解毒剤の効果はてきめんで、翌日の朝にはルィンヴェルは完全に窮地を脱した。
それから数日が経過すると、ルィンヴェルはベッドから起き上がれるまでになっていた。
「……信じられん。まさに奇跡だ」
息子の回復っぷりに、ヴェルテリオス王は目を見開くばかりだった。
これまでマダラウミヘビの毒を受けて助かった
「私の命が助かったのは、ナギサの……しいては地上人の技術のおかげです。父上、まずはこれまでの地上に対する認識を改めていただきたい」
やがて謁見の間に出られるまで回復したルィンヴェルは、玉座の父に向けてそう言い放つ。
「う、うむ……そうだな。これまでの、地上人が劣っているという考えは改めよう」
その言葉を聞いて、ボクは安堵しながら隣を見る。ルィンヴェルも朗らかな笑みを浮かべていた。
「次に、私とナギサの交際を認めてください」
続いてそう言い、ルィンヴェルはボクを抱き寄せた。
え、いきなりその話!? ルィンヴェル、なんか妙に積極的なんだけど。一度生死の境さまよったことで、思いを抑えきれなくなったのかな。
「い、いや……地上人への認識を改めるのと、お前とナギサ殿の交際は話が別だ」
「何故です。地上人にとっては、異海人の身分など関係ないはず。私は彼女を愛しているのです」
ルィンヴェルははっきりとそう口にした。おのずとボクは顔が熱くなる。
「それは重々承知しているが、隣国のイザベラ殿の立場もある。ナギサ殿も何か言ってやってくれ」
困り顔をしながら、ヴェルテリオス王はボクを見る。息子の命の恩人ということもあるのか、先日に比べてかなり態度が柔らかくなっていた。
「国王陛下、その心配は不要でございます!」
……その時、聞き覚えのある声が謁見の間に響き渡る。
振り返ると、その入口にマールさんがいた。
その背後には四人の異海人がいて、全員が縄で縛り上げられていた。
「マールよ、その者たちはなんだ」
「まず、こちらの三人は以前アレッタ姫の誘拐を企てた賊でございます!」
「……!」
マールさんの言葉を聞いて、アレッタは思い出したように口を覆う。
言われてみれば、ボクも彼らの顔に見覚えがあった。
「加えて、この者たちはオクトリア帝国の指示で誘拐行為を働いたと自白しております」
「……なんだと」
続いた言葉に、ヴェルテリオス王は驚嘆の表情で玉座から立ち上がった。
「オクトリア帝国って、イザベラさんの国だよね? なんでそんなことを?」
それこそ、イザベラさんはルィンヴェルと婚約していたはずだ。婚約者の妹をわざわざ誘拐して、どうするつもりだったんだろう。
「考えられる理由としては……アレッタを襲うことで父上に危機感を抱かせ、僕たち兄妹を地上から遠ざけることかな。それによって地上との交流は途絶されるし、国に戻ったことで、僕は縁談を進めなければならなくなる」
思わず尋ねると、ルィンヴェルはボクを開放しながらそう口にする。
「殿下のおっしゃるとおりでございます。オクトリア帝国は、我が国が地上と密接な関係になることを好ましく思っておりません。イザベラ様を殿下の婚約者としたのも、地上との関わりを減らすための策略でしょう」
ルィンヴェルの言葉に同意するように、マールさんが続ける。
未遂とはいえアレッタが誘拐されたことで、ルィンヴェルたちは国に戻ることになったわけだし。結婚話も順調に進んでいたのだと思う。
……それこそ、ボクが現れなければ。
「そして、こちらの者ですが」
その時、マールさんは縛られたもう一人を指し示す。その顔に見覚えはない。誰だろう。
「この者は王宮内で暗殺行為を働いておりました。イザベラ様より命を受けたと自白しております」
「先日、ルィンヴェルを狙った者か」
「いえ、正確にはナギサ様の暗殺を指示されていたようです」
マールさんの言葉を受けて、皆の視線がボクに集まる。
それこそイザベラさんとしては、暗殺者の毒矢でボクを殺し、地上の恋人を失って悲しみに暮れるルィンヴェルに寄り添って、関係を深める……そんなシナリオを考えていたのかもしれない。
その考えに至った時、ボクは驚きと同時に、背中に冷たいものが走った。
「……マールよ。それは真実なのだな?」
「はい。イザベラ様の私恨もあるのかもわかりませんが、ナギサ様を狙っていたのは間違いありません」
「なるほどな……我々はかの国の手の上で、いいように踊らされていたわけか」
がっくりと肩を落としながら、ヴェルテリオス王は玉座に腰を落ち着ける。
「国王陛下。お言葉ですが……今後はオクトリア帝国とは一定の距離を置き、地上世界と積極的な交流を図るべきかと。確実に我が国の繁栄に繋がると、ワタクシは考えます」
「そうだな。ここまで愚弄されて、彼の国とこれまで通りの関係を続けていくわけにもいかん。イザベラ殿との婚約も、破棄することにしよう」
眉間にシワを寄せながらも、ヴェルテリオス王はきっぱりと言い切った。
難しい判断なのだろうけど、国としての面目を保つには、これくらいするべきなのかな。
「しかし……地上と交流するとて、どのような手段を用いるべきか。和平の使者でも送るのか」
「そうですね。まずは、ルィンヴェル殿下とナギサ様の交際を認め、地上で生活していただくのはいかがでしょうか」
「なんだと?」
「え?」
マールさんの言葉に、ボクとヴェルテリオス王は同時に声を上げた。
「待て待て。どうしてそうなる」
「すでにルィンヴェル殿下はナギサ様の助力のもと、地上の住民たちと交流を深めておいでです。新たな使者を送るより、殿下を親善大使に任命し、これまで培った人脈を活かすほうが自然と思いますが」
「そ、それはそうだが……ゆくゆくのことを考えると、地上で支配階級にある者との繋がりも必要だ。その点はどうなる」
「ナギサ様は地上で有名な届け屋でございますし、島を治める貴族様にも一目置かれております。今後、国家間の会合を行う場合も、問題ないかと」
「そ、そうか……だが、地上の娘との交際は……いや、ルィンヴェルの気持ちもわかるのだが……ううむ……」
マールさんの言葉を聞いてもなお、彼は思い悩んでいた。
「……正直、アレッタはイザベラ様より、ナギサ様がお
その時、それまで黙って自分の席に座っていたアレッタが声を張り上げた。
……お、お義姉さまって。ちょっとアレッタ、それはさすがに話が飛躍しすぎだよっ。
「それにお父様は、つい先程イザベラ様とお兄様の婚約を破棄するとおっしゃいました。これ以上、何の問題があるのでしょう?」
そこまで言って、アレッタはわざとらしく首を傾げる。その純粋無垢な瞳で射抜かれ、ヴェルテリオス王は押し黙る。
「……わかった。二人の交際を認めよう」
ややあって、彼は観念したようにそう口にした。
『――やりました! ナギサお姉さま、これでお兄様とずっと一緒にいられますよ!』
驚きと安堵感に包まれながらルィンヴェルの顔を見ていた時、そんなアレッタの声が聞こえた気がした。