「ナギサさーん!」
ボクが頭を抱えたその時、海から聞き覚えのある声がした。
視線を送ると、一隻のゴンドラがものすごい速さでこちらに向かってくる。
その先頭に立っているのは、シンシアだった。
「シ、シンシア、そろそろ風の魔法を止めてもいいのではないか!?」
「そ、そうです! このままじゃ桟橋にぶつかりますよ!?」
「うわああーーー!」
そんな彼女の後ろには、モンテメディナ伯爵様とラルゴ、ロイの姿もあった。
「どわあああ!?」
「きゃーーー!?」
そうこうしているうちに船は港へと突っ込み、シンシアたちはもんどり打って倒れる。
「ちゃ、着岸には失敗してしまいましたが、無事にナコリン島に到着ですわ」
「ぶ、無事かどうかは微妙なところだけどね……」
「ラルゴ君の腕前がなければ、途中で転覆していた可能性も捨てきれないがね……」
「み、皆、どうしてここに?」
桟橋に半分乗り上げたゴンドラに駆け寄って、シンシアたちに声をかける。
「ロイさんから、ナギサさんがこの島に向かったという話を聞きまして。追いかけてきたのですわ」
「追いかけてきたって……カナーレ島からここまで、ボクでも数時間かかったのに。まさか、夜通し船を漕いできたの?」
「そんなまさか。わたくしの風魔法を使えばあっという間ですわ」
得意げに言うシンシアの胸元には、いつか見たブローチがあった。あれで魔法の力を増幅したのだろう。
「それで、解毒剤の方はどうなっていますか?」
「えっと、それが……」
ボクはフェルゼンさんのお店を見ながら、これまでの経緯を説明する。
「まぁ、なんという暴利でしょう。お父様、さすがに許せませんわ」
「確かにそうだな……それに、フェルゼンという名には聞き覚えがある」
言うが早いか、伯爵様はフェルゼンさんのお店に向かっていく。ボクたちもそれに続いた。
「……やはり、君か」
「げ、まさか、モンテメディナの旦那!?」
そして伯爵様の姿を見たとたん、フェルゼンさんは青ざめる。
「相変わらず、変わった商売をしているな」
「いやその、おかげさんで……」
「(……もしかして、伯爵様とフェルゼンさんって知り合いなの?)」
そんな二人のやり取りを横目に見ながら、ボクはシンシアに訊いてみる。
「(彼は以前、事業に失敗して多額の借金を背負っていたのです。それをお父様に肩代わりしてもらって以来、頭が上がらないそうで)」
「(ああ、なるほど……)」
伯爵様はカナーレ島のあちこちにお店を持っているけど、別の島にまで影響力があったなんて。
「商売のやり方に文句をつけるつもりはないが、彼女は私の友人なのだ。多少、便宜を図ってはもらえないだろうか」
「も、もちろんでさ! 半額……いや、お近づきの印ということで、差し上げます!」
「え、それはさすがに悪いよ! 少しは払うから……」
「いえいえ! 旦那のご友人から代金をいただくわけにはいきません! どうぞ、お受け取りください!」
フェルゼンさんは解毒剤の入った瓶をボクに押し付けると、脇目もふらずに走り去っていった。
その背を呆然と見送ったあと、ボクは手元に残された解毒剤に視線を落とす。
「彼には後でそれなりの代金を渡しておこう。それより、今は一刻も早く友人の元へ行くべきだと思うが」
そんなボクを優しい笑顔で見つめながら、伯爵様が諭すように言う。
おそらく、シンシアからそれなりの事情を聞いているのだろう。
「……そうだね。この薬、全速力でルィンヴェルのもとに届けてくるよ!」
「ふふ、届け屋さんの本領発揮ですわね」
「ナギサ、頑張ってこいよ!」
「いってらっしゃい!」
皆に見送られながら、ボクは海へと身を投じる。
ようやく解毒剤を手に入れることができた。あとは一刻も早く、ルィンヴェルにこの薬を届けないと!
◇
アクロネシア王国に戻ったボクは、王宮にあるルィンヴェルの部屋に飛び込んだ。
数日前と同じようにベッドに横になる彼の傍らには、ヴェルテリオス王やアレッタ、マールさんの姿があった。
「ナギサお姉さま、戻られたのですね!」
ボクが扉を開くと同時にアレッタは顔を上げ、ぱあっと笑顔の花を咲かせた。
「それで、解毒剤はどうなりましたか……?」
「この通り! 手に入れてきたよ!」
大事に持っていた解毒剤を彼らに見せると、周囲に安堵感が広がる。
「さすがお姉さまです! さっそくお兄様に使って差し上げましょう!」
「姫よ、少し待つのだ」
アレッタがボクのもとに駆け寄るも、それを静止するようにヴェルテリオス王が口を開く。
「地上人の作った薬など、はたして
ボクの手にある解毒剤を見ながら、ヴェルテリオス王は
それを言われたら……ボクも自信はないけど。
「……お言葉ですが」
先程とは一転、周囲が重たい空気に包まれた時……マールさんが言葉を発する。
「ワタクシはルィンヴェル殿下に帯同し、地上の様々な文化を見てきましたが……彼らの技術の中には、我が国を凌駕するものも多くありました。ここは地上人の技術を信じることにいたしませんか」
「うぅむ……」
ヴェルテリオス王は口元に手を当てて考え込む。
「……わかった。誰より地上を見てきた、マールの言葉を信じるとしよう。地上人の娘よ、頼めるか」
やがてそう言って、こちらを見てくる。ボクは静かに頷いた。
それからゆっくりとルィンヴェルに近づくと、傷口に巻かれていた包帯を解く。
数日前に比べ、紫色の部分が広がっていた。
ボクは息を呑んだあと、まずは傷口に解毒剤を塗り込む。
「うぅ……!」
痛みがあるのか、ルィンヴェルは苦痛に顔を歪ませた。
「ごめんね。少し我慢してね」
そう謝るも、ボクは手を止めない。
この解毒剤は塗り薬で、塗った肌から体内に直接浸透していくタイプの薬だ。
ルィンヴェルの場合は毒に侵されてかなり時間が経っているので、その全身にくまなく塗ってあげる必要があった。
ボクは彼のズボンに手をかけて……直後に固まる。
「ナギサお姉さま、アレッタにも手伝わせてください!」
「う、うん! お願いしようかな!」
その時、アレッタがそう進言してくれる。
ボクは天の助けとばかりに彼女の手を借り、二人で