェルと顔を見合わせる。全く身に覚えがない。


「食料品の配達に行ったら、おばさんたちが話してたの! わたしとラルゴだって、人前でそこまでする勇気ないのにっ!」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶイソラを見て、ボクはようやく察した。


 どうやら噂が独り歩きして、色々と尾ひれがついてしまったらしい。


 一番にリズおばさんの顔が浮かぶも、もはや後の祭りだった。



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