目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第7話『ルィンヴェルを救うために 後編』


「ナギサさーん!」


 ボクが頭を抱えたその時、海から聞き覚えのある声がした。


 視線を送ると、一隻のゴンドラがものすごい速さでこちらに向かってくる。


 その先頭に立っているのは、シンシアだった。


「シ、シンシア、そろそろ風の魔法を止めてもいいのではないか!?」


「そ、そうです! このままじゃ桟橋にぶつかりますよ!?」


「うわああーーー!」


 そんな彼女の後ろには、モンテメディナ伯爵様とラルゴ、ロイの姿もあった。


「どわあああ!?」


「きゃーーー!?」


 そうこうしているうちに船は港へと突っ込み、シンシアたちはもんどり打って倒れる。


「ちゃ、着岸には失敗してしまいましたが、無事にナコリン島に到着ですわ」


「ぶ、無事かどうかは微妙なところだけどね……」


「ラルゴ君の腕前がなければ、途中で転覆していた可能性も捨てきれないがね……」


「み、皆、どうしてここに?」


 桟橋に半分乗り上げたゴンドラに駆け寄って、シンシアたちに声をかける。


「ロイさんから、ナギサさんがこの島に向かったという話を聞きまして。追いかけてきたのですわ」


「追いかけてきたって……カナーレ島からここまで、ボクでも数時間かかったのに。まさか、夜通し船を漕いできたの?」


「そんなまさか。わたくしの風魔法を使えばあっという間ですわ」


 得意げに言うシンシアの胸元には、いつか見たブローチがあった。あれで魔法の力を増幅したのだろう。


「それで、解毒剤の方はどうなっていますか?」


「えっと、それが……」


 ボクはフェルゼンさんのお店を見ながら、これまでの経緯を説明する。


「まぁ、なんという暴利でしょう。お父様、さすがに許せませんわ」


「確かにそうだな……それに、フェルゼンという名には聞き覚えがある」


 言うが早いか、伯爵様はフェルゼンさんのお店に向かっていく。ボクたちもそれに続いた。


「……やはり、君か」


「げ、まさか、モンテメディナの旦那!?」


 そして伯爵様の姿を見たとたん、フェルゼンさんは青ざめる。


「相変わらず、変わった商売をしているな」


「いやその、おかげさんで……」


「(……もしかして、伯爵様とフェルゼンさんって知り合いなの?)」


 そんな二人のやり取りを横目に見ながら、ボクはシンシアに訊いてみる。


「(彼は以前、事業に失敗して多額の借金を背負っていたのです。それをお父様に肩代わりしてもらって以来、頭が上がらないそうで)」


「(ああ、なるほど……)」


 伯爵様はカナーレ島のあちこちにお店を持っているけど、別の島にまで影響力があったなんて。


「商売のやり方に文句をつけるつもりはないが、彼女は私の友人なのだ。多少、便宜を図ってはもらえないだろうか」


「も、もちろんでさ! 半額……いや、お近づきの印ということで、差し上げます!」


「え、それはさすがに悪いよ! 少しは払うから……」


「いえいえ! 旦那のご友人から代金をいただくわけにはいきません! どうぞ、お受け取りください!」


 フェルゼンさんは解毒剤の入った瓶をボクに押し付けると、脇目もふらずに走り去っていった。


 その背を呆然と見送ったあと、ボクは手元に残された解毒剤に視線を落とす。


「彼には後でそれなりの代金を渡しておこう。それより、今は一刻も早く友人の元へ行くべきだと思うが」


 そんなボクを優しい笑顔で見つめながら、伯爵様が諭すように言う。


 おそらく、シンシアからそれなりの事情を聞いているのだろう。


「……そうだね。この薬、全速力でルィンヴェルのもとに届けてくるよ!」


「ふふ、届け屋さんの本領発揮ですわね」


「ナギサ、頑張ってこいよ!」


「いってらっしゃい!」


 皆に見送られながら、ボクは海へと身を投じる。


 ようやく解毒剤を手に入れることができた。あとは一刻も早く、ルィンヴェルにこの薬を届けないと!


 ◇


 アクロネシア王国に戻ったボクは、王宮にあるルィンヴェルの部屋に飛び込んだ。


 数日前と同じようにベッドに横になる彼の傍らには、ヴェルテリオス王やアレッタ、マールさんの姿があった。


「ナギサお姉さま、戻られたのですね!」


 ボクが扉を開くと同時にアレッタは顔を上げ、ぱあっと笑顔の花を咲かせた。


「それで、解毒剤はどうなりましたか……?」


「この通り! 手に入れてきたよ!」


 大事に持っていた解毒剤を彼らに見せると、周囲に安堵感が広がる。


「さすがお姉さまです! さっそくお兄様に使って差し上げましょう!」


「姫よ、少し待つのだ」


 アレッタがボクのもとに駆け寄るも、それを静止するようにヴェルテリオス王が口を開く。


「地上人の作った薬など、はたして異海人いかいじんに効くのだろうか」


 ボクの手にある解毒剤を見ながら、ヴェルテリオス王はいぶかしげな顔をする。


 それを言われたら……ボクも自信はないけど。


「……お言葉ですが」


 先程とは一転、周囲が重たい空気に包まれた時……マールさんが言葉を発する。


「ワタクシはルィンヴェル殿下に帯同し、地上の様々な文化を見てきましたが……彼らの技術の中には、我が国を凌駕するものも多くありました。ここは地上人の技術を信じることにいたしませんか」


「うぅむ……」


 ヴェルテリオス王は口元に手を当てて考え込む。


「……わかった。誰より地上を見てきた、マールの言葉を信じるとしよう。地上人の娘よ、頼めるか」


 やがてそう言って、こちらを見てくる。ボクは静かに頷いた。


 それからゆっくりとルィンヴェルに近づくと、傷口に巻かれていた包帯を解く。


 数日前に比べ、紫色の部分が広がっていた。


 ボクは息を呑んだあと、まずは傷口に解毒剤を塗り込む。


「うぅ……!」


 痛みがあるのか、ルィンヴェルは苦痛に顔を歪ませた。


「ごめんね。少し我慢してね」


 そう謝るも、ボクは手を止めない。


 この解毒剤は塗り薬で、塗った肌から体内に直接浸透していくタイプの薬だ。


 ルィンヴェルの場合は毒に侵されてかなり時間が経っているので、その全身にくまなく塗ってあげる必要があった。


 ボクは彼のズボンに手をかけて……直後に固まる。


 躊躇ちゅうちょしている場合じゃないことはわかってるのだけど、思わず手が止まってしまったんだ。


「ナギサお姉さま、アレッタにも手伝わせてください!」


「う、うん! お願いしようかな!」


 その時、アレッタがそう進言してくれる。


 ボクは天の助けとばかりに彼女の手を借り、二人で塗布とふ作業を続けたのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?